十六話 スライム討伐 2
「北ミストレア森林は東ベストロジアの最東端で、マストリーブ洞窟は西ベストロジアの最西端に位置し、しかも地下洞窟なので、ウェート山脈の下を潜れるような形になっているらしいよ」
「え、それじゃあ、戦争とかでそのマストリーブ洞窟を抜けられたら、いくら守りの固いこの王国とはいえ危ないんじゃないですか?」
話を遮って、ツヅルはふと浮かんだ疑問を尋ねました。
最初に出てくる質問がそれか、と笑いながらパカルタは首を横に振って、
「きっと、抜ける頃には兵の数が十分の一未満になっているだろうね。それに、今のところマストリーブ洞窟の入り口はベストロジア王国の一つしか存在しないし、今までこの王国と戦争したいくつかの国がその案を実行しようと、地上から掘ってみたことがあるらしいけど、どうやらこの洞窟、相当深いところにあるらしくて、辿りつけなかったらしいよ」
彼は話を続けます。
「マストリーブ洞窟はラビンス大陸全土全体に広がっているとされているけど、まだ冒険者はその5分の1も探索出来ていない。えっ、それなのに何故洞窟が大陸全体に広がっていると分かるかって?
それは、確か五年ぐらい前に魔法学校のとある学者が『迷路のスタートから右をなぞっていくとゴールにたどり着くことができる』ということに着目して、光球を壁に道なりに進み続けさせる魔法を開発し、マストリーブ洞窟の入り口からその魔法を用いて洞窟の全容を暴こう、と企画建てたんだ。
確か2年ぐらい前に帰ってきたんじゃないかな。つまり、3年間光球は壁を進んでいた。これは出口が一つしかないことと、3年間と光球の秒速を掛けあわせて大凡の大きさ、を示す結果だったんだ」
ツヅルはその着眼点に感心しました。
「他にも話したいことはあるんだけど北ミストレア森林に話を戻そう。
このミストレアというのは実は人の名前で、今から丁度100年前に亡くなった冒険家なんていう職業の人なんだ。冒険者と冒険家の違いは簡単に話すと、前者はモンスター討伐のプロで後者はダンジョンのプロ、みたいな感じかな。
北ミストレア森林をウェート山脈を挟んで南に行くと、ロークーツ公国の領土である南ミストレア森林というのがある。まぁ、そこはAランクだし北よりは凶悪じゃないらしいけどね。
これら南北ミストレア森林はミストレアが最も制覇に近づいたことから付けられた名前なんだ。どういうことかというと、ミストレアが28歳の時に当時は前人未到だった現在の南ミストレア森林を一人で攻略しさらに地図を書いて帰還した。
そして、彼が33歳の時、盗賊や魔族が蔓延っていた森、つまりは現在の北ミストレア森林にまたまた1人で乗り込み、それから100年経った今でもほとんどの冒険者が辿りつけないほど奥に進んで、そして数多の死者を出したこの森林から難なく地図を片手に帰還した。もっとも、完全に制覇は出来てなかったけどね。ミストレアが帰還した理由は食糧が切れたというだけで、食料が万全だったら彼はこの森林を制覇出来たのではないかとも言われているね」
パカルタは話し切ると、息を吐きました。
「僕が知っているのはこれくらいかな。本当のことを言うとあんまり北ミストレア森林の事知らないんだよね。この知識は全部、セランからだし」
少なくともメアやミーラよりも脳筋型に見えるセランがこの様な知識を溜め込んでいることにツヅルは驚き、彼の方を向きます。
そこには、無駄にしたり顔が似合っているセランが立っていました。
「俺の夢は北ミストレア森林やマストリーブ洞窟を攻略して冒険者という職業が誕生してから未だに1人もいないSS級冒険者になることなんだ!」
「因みに北ミストレア森林では町一つを15分で吹っ飛ばすレベルの攻撃ができる魔物も生息しているそうだよ」
パカルタがニヤけながら豆知識を提供します。
「………」
途端に沈黙しました。その威力を想像して絶句したようで、先程までキラキラと輝いていた大きな目は光を失ってしまいます。
「……あ、やっぱり、セランはダメだ」
普段はピエロを演じているだけで本当は頭いいんじゃないか、と多少でも思ってしまったツヅルは堂々と自分の目標を述べたのにも関わらずパカルタの一言で撃沈したセランを見て自分の考えが間違っていることを知りました。
「お前、今なんていった!? 俺の耳は地獄耳よりも地獄だぞ!」
自分の耳の良さを自慢したいのでしょうが、いささか表現が雑すぎるセラン。
これを聞いて、メアに励ましの言葉を掛けながら、意味もなく抱きつくという鬼畜のミーラともいわれていてもおかしくない彼女が、
「勝手に地獄に行っとけ!」
と、突然怒りに達した顔でセランを罵りました。
普段は――といっても、出会ってからまだ半日と経っていませんが――大人しいミーラの変化に興味を抱いたツヅルはパカルタらとの話を中断し、彼女の方へと寄ります。
「あいつ、私がトイレに行って出てきた時に『今日は小か! 長かったな』とか『ちょい便秘気味?』とかデリカシーの欠片もないことを毎週ぐらいのペースで言ってくるの! ひどくない!?」
なるほど。だから地獄耳で怒ったのか、と納得したツヅルとたまたまミーラの話を聞いていたメアは変態を見るかの如き視線をセランに投げ掛けます。
流石に擁護できない、と言いたげにパカルタはため息を吐きながら、素知らぬ顔をしていました。
「な、なんだよ……」
「このバカ」
そして数ある罵倒の中でも最も使用されている単語を言い放つミーラの追い打ちに反論できないセランは大破着底しました。
さて、先に行った5人組のクランにどれ位差を付けられたのか考えたくないほどに、ゆっくりと山を超えたツヅルたちはやっとスライムが大量に出現したという盆地に到着しました。
その盆地は正方形にすると一辺が10キロメートル程度の比較的小さな大きさですが、10キロという距離は子どもたちにとっては長く、「これ一日で終わるのか?」という疑問が5人の脳内で浮かびました。
鬱蒼とした木々が溢れていて、人の身長は優に越えられる草が生い茂った地帯やまるで舗装されていない道など、最後に人が訪れたのは百年前だといわれても信じることができそうな環境をしていました。
といってもこのような場所はこの世界に幾らでも存在するので、別段何かおかしい所があるわけでもありませんが。
しかし、スライムはその習性からこのような場所に集団で集まるのはかなり珍しいはずなのに、とツヅルは思いました。
本来、スライムというのは色んな物体を飲み込んで捕食し生きながらえる魔物で、あまり森林や花畑のような体に落ち葉や花などが侵入しそうな場所は嫌うのです。
「こんな所に数十匹もスライムがいるかよ。俺ら騙されたんじゃ?」
ミーラの暴言を受けてしばらく意気消沈していたセランは盆地に入って数分歩いたところで不安そうに呟きました。
「ギルドに虚偽の依頼をしたらとんでもない違約金を負うことになるし、そこまでして得る利益なんて少なくとも僕には思いつかないな」
顎に手を当てながら一番前を歩いていたパカルタは横目で彼を見ながら言います。
確かにこの依頼はその習性から見るとおかしいところが多々ありますが、別にスライムがこの盆地に入るのが不可能なわけではありません。あくまで行きたがらないだけなので、単なる偶然ということで5人は納得しました。
「9時の方向、200メートル付近にスライムらしき生物20体くらい発見したわ」
しばらく歩いていると、魔法で索敵していたミーラが敵を発見しました。索敵魔法というのは水属性、風属性、地属性、無属性に存在していて、特に水属性のものは習得するのが簡単らしいです。
物は試し、とツヅルはそちらの方を向いてみましたが、彼の身長と同じ大きさの草や木の集団に阻まれて敵の姿を確認することができませんでした。
「20、ね。数は50って言っていたから4割か。作戦はどうする?」
代表のパカルタが他の4人に聞きました。
「突撃!」
真っ先に単純明快で全く思考をしていなさそうな提案をしたのはセランです。
魔術師だらけのパーティーで突撃とは一体何を考えているんだ、とこの作戦は彼以外の全員によって当然のように却下されました。
「私の水魔法でスライム全員を捕まえてから一匹ずつなぶり殺しに」
ミーラは恐怖を感じさせながらもそこそこ有効に思える作戦を提言しました。水魔法には水を固めたりする魔法「フリーズ」があり、それを使おうという算段らしいです。
しかし、これは「20匹のスライムを捕らえれるだけの水と数分間固められるだけの魔力があるの?」というメアの――珍しく――まともな言葉によりこの作戦は消滅しました。
聞く所によると、水属性魔法は戦闘で活躍する機会が少ないので使いたかったらしいです。
「ここはあえてメアのこの杖と槍で物理的に……」
「駄目だ」
前2つよりも愚策と言わざるをえないメアの作戦はツヅルによって見事に阻止されました。
「ツヅル! そんなにメアの策に歯向かうのならこれよりも凄い案を出してみたまえ!」
メアの逆上によって他の4人の視線は全てツヅルに注がれます。前世の記憶があるツヅルは彼らから歳不相応に頭の良い少年と思われているのです。きっと、凄まじくダイナミックかつ美しい作戦を立案してくれるだろうなんて期待があるのでしょう。
しかし、ツヅルの知識は自分で導いたわけではなく、あくまで学校の教科書によって作られたものであり先天的な知力も一般人並みです。すぐに名案が浮かんでくるはずもなく、
「奇襲してから各個撃破でいいんじゃないか」
相手はスライムなのだし奇を衒った策の方が逆に不的確だろう、と以前ウルフ相手に全力で頭を使ったツヅルはそっぽを向きながら答えました。
ツヅルたちはスライム20匹という大群から100メートル程後方に移動してきました。
スライムはまさか自分達を討伐しに来ている冒険者が近くにいるとも思っていないのか先程からずっとその場に留まっています。
何をしているわけでもなさそうだったのでツヅルは疑問に思いましたが、いつ気づかれるかも分からないこの状況で現在得ている奇襲という圧倒的アドバンテージを失いたくなかったので、その疑問を投げ捨てて攻撃準備をしました。
(妾に何かすることはないか……?)
そんなとき、テルランが恐る恐る仕事はないかと暗い声で尋ねてきました。
(……ないな)
(そうか……)
彼の言葉を聞いたテルランは哀愁漂う声で頷きました。流石のツヅルも可哀想に感じたのか、
(今度、テルランを有効に使う方法を考えとく)
と励ますような発言をします。しかし、彼女の技能は相当特殊な状況でなければ使用する機会はないので、その約束はきっと嘘になることでしょう。
(お主……! お主、変態なだけではないのじゃな!)
やっぱり言わなければよかった、とテルランの失礼な礼を聞いたツヅルは思いました。
まぁ、とにかく自分の魔力中の住人を元気付けた彼は現実に戻ります。
周りを見ると、他の4人は既に魔法を詠唱し始めていました。
ツヅルは急いで、「心討ち」を詠唱し始めました。何故対集団戦において有効であろう「火炎波」ではないのかというと、単純にスライムに物理攻撃の要素が強い「心討ち」が効くかどうかを試したかったからです。
詠唱中は暇であり、それを潰すためツヅルは4人の魔法陣を見ました。以前も語りましたが、魔法を詠唱するときに体の前に出てくる魔法陣の色を見ればその人がどの属性の魔法を使用するのか分かるからです。
ミーラやメアはそれぞれ得意分野の水属性と火属性。セランの魔法陣は茶色なので地属性、パカルタは黄色に近い白色なので聖属性でしょうか。
「心討ち」は無属性なので、全員使用する属性が違うことに歓心していると今度はセランがツヅルの魔法陣を見てきました。
「ツヅル、お前無属性で攻撃すんの!?」
ツヅルの前に出てきた銀色の魔法陣に彼は驚愕したかのように小さな声で叫びます。
確かに無属性は一番攻撃魔法が存在しない属性なので、これも仕方のないことでしょう。
「放て!」
そんな会話をしていると、全員が詠唱を終了したのを確認したパカルタが号令を掛けました。
「『心討ち』」
生い茂る草木の中、それに合わせてツヅルは「心討ち」を放ちます。
皆も一斉に放ち、赤色や青色など鮮やかな色をした魔法がやっとこちらの存在に気付いたスライムたちを目掛けて飛んでいきました。
意外にも最初に攻撃が敵に届いたのはツヅルの「心討ち」でした。コンマ00数秒というラグは人間の眼球の能力からしたら皆無に等しく、発動とほぼ同時にスライムの一体が死体になりました。どうやら、物理耐性の高いスライムでも魔力で出来たものならば若干でも効くようです。
次に届いたのが、パカルタの聖属性魔法です。スライムの体に到着したときに光ったと思えば、次の瞬間にはスライムの体は切り刻まれていました。
メアとミーラは同じ槍の形をした魔法を同時に放ちました。メアが放った火属性魔法が「炎槍」ならばミーラの放った水属性魔法は「水槍」といった所でしょうか。これもスライムを倒すには十分だったようで数体を一遍に倒しました。
そして、最後にセランの地属性魔法が炸裂しました。地面から棘のような土が猛スピードで生えてくる魔法のようで、範囲が広くこれもまた数体のスライムを殲滅しました。
奇襲作戦は見事に成功し、初撃で約半数を片付けました。やっとツヅルたちの猛攻が止んだことを知ったスライムは突撃してきます。
しかし、スライムにとって盆地というのは全く戦闘に適していない地形のようで、その液体状の体は木の葉や花が絡まっており、速度が通常の四分の一程度にまで低下していました。
動きの遅いスライムに怯える冒険者はいません。
ツヅルがいつか対戦したマジシャンスライムのような特殊な個体を除き、スライムの通常種というのは基本的に相手を自分の体に取り込んで消化する以外の攻撃手段を持たず、確かに溶化能力は凄まじいですが所詮は近接攻撃の一種。近づかなければ絶対に傷を負うことはないのです。
無論、近接攻撃のみしか使えない時に出会ったら間違いなく地獄を見ますが、そんなことになるのは特例を除いて獣人のみです。
「もう一回行こう。……『一閃』」
「『砕岩』!」
「『水の槍』」
パカルタ、セラン、ミーラの三人衆はそこそこ好戦的なようで地形のお陰でスライムがほぼ無力化状態になったことを知っても本気で魔法を放っていました。
まだこの盆地に入ってから1時間も経っていない頃には、もう既に全体の半分弱を占めるスライムを討伐できした。ツヅルたちはとりあえず状況確認のためにもう一つの五人組が担当している盆地の東側へと向かうことにしました。もし彼らがスライムを三十匹程度討伐していればもうこの依頼は終了だからです。
「それにしても、ミーラのあの言葉は何? 魔法放った時の」
東側へ向かう途中メアは先の戦闘で不思議に思ったのかミーラの詠唱について聞きました。
英語だよ、とツヅルは口を挟もうとしましたが、すぐにこの世界でそれはメラルト語と呼ばれていることを思い出して辞めます。
「魔術書の言葉」
ミーラは深緑色の長い髪を紐で結び直しながら淡々と答えました。
ツヅルは彼女の言葉を聞いて、魔術書は何故かこの世界では創造できないはずの英語で記述されていたことを思い出します。
また、それと同時に魔術書に英語を用いたのは魔法学の先駆者であるクルーラル・メラルトだということも同時に思い出しました。
今まで考えなかったことが不思議なほどです。クルーラル・メラルトと魔術書が英語で書かれていることは関連しているのは当たり前でした。
つまり、メラルトはツヅルと同じ異世界人であり、この世界に降り立った彼は英語というツヅルの前世では世界一使用されている言語を魔術書に用いて自分と同じ境遇の人間を探そうとしたのでしょう。
「……ツヅル!」
そんなことを考えていたツヅルは自分の名前が叫ばれたことにより現実に戻されました。声のした方向を見ると傍目から見ても疲労している様子のメアが立っていました。
「はぁ、ツヅル。そのたまに思考が現実を上回る癖は直したほうがいいと思う」
メアは呆れたように言います。思わぬ叱咤を受けてツヅルは少々言葉を失っていましたが、
「いや、匍匐前進が得意なメアさんのことを考えていたものですから」
と、すぐに返せる程度には思考が現実に傾きました。
まさか皮肉で返されるとは思っていなかったメアは怒ったのか恥ずかしいのか顔を赤くして、背負っている杖を振り回し体力あるんだぞアピールをしようとしましたが、見事に彼女は一時休息が必要なほどに地に伏せました。




