十五話 スライム討伐 1
この馬車での移動というのはメアにとっては天国のような条件だろう、とツヅルは思いました。モハナトからこのツラウ村まで約25キロだそうで、この距離を彼女が歩くとすれば恐らく1ヶ月は掛かるでしょう。
因みに、村という表記はほとんどが町を表しているものと思ってくれて構いません。いちいちモハナトの街、ツラウの町と区別するよりも、街は呼び捨て町は村を付けるとすればより使用するインクが少なくなるからです。
それ以外の村の使用法といえば、発展の遅い街を皮肉るときくらいでしょう。
「馬車での移動は良いな。メア向けだ」
早速、見せてみるとメアは目を輝かせながら頷いていました。
10人集まるのは後どのくらい時間が掛かりそうか、とアールナに依頼を受け付けて貰う途中に聞くと、
「あなたたちが最後の2人ですー」
と返されたので、ツヅルたちは既に東門の外で待っているというツラウ村行きの馬車へと急いで向かいました。
現在、午前8時です。日がやっと本格的に地面を照らし始める頃、ツヅルたちは馬車に揺られていました。
彼ら2人を含めた10人の冒険者は、二つの馬車に5人ずつに分けられて移動することとなりました。
こんな子供が魔物討伐を受けるなんて、と荒くれた冒険者から声を掛けられるんじゃないか、なんて一抹の不安を怖がりなメアは感じていたそうですが、ツヅルたちと共に同じ馬車に乗っている3人の冒険者を見ればそれは杞憂だったことが分かります。
当然、最低年齢はツヅル、メアの10歳なのですが、なんと最高齢が15歳という想像を大きく下回るような年齢だったのです。
しかし、モハナトの現状を察してみればこの理由はすぐに分かります。
モハナトはベストロジア王国の数ある街の中の貴族と庶民の資産の差が激しい街の一つで、庶民の子供はその貧しさから大体12歳頃には冒険者になるか、家業の手伝いをするかという選択をしなければなりません。
さらに、冒険者の階級の中で難関と呼ばれているのがB級であり、10代前半の技術のない冒険者には難しいものの冒険者を十数年続ければ大抵合格するC、D級に、メアが心配していた荒くれ者たちは居座っているのです。そういう荒くれ者はプライドが高いために自分の階級より上の依頼を受けることはあれどもE級依頼を受けることはほとんどなく、必然的にこういう低級な依頼を受けるのは子供が多いE、F級冒険者が多いのです。
それはともかく、ツヅルの乗った馬車は低予算だったのか狭く、走行速度があまり速くありませんでした。
さて、乗車している他の3人の紹介をしなければなりません。
彼ら3人はどうやら同じクランで、さらに全員兄妹だそうです。クラン名は「術者三人組」で、名前から察するに全員魔術師なのでしょう。
長男で15歳のパカルタ、次男で12歳のセラン、末っ子長女で11歳のミーラという構成でした。
「一番の年が上だから仕切らせてもらうけれど、君たちはそれでいいかな?」
深緑色の肩まで付きそうな髪のパカルタがツヅルとメアに向かって優しく問います。普段から年下の2人をまとめているのでしょう。そんな雰囲気を纏っていました。
異存はなかったので軽く頷きました。
「あなた方はどうしてこの依頼を受けたんですか?」
年上には敬語を用いるという前世からの風習に従ってツヅルは彼らに語りかけます。
「そりゃあ、考えれば分かるだろ!」
その問いには威勢のいいガキ大将風の少年、セランが答えました。
「モハナトではスライム十体が600レー。五十体いたとしたら、3千レーだ。これを3人で割ったら幾らだ。お前ら割り算出来ないだろ?」
彼は自信満々に自分が四則演算ができることを豪語しました。
「千です」
「千レー」
この程度なら分数の計算ができない者でもできるだろう、と脳内で思いながら淡々とツヅルは応えました。前世では後期中等教育まではきちんと理解しているのですから、できて当たり前でしょう。同年代の中ではかなり頭脳の高い方であろうメアも楽々と答えます。
また、このモハナトでも四則演算ができないなんて人はあまりいません。複雑になると解けなくなる人もいますが、日常生活において困らない程度の能力は大抵持ち合わせています。
まぁ、大体冒険者になる、もしくは家業を継ぐ12歳の頃から覚え始めるのでツヅルたちができないと思われたのも仕方ないことでしょう。
「え!? 嘘だろ! ……俺がこの前やっと理解したばかりなのに。じ、じゃあ、1,500レーを5人で分けたら? どうだ、これなら分からないだろう」
セランの小物っぷりには慣れているのか、パカルタは呆れたように微笑んでいて、ミーラは全く興味がなさそうに厚い革の本を読んでいました。表紙を見ると「水属性魔法の性質」と書いてありました。彼女は水属性使いなのでしょうか。
「300です」
「300」
また彼らは同時に即答します。セランは彼らにプライドを傷つけられたのか、これと同じようなやり取りがこの後何回かありましたが、結局ツヅルたちの頭脳、というよりは知識に敵いませんでした。
「あー、もう分かった。まだ10歳なのによく解けるなー。――で、この依頼を受けた理由は普通のスライム五十体討伐の1人1人の分け前よりも、この依頼の方が1,000レーは多いからだ」
ツヅルが質問した実に3分後にセランはやっと答えました。
「そうなんですか」
別にそこまで特別な理由ではなかったので、そう軽く頷くことにしました。
「あ、お前ら、俺を馬鹿だと思ってるだろ? そんなことはないぞ。今から、お前の出す問題をしっかり問いてやるからな」
ツヅルの他意のなかった微笑みに何か裏があると踏んだセランは狭い馬車の中、立ち上がりながら口にしました。
「ちょっと、揺らさないで」
彼の起立によりこのオンボロ馬車が揺れたことに、本を読んでいたミーラは冷たく呟きます。
セランは謝り座るとツヅルに問題作成を促しました。少しの間考えていると、天使と悪魔の囁きが脳内で聞こえてきます。
(10割る2とかそっちの方が絶対いいぞ。さっきの問題ほとんど分からなかったのじゃ……)
こちらが天使。まるで、テルランのような口調や声で語りかけてきました。
(じゃあ、難しいのいくか)
その一言で、悪魔は不戦勝となりました。
「それじゃあ『1から9までの数字を一個ずつ並べて作った9桁の数字は全て3で割り切れるか』とかどうですか」
今までは可愛らしい算数の問題にだったのに、大人げないツヅルによって急に前世での中学校で習うような数学の問題に移り変わりました。
これには今まで彼らの会話に無関心だったパカルタ、ミーラ、メアも考え始めます。
「え!? 9桁!? 123456789のことか? これを三人で分ける? えっと……」
(えっと、123456789じゃろ、147258369じゃろ、987654321じゃろ……)
そもそも根本の部分から間違っている人間と妖精もいましたが。
「因みに、これ何通りくらいあるんだい?」
パカルタは全く検討もつかなかったのか、そう質問しました。
その質問に答えなくても問題は解けますよ、と最初は返そうとしたのですが、少し考えて、
「えーと、35万通りくらいですかね」
と、わざわざ路頭に迷わせるような発言をしました。
これを聞いた馬車内の反応は各々違い、
(妾は諦めるのじゃ)
「え!? 無理だろ!? ツラウ村に着くまでの一時間じゃ終わらないぜ!?」
とテルランとセランはツヅルの術中に嵌っていましたが、
「一遍に考えたほうがいい感じかな」
「きっと、直接やる以外の方法があるのね」
「これで、上手く行けばいいが……」
とパカルタ、ミーラ、メアはその発言の裏を見事に読んでいました。
この馬車旅もあと半分といった所。時折、馬車の中から外を見てみると、穏やかに雲が浮かんでいてそこかしこに生えている雑草から反射した眩しいくらいの太陽光が目に入りました。
メアとパカルタはそれぞれ先程の問題の解を未だに考え続けており、セランとミーラ、テルランはギブアップしています。
「うーん。この○に1から9のどれかが入るとすると……」
このようにメアの呟きから観測すると、彼女はかなり解に近づいているようです。
しかし、彼女らが分からないのも仕方がありません。
この世界では、文字を使う数学は一般人がましでや10代の子供が習うようなものではないですし、騎士学校や貴族学校ですら4年間掛けて簡単な文字の計算、幾何、初等関数を学ぶのみだそうで、もっと高度なものになってくるとそれこそ変人奇人と呼ばれているような学者しか学ばないらしいです。
「ねぇ、ツヅル。私には、画期的なヒントを教えてくれない?」
淡々とした声でギブアップしたはずのミーラはツヅルに近寄ってくると、囁きました。淡々といってもそれは人見知りがちなリーフとは違う若干眠たそうな声の方です。
ミーラはつまり解答を教えてくれと言っているのでしょう。
メアや三人衆の知らない概念に関連したこの問題を出したことの大人気なさにツヅルは反省していたので、未だ思考しているメアの邪魔をしないように小さな声で、文字なしで説明することの大変さを実感しながら、答えを伝えました。
「うーん?」
「よし! できたぞ!」
さすがに一度で理解するのは少し難しかったのか、ミーラが頭を捻っていると、馬車の隅でこの問題について考えていたメアが叫びました。
「え!? 君、もう答えが分かったの!?」
パカルタが驚きました。最年長なので、最初に解かなければいけないという謎の強迫観念でもあったのでしょうか。
「そうです! ふふふ、皆さん。メアの講義を聞くことを望みますか?」
したり顔のメアはない胸を張りながら、そう問い掛けました。
パカルタとミーラは頷きます。因みにセランはあまりにも暇すぎたのか爆睡していました。
「それでは。まず……」
しばらく、メアの講義を聞いた後、「術者三人衆」との会話などで暇を潰しながら交友を深めました。
馬車に揺られ、ついに目的地あと少しで到着するところまで来ました。
ツラウ村はツヅルがこの世界に来てから行ったどんな場所よりも遠く、多少の不安はありましたが今回の依頼はスライム50匹の討伐です。時間を掛ければツヅルたち2人でもできるような依頼に8人の戦力が加わるのです。達成できないはずがありませんでした。
「術者三人衆、というのはどういう由来から付けられたんです? いや、大体分かりますけど」
数学の問題が解決されてから少し経ち、会話が今までの冒険を語る雰囲気になってきたので、彼は自分の思ったことを聞いてみました。
「うん。まぁ、ご察しの通り、僕たち兄妹は何故か皆魔術師だからってことだよ」
パカルタが答えます。
改めてツヅルは彼ら3人兄妹を見てみましたが、目や鼻の大きさなどがまるで違い、髪と双眸が深緑色ということくらいしか共通点を見つけらず、言われなければ兄妹だと分からない容姿をしていました。
「数年前、親を亡くなっちゃって。あんまり、セランとミーラに討伐なんてさせたくないんだけどね」
悲しそうに微笑みながらパカルタは呟きました。
「兄さんも私の年の頃から頑張ってきたんだから、私もできるだけ兄さんの助けになりたい」
「そうそう。それに、英雄セランが冒険者になった理由は家族を救うため、なんて美談が将来語り継がれるかも知れないからな」
「2人共……! ああ、そうだな。頑張ろう」
ミーラと先程起床したセランの言葉に、パカルタが涙ぐみながら2人を見ます。
過酷な環境下から生まれた兄妹愛を見たメアはまるで犬と少女の物語を見たときの女性のように感動していました。
「君たちは? どういう出会いだったの?」
パカルタたちは落ち着くと、こちらに聞いてきました。
ツヅルは自分とメアとの関係をどのように語ればいいか迷っていると、見かねたのか、彼女が答えました。
「メアとツヅルはそれはもう運命の出会いといっても過言ではないような邂逅を経て、ここにいるんだ」
何やら自慢げでした。
「お、ロマンチック系?」
やはり運命に釣られるのは女性の性なのか、ミーラは寄ってきました。
「そうだ。あの日がどんよりとした曇りだった」
「そうか? 雲一つない晴天だったような気がするのだが」
早速生じたメアの記憶の齟齬を指摘します。彼女は少し沈黙して続きを語りました。
「……人の滅多に来ない路地裏で」
「大通りだ。役所からギルドへ向かう途中だったからな」
路地裏になんて一緒に入ったことない、と付け加えます。
「…………メアが、荒くれ者に囲まれていた時」
「僕もメアも走っていたから偶々ぶつかっただけだな」
「もう!」
こいうい状況のときには仏の顔も三度と言っていいのか分かりませんが、3回とも話を阻害されたメアは怒りました。
「ちょっとぐらい! ちょっとぐらいいいじゃないか!」
体力がない故の非力さか、ポカポカという効果音がなりだすのではないかと思わせるほどの弱々しいパンチを頬を膨らました涙目のメアはツヅルにお見舞いします。
「えっ、何が!?」
突然、怒りをぶつけられ弱くとも殴られた彼は驚き、使うべきでもない場面で脳をフル回転させました。
これを見た三人衆の反応は共に苦笑いで、ツヅルはますます混乱しました。
そんなこんなしている内に、彼らは件のツラウ村に到着しました。現在、パカルタの魔力時計によると10時だそうです。あまり遠出する機会もない子供の冒険者にとっては長い、旅を終えて、窮屈な馬車から大自然に這い出てきた彼らは皆、体をほぐすため一斉に伸びをしました。
「ようこそいらっしゃいました」
しばらく彼らがそうしていると、後ろから声が掛かりました。
振り向くとそこには何とも人の良さそうな、悪くいえば気が弱そうな白髪の老人が立っていました。
「私はスライム討伐の件でモハナトの冒険者ギルドに依頼させて頂いたこの村の村長のクラート・マスティアと申します」
えらく丁寧な自己紹介をされたので、冒険者一同もかしこまってしまいます。
「早速、依頼に取り掛かってもらいます。スライムらはここから2キロほど東に行った盆地に集団で固まっています」
冒険者らは盆地の説明を受けた後、作戦会議と称して10人全員が集まりました。
「人数わけはどうします?」
パカルタの言葉です。10人全員で行動するよりも何人かに分かれてスライムらを倒した方が効率的なのは当然でした。
「あ、じゃあこうしましょう。盆地の東は僕たち5人、西はあなた方ということで」
そういったのはツヅルが乗った馬車とは違うもう一つの方の馬車のリーダー的存在です。何でも彼らは5人で結成されているクランということでした。
パカルタは自分の兄妹やメア、ツヅルに賛否を聞きます。
これに異論を唱える者はおらず、D級クラン「術者三人衆」とF級クラン「アーテル」はしばし同じパーティーで戦闘を共にすることになりました。
2キロというのは遠いのか近いのかよく分からない距離で、例えば家から最寄りのコンビニまでの距離が2キロと言うと遠く聞こえるのですが、家から会社までの距離が2キロというと中々に近いように思われます。
人によって多少異なるが、どちらも結構なペースで赴く、という前提条件は変わらないのに何故この様な先入観が入ってしまうのでしょうか。
まぁ、その謎はどうでもいいので置いといて、盆地という山に囲まれた低い土地の性質上そこへ行くには当然山を越えなければならず、2キロという距離もあくまで直線距離であり実際に歩く距離を調べてみると、恐らく数百メートルは加算されるでしょう。
しかし、ツヅルたちにとって2キロという距離はそこまで遠いものではありませんでした。
それもそのはず。ここは彼らがまだ活力に溢れた若者であるからです。疲れを感じることがあっても、それは微々たるものでした。
――圧倒的に体力のないメアを除き、ですが。
背負っている槍の付いた重たい杖によってただでさえ少ない体力をさらに浪費している彼女は500メートルほど歩くと、死にかけていたという誇張を用いても何ら遜色ないほどに疲労していました。
それにより、ツヅルたちの歩みは遅くなり、彼らがやっと1キロに到達した頃にはツラウ村から出発した時は同じ道を歩いていた五人組クランのチームはもう盆地に入っていました。
尤も、ツヅルはもちろんパカルタたちも特に彼女の鈍足さを特に気にしていませんでした。この依頼は競争ではなく自分たちの範囲内の魔物を駆逐するだけなので、急ぐメリットはあまりないのです。
「メア、大丈夫?」
歳が近い少女同士ということでメアとミーラは仲睦まじくなっているように見受けられました。
彼女は喋れないほどに疲労していたのか、右手の親指を立てて無事を応答しました。いや大丈夫じゃないだろ、とすかさずツヅルはツッコミを入れます。
「そういえば、この町の近くにあるという北ミストレア森林ってどんなところなんですか?」
少し歩くペースを落としたので、暇になったツヅルが疑問に思ったことをパカルタに聞きます。
「近く、っていっても100キロはあるけどね。……えっと、あまり一言では言いづらいんだけど」
パカルタはそう一言置いて説明を始めました。
「まず、ベストロジア王国にはSS級ダンジョン認定されているダンジョンが2つあってね。
あ、ダンジョン認定というのはいわばそのダンジョンの難易度を定める様なもので、ランクはB、A、S、SSの四つがあるんだ。それぞれB、A、S級の冒険者の力量があってやっと制覇出来るダンジョンという意味を持っていて、SS級も例外じゃない。つまり、SS級冒険者の力量で突破できるダンジョンってことなんだけど、でも君たちも知っている通り、SS級冒険者なんて階級はない。
即ち、このSSランクダンジョンというのは前人未到、今まで誰も制覇したことがないダンジョンを指すんだ。そして、その難易度認定されているダンジョンの二つが、……北ミストレア森林ともう一つ、マストリーブ洞窟なんてダンジョンなんだよ」




