十三話 変人メア
「脳内の悪魔とでも話しているのか?」
相変わらず重そうな杖を背負っているメアは好奇心に溢れた表情でそう言いました。
(妾は悪魔じゃない! どちらかといえば天使の部類に入るぞ!)
テルランは声が聞こえるはずのない相手に向かって遺憾の意を示していました。
ですが通じるわけもなく、またツヅルもわざわざ弁解する意味もないので、
「いや、実は僕の中にはもう一人の僕がいてな」
と、おどけながら適当に苦し紛れどころか言い訳にすらなっていない言葉を返します。
「なるほど。深いね」
これがツシータやリーフならばこの会話はコメディーな雰囲気に移行したでしょうが、残念ながら相手は一度会っただけで変な人と分かるメアです。聞き返したくなるような返事を彼女はふむふむと頷きながら返しました。
「それよりも、メアはどうしてここに?」
また、長くなるような気がしたので、ツヅルは強引に話を変えました。
現在彼らがいるのはモハナト内で最も賑わっている商店街であり、時刻は夕方6時と最も混む時間帯なので彼らは大通りの中心から路地の方へと移動します。
「ちょっと魔法薬の材料の買い足しに。ここは商店街だけにそういう店が多いから。少し割高だが」
メアは掴み草という円型の葉を持つ草を小さな鞄から取り出して言いました。
「採取には行かないのか? 冒険者カードはもっているだろう?」
確か、掴み草の採集の依頼がF級依頼としてあったことを思い出したツヅルは疑問に思ったことを聞きます。
「もちろんだよ。ただ、少し……」
彼女は言葉を濁しました。何か言いにくいことがあるのでしょうか。
「あ、そうだ。もし良かったら、僕のパーティーに入らないか?」
ツシータという圧倒的火力をしばらくの間失うことになったツヅルはどうにも一人で討伐依頼に行く気が起きませんでした。
なので、杖をいつも持っているこの少女ならば協力してくれないか、と考えたのです。
「その話には是非乗らして欲しいのだが……まぁいいか。いいよ、メアも運動したいと思っていたところなんだ」
メアは1分ほど唸りながらも最終的には頷きました。
「じゃあ、明日の朝にギルドに来てくれ」
了承したメアは、そろそろ帰らなければと言うと、ツヅルに挨拶をして走り去ろうとしましたが、
「あ、もしメアのおばあちゃんに会って何か聞かれたとしても何も言わないでくれ。メアが外に行くの嫌がってるようだから」
と、最後にその赤茶色のポニーテールを揺らしながら忠告しました。
それから、ツヅルはあらかた生活必需品が売っている店の場所を記憶した後、さすがに今から再び討伐依頼に行くわけにもいかないので素直に宿屋へと戻りました。もう夜でした。
「どこ行ってたの?」
既に戻ってきたツシータはいつも通りの口調で聞きます。
「一人じゃ不安だから仲間をね」
ツヅルもそれに合わせて素直に語りました。
「えっ……。そ、そう。で、見つかったの?」
「ああ、といっても一人だけだけどな」
何故かツシータは動揺していましたが無視して、明日から一時的にとはいえ共に戦う仲間であるメアのことを思い浮かべます。
(そういえば、彼女はどんな戦法を好むのだろうか)
と彼は考えます。
魔力石をはめ込んである杖を所持していることから魔術師か、と思いきやその杖には鋭い刃が付いていて肉弾戦も可能な槍型仕様になっています。
やはり遠距離攻撃も近距離戦もこなす戦闘スタイルなのでしょうか。
ツシータのように一点に特化しているのも役割がはっきりとして用いやすいですが、やはりメアの――少なくとも彼女の装備を見た限りでは――オールラウンダーな戦法も参謀ボジションの人間には魅力的です。
「そういえば、ツシータのほうはどうなったんだ?」
「な、何とか、受けてもらえたわ」
何を動揺しているんだ、とツヅルは思いましたが、そんなことにいちいち突っ込むのは野暮かと感じ、結局ツシータの挙動不審を問うことはありませんでした。
次の日、3月5日の午前6時にツヅルは起床し、ツシータに挨拶を交わそうと左を向きましたが、そこにあったのは空になったベットだけでした。どうやら、ツシータはもう例の稽古に出掛けてしまったようです。
いつもは床に転がっているツシータがいないことに、彼は若干の新鮮味を感じながらも今日メアと討伐依頼を受けることを思い出すと、急いで準備を始めました。
そうして、食堂で忙しそうに働いているリーフを観察しながら食事をしたツヅルは7時にはもうギルドの前に着いていました。
「やぁやぁ、ツヅル」
ギルドに入ろうと扉に手を掛けると、何故かギルドに入らず扉から10メートルほど離れた芝生に佇んでいたメアから不意に声が掛かりました。
「いや、うるさいところは苦手でね」
その疑問を察したのか、少し舌足らずに言うと、後ろから話し掛けられたことで驚いていたツヅルの後ろに回り込み、彼を盾にしてギルドへ入ります。
そして、ギルドの喧騒を浴びると若干体を震わせたことから、
(この様子だとギルドに入るのが怖かったのか)
と、ツヅルは確信しました。
確かに、冒険者という職業に就いている者は子供か荒くれ者か生真面目かの三種だと言われています。要は、冒険者は貧乏人か暴力至上主義者か取り柄のない正直者に絞れるのです。「冒険者の街」と呼ばれているモハナトでは子供の冒険者が圧倒的多数ですが、中には犯罪を何の罪悪感もなしに起こす者だっています。メアはギルドにはそんな冒険者ばかりだと思っていたのでしょう。
可愛らしい部分もあるメアに押されながら、人の波を掻い潜りツヅルはいつもの低級な依頼が張られている掲示板の前に立ちました。
「メアは初めてだからよく分からないのだが……」
緊張しているのか、メアはよく分からない言葉を吐きます。疑問に思いつつも、改めて掲示板を見てみると、特に面白そうな依頼があるわけでもなく一般的なクエストしか存在しませんでした。
まぁ最初だから普通のでいいか、とまだ数日しか冒険者生活を堪能していないツヅルは自分のことを棚に上げて、ウルフの討伐依頼をメアに見せます。
彼女は「うん」と上の空気味に答えました。
「あらー、今日はツシータさんじゃないんですねー」
受付に着くと、アールナはクスクスと笑いながら呟きます。ツヅルが皮肉で返そうとすると、
「こ、これをうけた、受けたいのだが」
と話をぶった斬り、噛みながらメアはウルフの討伐依頼の紙を差し出しました。それを見てアールナは、可愛らしいですねー、と微笑ましげに呟き、その紙を受け取ります。
「はい、それじゃあー、無残な死体を私に見せないように頑張ってくださいー」
そして、応援しているのかよく分からない言葉を吐くと、アールナは彼らを見送りました。
「ふふふ、ツヅル。この依頼で、メアの稀有で唯一無二な才能をとくと見るが良い!」
ギルドから出た途端にメアは元気になりました。どこか常に謎の自身に満ち溢れているテルランを彷彿とさせるテンションです。
(何を言う! 妾はこんなじゅうけん? スタイルのゴチャゴチャした戦い方せんわ!)
ツヅルのそんな思考を読み取ったテルランは方向が間違っている反論をしました。
(まずお前、戦えないからな)
(………)
ツヅルのシンプルな返しにテルランはノックアウトします。
「あ、あれ、ツヅル……?」
メアは冗談半分に言った言葉にツヅルが全く返事を返してくれないので、もしかして何か怒らせてしまったのかと心配になったのか、オロオロし始めました。彼は自分の魔力内に生息している生物との会話に忙しかっただけなのですが。
(い、いやでも、光れるぞ! すごく、すごく)
何とか自分の有用性を示したいテルランは一番のアピールポイントを反復法や倒置法を用いながら説明します。
(なるほど、それは凄いですね。で、それで敵に如何ほどの被害を?)
(……ま、まぁそれは置いておくのじゃ)
「ツヅル……? 怒らせてしまったのか? ごめん、違うんだ。別に君が貧弱だとか惰弱だとかいう意味は籠っていないしなんていうか照れ隠しみたいな冗談に近い発言でもう一度言うけど決して馬鹿にするようなものではないというかメアはむしろメアと普通に接してくれるツヅルを尊敬しているし……」
「えっ? ……ああ、ちゃんと分かっている」
彼らの会話は何故か少し病んでいるメアによって中断されました。
これはやばいぞ、とツヅルの本能が悟ったのかどうか分かりませんがすぐに彼女のフォローに向かいました。
「いや、どういう作戦でいこうかな、と思っただけだ。ほら、最初だからメアの戦い方も何も知らないからな」
これを聞いて、メアはすっかり元の状態に戻り自分の戦法について語り始めました。
「メアは基本的に魔法専門だ」
「え、じゃあその杖に付いた刃は?」
いきなり考えていた答えと違うことを言い始めたメアに驚きます。
「これか? 確かに魔法専門のメアがこのような近接戦用の武器を持つことはおかしいな。だが、それにも理由がある。それは……」
メアはこれから重大なことを発表するかのように一拍置きました。
「格好いいからだ!」
「は?」
唖然としました。
「この遠近両方に対応できそうなこのフォルム! メアの力作だ! まぁ、メアは体力がないから接近戦はできないんだけど!」
メアはドヤ顔でその武器の素晴らしさについて力強く語りました。
「あ、そう。じゃあ、メアは何属性魔法が得意なんだ?」
この話を続けてても無駄だと悟ったツヅルは呆れた目でメアを見つめながら、そう聞きます。
「えっと……、それは……。あ、火属性魔法! そうそう火属性魔法だ」
別の話に移行したので困惑したのか、大きく動揺したメアはその変人さに似合わない平凡な解答をしました。
ついに僕が前衛として戦わなければならないのか、と今までツシータに前衛は任せきりだったツヅルは思います。
さすがに自分よりも魔法能力があるであろうメアを前衛で戦わせるというのはあまりにも愚行でした。
ですが、ツヅルもあまり前に出れる身体能力を持っていないので、彼は悩んだ末、奇襲戦法で行こうと考えました。これならばツヅルの「心討ち」とメアの火属性魔法があれば、誰も引きつけ役ともなる前衛にならないで済むでしょう。
しかしながら、獣人故に感覚の鋭かったツシータがいない今、奇襲に最も重要といってもいい精度の良い索敵方法というものがありません。
「そういえば、策敵魔法は使えるか?」
「火で策敵できるならね」
メアに希望を託したものの呆気なく撃沈したツヅルは短剣一本で最前線へと赴く覚悟を固める羽目になりました。
「あ、ついでにいうとこの杖、接近戦とか魔法戦とか関係なしに普段は使わない。魔法は魔力がなくなって、杖の力が必要になる時まで使うことはないし」
「もう、その謎杖の存在意義はなんなんだよ……」
「格好いいから!」
最早、光れることに異常な自信を持っているテルランと同レベルだな、と改めて思いました。
2人は東門から出て、なんだかんだ見慣れた平原を歩いています。白色の雲が結構な割合で青空を埋め尽くしていたので、昨日よりは晴れていませんでしたが今日の空もまぁまぁ健康そうでした。
何でも、モハナトの近くの「バヤジ」というそこそこ大きい町に向かうために舗装された道は周りの高低差の激しい小山や丘などに比べたら実に滑らかで平らな道でした。
「火属性魔法のどんな魔法が使えるんだ?」
そんな道を歩いているツヅルは隣後ろにいるであろうメアに聞きます。
「っ! なに……!? ず、すこし……、待って……! これほんとおもい……!」
しかし、返ってきたのはそんな今すぐ死にそうな声でした。驚き、後ろを振り向くと、まだ一キロ程度しか歩いていないというのに、何故か汗だくなメアが声に違わぬ疲労した顔つきで息を切らせていました。
ツヅルは驚きと呆れを含んだような微妙な表情で彼女は見つめます。明らかにその原因は彼女が持っている役に立ちそうにない杖が歩行を蝕んでいるからでしょう。
まぁ、それを除いてもメアがツヅルよりも体力がないのは明白ですが。
「はー、全く。なんて道だ。舗装も満足に行えてないじゃないか! そのせいでこんなに体力を失ってしまったよ」
「それよりも、メアは自分の体力を整備したほうがいいぞ」
「上手くないぞ!」
しばらくペースを落として歩いていると、悪態がつける程度にはメアの体調が回復してきました。
「で、なんだったかな。メアが使用することのできる魔法だったっけ?」
全く悪びれる様子がありませんでした。これ以上追求しても話が進まなくなるだけだな、とツヅルは思い先を促しました。
「といっても、メアはまだF級魔術師。そんな大層な魔法が使えるわけではないな。『火球』、『火炎波』、『炎槍』、『火壁』など初級的な魔法は使えるくらいだよ」
「別の属性でもいいから、他に何かあるか?」
なるべく攻撃手段は多い方がいい、ということでツヅルは問います。
「これ以外の魔法は使えない」
「え?」
メアとの会話は驚愕か呆れしかないのではないかと思わせるほどに、彼女の性格や性質は異様でした。
今までの話を要約すると、メアという可愛らしい少女は体力が一キロの歩行で全消費してしまうほど少なく、それ故に重たい武器を持ったり短剣などを装備して素早い攻撃を繰り広げるようなことは不可能であり、その物理のハンデが気にならなくなるレベルの魔法が使えるわけでもない、そんな人間でした。
(妾並に使うのが難しいキャラじゃな)
唐突にてるランは自虐を挟みました。彼女は今まで自分の有用性を考えていましたが、どう頑張っても思いつかなかったのでしょう。その声は諦観に帯びています。
そして、ツヅルもそのダメ出しができるほどに強いわけじゃないので、ツヅルとメアで構成される「臨時アーテル)」は何とも欠陥パーティでした。
さて、そんなことは忘却の彼方へと送り込むとして、メアのペースに合わせて歩行していると、昼頃。今日初めてのモンスターと遭遇しました。
幸運にも、その魔物は今回の目的であるウルフでした。
双方の距離は250メートル。長いように見えますが、ツヅルらとウルフたちが同時に突撃したら30秒で衝突する距離です。
周りは草原なので、あまり大々的にメアの火属性魔法が使えないなんてハンデがあるかと思うかもしれません。がしかし、彼女の使える火属性魔法は「火炎波」以外、そう大した攻撃面積にならないので、実質地形的な面ではなんのハンデもアドバンテージもありません。
ウルフの数は15体、一般的な数でしょう。ツヅルらが状況を把握すると同時にウルフも彼らを視認したのかこちらに向かって走り出しました。
「とりあえず、ウルフが近くに来るまでになるべく数を減らしてくれ」
メアにそう頼みます。彼女の攻撃方法は実質簡単な火属性魔法しかないので、こうするしかありません。
しかし、ツヅルがあまり有効な武器を持っていないのも事実です。最終的には短剣を持って立ち向かおうと思っていますが、最初から危険を冒しにいけるほどの無謀さは彼にはありませんでした。
考えてみると、ツヅルが持っている遠距離攻撃はメアと同じ簡単な火属性魔法か「浮遊」による物理攻撃か「心討ち」かの三種です。
彼はこの三つの攻撃手段の内、「心討ち」を選びました。
ツヅルの目標はウルフ15体との接近戦になる前に殲滅することなので、一つ目や二つ目のような効率の悪い倒し方はできないのです。
改めて説明すると、「心討ち」は指定した場所に、指定した方向で、指定した形の力が、指定した数生じる、といった極めて自由性の高い魔法です。ですが、欠点もありそれは打撃を与えられるほどの威力で放とうとすると、かなり詠唱時間が長くなることでした。
前回はゴブリンというザコ敵の中でもトップクラスの弱さを誇っている魔物だったからこそ3発10秒が通用したのであり、今回のように、相手が数が多くて速いとなってくるとやはりなにか一工夫が必要となってきます。
考えられる手法として、ウルフを倒そうとは思わずに軽く小突いて動きを止めメアの魔法の詠唱の時間稼ぎをする。または落とし穴を作り時間稼ぎをしながら各個撃破するぐらいです。
しかし、前者は動きの速いウルフに対してそこまでの効果は与えられないでしょう。
ということで、彼は後者を選びました。
では、落とし穴というのは具体的にどのように作るのでしょうか。
土の中に力の始点を置きそこから掬い上げるようにして、土を空中に押し出すというのがツヅルの考えた方法でした。
そして、落とし穴ができたら、ひとまず落とし穴に落ちたウルフを無視してそうではない地上に残ったウルフをメアと共に駆除します。
今回の敵が厄介なのは集団攻撃が理由です。なので、この落とし穴作戦は各個撃破というよりは、戦力の分断を目的とした作戦なのです。
そう決定したツヅルはすぐに「心討ち」を詠唱し始めました。
メアは懸命に「火球」などでウルフを倒し続け、残り12体といったところでしょうか。距離はあと目視200メートル強です。
「心討ち」を放つ座標はツヅルらから25メートルほど離れた地面の地下1メートル50センチで、力の形はできるだけ多くのウルフを落とすために横長の塹壕のような細長い形に設定しました。まぁ、自分が入るのではなく敵が入るのですが。
「ツヅル! もう、すぐそこまで来ているんだが!」
45秒が経ち、ウルフはもう一桁秒でツヅルたちに噛み付けるところまで迫ってきていました。数は9体にまで減っていました。
しかし、そんな状況でも先程から詠唱しているだけのツヅルを見て、不審に思ったのかメアが魔法を放ちながら忠告を叫びます。
「分かってる!」
ツヅルはもうそろそろ限界か、と思いメアにそう応えます。
「『心討ち』」
ウルフが段々と近づいてきて爆破予定地の近くまで来たとき、ツヅルはそう呟き、およそ1トンの砂が押し上げる、よりも打ち上げられるという表現の方が似合うほどに天高く舞いました。
丁度、その穴の真上にいたウルフ2体は高く飛び上空数メートルのところから地に叩きつけられ、その後ろにいたウルフ4体は勢い余ってその落とし穴に落ち、残りの3体は突然天変地異が起きたという動揺により動きを止めてしまいました。
「メア!」
今度は一体ずつ倒していくために簡単な「心討ち」を詠唱しながらそう叫びます。
体力がなく、魔法はあまり使えなくとも知力はそこそこ高いらしいメアはすぐに呼び掛けを意味を理解し、魔法の詠唱を始めました。




