九話 クルォリ捜索 1
「今日は何か予定あるのか?」
「いいえ、ないわ」
ツシータは昨夜のことは覚えていないのか、キョトンとした顔で言いました。いや、覚えていないふりをしているのでしょうか。
現在9時です。ギルドに向かう時間には後三時間強はあります。
彼は病院で手術や診察を受けることよりも病院のロビーで呼ばれるのを待っている時を一番嫌うタイプでこういう時間が滅法苦手なので、少し苦い顔をしました。
とりあえず今後のためにお互いの所持金を確認しあおう、と暇なツヅルは提案しました。
ツヅルはクラリスから貰った2000レーから2日分の宿代600レーを引いて、残り1400レー。対して、ツシータはこの1年間報酬の低い採集依頼しか受けてこなかったため貯金がまるでなく、なんと500レーでした。
「僕も自分の剣が欲しいな」
ツシータの所持金が自分のものよりも少ないことにツヅルは驚きました。だが、もうクランを組んで討伐依頼を受けることができるのだからわざわざ言及する必要もないだろう、と判断すると、そう呟きました。
「1000レーで買える剣なんて存在しないわよ。最低でも5000は必要ね。それでもかなり粗悪なものだけど」
ツシータはそう返すと、予備の短剣をツヅルに手渡します。
「……依頼、受け行くか」
「……そうね」
前世の少年時代では割りと裕福な暮らしをしていたので、生活の勝手が違うツヅルは悲壮感に包まれながらギルドへと向かうことにしました。
まだ朝であるためアルコールを飲んでいる冒険者が少ない分、以前よりマシですがそれでもギルドは人が集まる場所なのですから当然実に騒がしいです。
仕事後ならぬ仕事前の一杯を交わすクラン。隣の冒険者と談笑しながら砥石で剣を磨く戦士。
クランメンバー達と掲示板に貼ってある依頼を吟味する魔術師。
好意的に述べるとしたら、ギルドは活気にあふれていました。
ツヅルたちはその冒険者の波を掻き分け押し通り、F、E級の依頼が貼ってある掲示板に到着しました。
それを見てみると、昨日あったものとは違う依頼も数多く貼られています。既視感のあるものは大体常駐依頼とも呼ばれている冒険者ギルドから出されている簡単な依頼でした。
ツヅルの目についた順に依頼を書き出してみます。
『F級依頼 物の教え 報酬 初「アイオ木の杖」以降「300レー」 依頼者クラリミ・ザブラ 子供に魔法学を教えているのたが私には教養がないからか、成果が芳しくない。魔法学に明るい冒険者がいればぜひ家庭教師となってほしい』
『E級依頼 緊急 ゴブリン中隊との戦闘 報酬「吸収剣」 依頼者モハナト冒険者ギルド 数日以内にゴブリン百匹強の群れがチヤ村に衝突するようなので、二十名程度急募します。早急に集まった場合奇襲戦、集まらなかった場合防衛戦が行われます』
『F級依頼 Gダストの殲滅 報酬「2500レー」 依頼者メスト村村長 今年もGダストが出おった。一匹の強さは大したことないが、数百匹いるのが難点じゃ。体を覆い尽くされたら精神的にダウンしてしまうほどの苦痛を味わってしまうが、攻撃力はさほどでもない。村の物では怖がって討伐してくれぬから代わりに討伐してくれ』
「このGダス……」
魔法学の知識がないし、ゴブリン100匹と戦うのはまだ少し荷が重いだろう、ということでひたすら不穏ですが、死ぬことはなさそうで報酬はF級依頼にしてはとてつもなく報酬が高い『Gダストの殲滅』は中々いい依頼ではないのか、とツヅルは考えました。
「だめ!」
だがしかし、ツシータは怯えた表情でそれを拒否しました。
「Gはだめ……」
どこかで聞いた略称名だな、とツヅルは思いながらも、ツシータが今にも泣き出しそうな表情をしていたので何も聞かず目線を掲示板に戻しました。ふと、そのGダストの横にあった依頼を見ます。
『E級依頼 クルォリの回収 報酬 「2000レー」 依頼者精霊族研究会 このクエストは決して討伐クエストではないし、回収だからといって採集クエストというわけではない。ただ、森林を駆けまわってもらうので、依頼の規定から仕方がなくE級という難易度表示になってしまっただけで、実際の難易度はそこまで高くないと思う。説明は長くなるので研究会でさせてもらえると嬉しい』
「これとかいいんじゃないか」
「……大丈夫なの? これ。文章から明らかに面倒くさい感が出てるわよ。というかツヅルは変な依頼好きね」
ツシータは差し出された依頼を数秒掛けて黙読すると、呆れた表情でそう言葉を発しました。
しかし、この何か分からないクルォリという謎の物質に好奇心が湧き出てきたのか、結局彼女はこの依頼を受けることを了承しました。
アールナに依頼を受注してもらった後、ツヅルたちは精霊族研究会という興味深い研究所がある建物へ向かいました。
ツシータと談笑し、少しずつモハナトの地理を覚えながら何事もなくその屋敷へと向かいましたが、
「おい、きみたち。さっきから、そこでなにうろうろしているの?」
帰りたい。ツヅルはこの依頼が地雷であったことをすぐに察します。
精霊族研究会があるらしい、その白色のレンガで造られている建物の見た目は普通の一軒家と全くもって変わりなく、その家だけを見たら彼が帰りたいと思う理由が見当たりません。
問題なのは、その住人でした。
ツヅルたちに声を掛けたのは短剣を腰に掛け木材で作られた杖を背負っている――その声から推察するには――女性です。まるで門番のように精霊族研究会の入り口に立っていて、ローブを着ており、それについているフードを身長が低いツヅルですら顔が見えないほどに深々と被っていました。
これを見てしまうと、謎物体クルォリどころの話ではありません。絶対に何か犯罪に巻き込まれる、と無意識下で感じるほどには何とも奇っ怪な姿でした。
「クルォリの依頼の件でお伺いしたんですけど……」
しかし、ギルドでは特別な事情がない限り、依頼を反故にすると罰金を課せられることを既に知っていたツヅルは、もう引けないと感じながら妙な丁寧語で言いました。
「こら! クルォリの名を表で出さないの」
いや、ギルドで正々堂々と名前出していたじゃん、と脳内で浮かんだ言葉を彼は咄嗟に押し込みます。
ともかくツヅルたちは何とか殺されることはなく、研究会に入場することはできました。
(いや、それにこの門番の人が少し特殊なだけで会員は案外普通なのかもしれないな)
こういうときの勘ほど当たらないものもありません。
まず、玄関の扉を開けると、いわゆる玄関ホールには先程の門番とほぼ同じ格好をした人間が立っていました。この世界では基本的に庶民は家でも寝るときや風呂に入るとき以外は靴を脱がないようで、どうやらこの研究会も同様のようです。
内装は良くある木造のようで、長年整備をしていないのか、茶色の木の床が傷んでいました。
「こっちだ」
ツヅルたちは門番からその玄関ホールで立っていた人物に引き渡され、フードを深々と被った者が7人ほど集まっているという恐怖すら覚える部屋を通って、廊下に出ました。実はこの家には地下室という部屋があるようで、どうやらそこに研究会の会長がいるようです。
若干冷たいフローリングの廊下を突き当りまで行くと扉がありました。それを開くとあまり掃除されてないのかホコリが舞ったので、ハウスダストアレルギーを持っていたツヅルは少し咳き込みます。
開けられた扉から地下室へと続く鈍色の石造りの素朴な狭い階段を見ることができました。
「この下に依頼主である会長がいる」
彼女は念を押すかのように先程もした説明を繰り返しました。
ツヅルは地下室と聞いて、頭の端に監禁の可能性が浮かびます。しかし、ギルドの依頼ということはこの依頼を受注する冒険者を指定できないということなので、そんな心配はすぐに消え去りました。
照明が2つしかないため、地味に薄暗い階段を下り地下1階に到着しました。
そこにはドアが1つ、すなわち地下には部屋1つしか存在しないようです。
「入ります」
コンッコンッとツヅルたちを連れていたフードの女性は2回ノックして、返事も待たずにドアを開けました。そういう間柄なのでしょうか。
ドアの先を見てみると、床には弓矢や短剣、何か文章が書かれた紙などがばら撒かれていて、四角い部屋の中央に敷いてある柔らかそうな白の絨毯の上で丸まってスヤスヤと寝ている女性がいました。
恐らくこの女性が精霊族研究会の会長でしょう。彼女の外見的な特徴はツヅルの目を引きました。
何とその茶髪の女性は上半身裸の半裸で寝ていたのです。ナイスバディと賞賛せねば、という使命感に駆られるほどにその体は美しく、芸術品の一種として取り扱われても何の反論も浮かばないほどの肌色を誇っており、同性の少女であるツシータをも釘付けにするほどの魅力を所持していました。
しかし、ツヅルはそれを見たのはほんの一瞬に過ぎませんでした。それよりも驚くべき点を見つけたのです。
彼女の耳がハーフ、クォーターどころかそれよりもエルフの血が薄いリーフの耳よりも、遥かに尖っていたのです。恐らく、純エルフもしくはハーフだな、とツヅルは推測しました。
「……! 始末するしか……!」
ツヅルは自分たちをここまで連れてきてくれた女性の反応で、一瞬の内に彼女らのフードの意味を悟りました。
エルフがモハナト内にいるとバレたらまずい理由があるのかは分かりませんが、この場所は研究会を騙ったエルフの保護団体なのでしょう。
始末するしか、という言葉にはこの少年少女に耳のことがバレてしまったから殺して情報隠蔽しなくてはという意味が込められているのだと、察せます。
(……エルフの魔法能力に敵うはずもないし、もしかしたら詰んでないか?)
分析に夢中で他のことに気が回らなくなっていたツヅルはやっと自分たちの命の危機に気付きました。
「やめとき」
ツヅルが逃亡の算段を考えるために必死に頭をフル回転させ、ツシータがもはや定位置である彼の腕にしがみついて怖がっていた時、不意にそんな声が部屋の中から聞こえてきます。
見てみると、研究会の会長は体を起こして、赤色の双眼でこちらを見つめていました。
「しかし、機密事項を見られてしまったのは……」
「なに、別に見られて減るような胸してへん」
会長は似非っぽい口調で的外れな回答をしながら、胸のボタンを留めました。
「いや、耳のことです……」
いつものことなのか会員は呆れたように言い放ちました。
「え? 耳? うわ!? ちょ、お前見たな!?」
「見てないです」
動転している時は他人の言葉を信用しやすいらしい、という持論をたった今持ったツヅルは即答します。
「そうかー。見てなかったかー」
「そうです。例え、見たとしても見ていません」
「んなわけないやろ!」
とんでも理論で命の危機を回避しようとしたツヅルですが、残念ながらそれは失敗しました。
「ほんとに頼んます」
10分ほど口論した後、精霊族研究会会長――スラマイナは10歳のツヅルに土下座をしていました。
「いやー、ホントここばれちゃうと東ベストロジアで我々エルフが活動できなくなるんで」
アルバイト並の丁寧語を使いながら、彼女は頭を上げます。
「えっと、私ら精霊族研究会という名前を騙って、東ベストロジアのエルフの保護をしてるんや。あ、けども、希少な精霊族を見つけたらちゃんと保護しとるし、回復魔法の研究なんかもしとるからあながち騙っているわけじゃないで」
もはやどこの方言か分からないスラマイナ語で彼女は語りました。なんでそんな喋り方なんですか、と聞こうかと思いましたが、話が長くなるのは嫌なので諦めました。
「さて、クルォリの話に移ろうか。といってもクルォリという精霊族の生物についてまるでわかっておらんのやから特に何も言えへんのやが。とりあえず、分かっていることだけを羅列していくと……」
クルォリとは精霊族に属し、見た目は丸っこく角が二本生えていて常に空中をふよふよ浮いている、精霊族の中でも一段と謎の深い柔らかそうな藍色の生物です。
スラマイナ曰く、枕にしたらちょうどいいほどの大きさらしいです。
ツヅルはその謎生物の見た目が全く想像できませんでした。
その存在は希少で、精霊族の国と呼ばれているラビンス大陸のアークオス国でもあまり見ることができないそうです。
魔力を主食として食べるのが特徴で、さらに魔法耐性がとても強いらしく、いくら魔法を浴びせてもスポンジの如く吸収されてクルォリ本体にはなんのダメージも通らないようです。
しかし、一太刀で真っ二つになるほど物理攻撃に滅法弱いらしいです。
また、なんと魔力に溶けこむことができるそうです。これは、簡単にいえば人間や精霊族、魔族の体内魔力に溶け込め、姿形を消すことができるのです。
「そうなるともう捕まえようがないんじゃないんですか?」
そのツヅルの反応を見越してかスラマイナは、
「実はクルォリが魔力の影に入るには条件があるんや。クルォリが入れるのは自分が主人と認めた者だけなんや」
と語りました。
一体どういう原理なんだ、と耳を疑います。まぁ、つまりは体内魔力に溶け込むのは高難度なので、そういう契約の類がないとクルォリでも難しいということなのでしょう。
「奴は私らが魔力を与えに部屋に行ったら間をすり抜けて街の外へと出て行ったんや。クルォリがいなくとも私らの命に危険が生まれるわけやないが、クルォリの損失は世界の損失や」
さすがにまだ情報が少ないので更に聞いてみました。
クルォリは人嫌いで近づくだけで逃げ出すから捕らえるのが大変や、とスラマイナは言いました。
「最初はどうやって捕まえたの?」
今までずっと黙っていたツシータが聞きます。
「この家に入ってきたんや。多分、人が多いこの街に紛れ込んでしまって、迷っている内に人間よりは自分に近い同じ妖精族の私らがいたからやろ」
「じゃあ、あなたたちが捕まえに行った方がいいんじゃない?」
ツシータがそういうと、スラマイナは頭を掻きながら、
「私ら身分証を持ってないから街の外に出られんのや」
と言いました。
なんと、驚くべきことに彼女ら精霊族研究会は密入国ならぬ密入街者らしいです。
「この街にどうやって入ったんですか……」
ツヅルは思わず呟きました。
「北東門の門番に睡眠魔法掛けて侵入したんや。あそこが一番過疎ってるからな」
しかし、ベストロジア王国はかなり他種族に優しい国で、妖精族ないし獣人、魔族の入国を禁じていません。なので、ツヅルは疑問に思いました。
「私たちを襲った奴隷商がこの街におるんや」
元々、スラマイナはこの王国の極東、北ミストレア森林の精霊族の集落に住んでいたそうです。
北ミストレア森林とは東ベストロジアの最東端のとても巨大な森で、土地勘のないものが入ったら無事には帰ってこれないといわれているほど入り組んでいるらしいです。
そんな森の集落で何不自由なく暮らしていた彼女はとある時、狩猟部隊の隊長として狩りに出かけました。そして、狩りを終えた時、人間につけられているのを知らずに狩猟部隊は集落まで帰ってきたのです。
そして、さらに不幸なことにその人間は精霊族を専門とする奴隷商人でした。
後日、集落に突然数十人の人間がやって来て、集落のエルフの捕獲に走りました。そうして燃える集落を逃げてきて、後はモハナトまで来て上の通りという訳です。
「どうして、クルォリが街の外に出たって分かったんですか?」
あまり他人の過去に触れるのを良しとしないツヅルは話を変えました。
「さっき、魔力を主食とするといったやろ? つまり、魔物から魔力を吸い取りに行くと踏んだんや。わざわざ人間がクルォリに魔力を与えるわけがないからな」
というわけで、ツヅルたちは漠然としたまま手当たり次第にクルォリを捜索することを命じられました。
この世界どころかこの国のことすらまともに知らないツヅルにはクルォリなんて生物が行くところなど検討がつきませんでした。




