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神殺しの王となる。  作者: 唐松あせび
一章 モハナト革命
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八話 陰謀

 貴族街は治安の悪いスラム街などを嫌う貴族たちが集まる土地代の高いブロックで、そこにはそこそこ儲かっているや教会の長なども住んでいるようです。

 警備員が巡回していたり防犯対策が充実していたりする、庶民の家と比べたらとてつもなく巨大な屋敷が並んでいる通りを「湖の剣」の団長ナラスは人目を伺いながら歩いています。ツヅルは何とか見つからないようにそれを追跡していました。

 ナラスは警備員がいない道を選んで通っているようなので、それを追っていれば第三者に見つかることはなさそうでした。

 きちんと小さな丸い石が敷き詰められている舗装された道を通りながら、20分ほど尾行を続けたところでしょうか。連なっている屋敷の中でもトップクラスに大きい屋敷の裏手の路地にやってきたナラスはとある人物の前に立ちました。


「誰にも見られてないでしょうね?」


 なんと、そこにいたのはモハナトの街役場の所長、そしてラミ伯爵家の子女でもあるリトーンでした。

 屋敷と教会の背中に挟まれている薄暗い路地の様子を表通りから流れてくる街灯の光だけを頼りにツヅルは覗きます。彼は誰も通りそうな気配のない表通りにいました。


「何回言うんだそれ。分かってるよ。わざわざ、こんな儲かる商売を無下にするはずないだろう?」


 ナラスは甘い笑みを浮かべながら、リトーンに持ってきた大きなケースを渡します。


「どうして私がこんな庶民生まれのクズと同じ立場で仕事をしなくちゃいけないのかしら」

「それも何回目だ。……それにしても、このファリースリは凄いよなぁ。こんな粉数グラムで、1千万、2千万という金が動くんだから」


 中身を確認しながら彼女らはそう会話していました。ファリースリ、残念ながらその言葉に聞き覚えはありません。

 しかし、こんなところで街でもそこそこの権威、権力を持っている2人が秘密の取引をしていたら悪事を疑ってもおかしくありませんし、ツヅルもこれを違法な物質の取引だと即断定しました。

 これが何かの糸口になるのではないかと思い、ツヅルはさらに彼らへと近づきました。ツヅルと彼らの距離は15メートル程度。ツヅルの聴力ではよく聞こえない単語があったからです。

 こういうときに有りがちな場面といえば、やはり会集中しているが故に枝やら何やらを踏んで音を出してしまうことでしょう。今回ツヅルが踏んだのは道端に生えていた太い茎の雑草で、小気味良い音が雑音一つない夜の空間に響き渡りました。

 当然、リトーンらにも聞こえたようでした。悪事を行っている人間が良く発揮する音に対する敏感さをもって、彼女らは枝を踏んだ張本人であるツヅルの方向へと振り返ります。

 ツヅルは枝を踏んだ時点で、瞬時にバレたと確信しその場所から飛ぶようにして逃げたので、幸いなことにリトーンたちは夜の暗さも相まって彼の姿を目視できなかったようです。

 しかし、そんなことに気付くはずもないツヅルは勢い良く逃げ続けます。

 一応来た道は記憶していた彼ですが、追手を巻くために曲がり角を必ず曲がるようにして逃げていたため、すっかり道が分からなくなってしまいました。 




「痛っ!」


 無我夢中に走っていたツヅルは誰かとぶつかりました。もしかして先回りされたのか、と彼は恐怖しながら上を見上げます。


「驚いたよ。ツヅル、だったか? どうしたんだ、こんなところで爆走して」


 そこにいたのは何の偶然か、今日街役場で身分証明を終え、ギルドに向かう途中の道で出会った変人少女のメアでした。

 彼女は先程と同じファンタジー系の物語でよく見る魔術師の格好、簡潔にいえばローブを着用していて、槍が先端についている重そうな杖を背負っていました。


「どうして、ここに?」


 ツヅルは問います。

 まだ年端も行かない彼女が――自分のことは棚に置いといて――夜の貴族街に足を運ぶ用があるとは思えません。もしかしたらこの少女は貴族なのかもしれない、という考えが浮かんだのです。


「どうしてって? 10歳の少女がこの酒場通りを練り歩いていたらおかしいかな? まぁ、確かに少しくらいはおかしいかもしれない」

「え? 酒場?」


 ツヅルが周りを見渡してみると周りの景色は、大きな屋敷が並んでいるものから一転して、人通りの多い夜の繁華街のような町並みへと変貌していました。必死になって走っていたらいつの間にか酒場街に這い出ていたようです。


「……良かった」


 安心した表情でそう一人言を呟きます。


「メアがここにいるのは……」 


 そんなツヅルの様子をまるで無視したメアはその銃剣ならぬ杖槍を持ち直して、酒場通りの外れにある廃墟としか思えないほどに寂れた一軒家を指差しました。


「メアはあの店に下宿? 滞在? ではないな。なんというのだろう。ともかく、わたしはあの店に住んでいるんだ。8歳くらいからね」


 悲しそうな表情をしたメアは言いました。彼はあまり触れない方がいい話題なのか、と察しすぐに、


「何の店?」


と話を方向転換させます。

 改めて見てみると、小奇麗な酒場や商店が並んでいるのにその店だけ築数百年に見えるような老朽化具合で、そこは何とも異質な雰囲気を纏わせていました。

 看板が掛けてあって、そこには汚い字で「リリィジェラス」と書いてあるのが分かりました。


「魔法薬の店だ。名前は、リリィという癒やしの天使が嫉妬を抱くほどいい魔法薬がある、なんて意味だと聞いた」


 魔法薬。初耳のその単語の意味について――ある程度想像はつきますが――メアに質問しました。

 魔法薬を知らないのか、と彼女は驚きながらも説明を始めます。


 魔法薬とは約3百年前に、魔法が使えない者にも魔法が使えるように、という目的で獣人の魔法学者が開発した様々な効果の薬のことです。

 その魔法学者も獣人という種族の性質から魔法を使用することができませんでした。

 魔法学を学びに母国から非獣人国に留学した彼にとって、それは中々のコンプレックスとなっていました。

 しかし、魔法が使えない屈辱を糧に魔法学の研究を続け、彼はついにそれを開発することに成功したのでした。

 話を戻して、魔法薬は魔力によって非常に精巧に作られた薬で、使用方法は複数存在しますが、口から摂取するのが一般的です。

 主にその効果はほとんど回復ですが、極稀に攻撃用のものの存在します。

 精霊族にしか使用できない回復魔法を人間の手によって再現できる魔法薬は戦闘の場において非常に大きい存在となり、最近では魔法薬学を立ち上げようという動きもあるようです。


「因みに、メアに魔法や魔法薬の知識を伝授してくれたのはこの店の店主であるメアのおばあちゃんだ」 


 メアは魔法薬を簡単に講義した後、最後にこう付け加えました。




 魔法薬という知識を蓄えたツヅルはメアと別れた後、ギルドに行こうと考えていよいよ動かなくなってきた足を引きずりながらギルドへと向かいました。まだ冒険者ギルドは開いているらしいです。

 朝訪れた時の喧騒さが嘘だったかのように思えるほど静かなギルドには、片手で数えられる程度の人しかいないようです。


「おーい」


 椅子にどっしりと寄りかかったアールナがギルドに入ってきたツヅルを見て手を振ってきました。その声がなんとも落ち着く声だったので、彼は一日の疲れをドッと感じました。


「ツシータちゃんはー?」


 受付まで来ると、アールナがまず言った言葉がこれです。ツシータの姿が見えないので心配になったのでしょう。

 彼女の安全を伝えると共に青い蜂を討伐した件を彼女に語ります。まさか一日で終わらしちゃうとは、とアールナは驚きました。

 そして、ツヅルは今一番疑問に思っていることを聞きます。


「ファリースリってなにか分かりますか?」


 その言葉を聞いたアールナの表情は直前までのほんわかとしたものから一気に険しいものに変わりました。


「それ、どこで聞いたんですー?」


 口調はそのままですが、声のトーンを一段低くなっていました。


「いえ、昨日読んだ本にそんなことが書かれていたので」


 ツヅルは地雷を踏んだことを感じながらも何も知らない無垢な少年の笑顔を保ち、嘘でなんとかこの状況から切り抜けようとしました。さすがにナラスとリトーンの会合のことをアールナに語るのは危険過ぎるでしょう。


「なんだー。そうなんですかー。……貴方が関わっているわけじゃないんですね」

 

 アールナはその言い訳を聞いて不自然なほどに険しい表情を一変させ、ファリースリという謎の物質の説明を始めました。


「ファリースリというのは世界条約っていう条約でこの世界全ての国において禁止されている違法な魔法薬物ですー。

 中毒性が高く、一度摂取してしまえばもう戻れないーって言われているほどでー、同じくらいの中毒性をもつ薬物はいくつかありますが、その中でもそれはトップクラスに危険なんですー。その理由は、摂取した際に現れる異常とも呼べる凶暴性です。なんと何でも目の前に人が歩いているというだけで、その人間を殺してしまうほどのものらしいんですよー」


 アールナは一拍挟んでまた喋りだします。


「それにー、魔力が異常に活性化するんです。まぁ、それ自体はいいことなんですけどー、ファリースリ摂取者が持つ過剰攻撃性と合わさると大事に陥るんですね。

 あ、魔力が活性化するとどうなるかっていうとー、詠唱速度が早くなる、魔法の密度が大きくなる、簡単にいえば効果が大きくなる、普段より少ない魔力で魔法を放つことができるようになるなどの効果が現れます。ファリースリの場合はー、普段は20秒間詠唱しなければならない魔法がー、1秒程度で放て、消費魔力は100分の一程度で、効果は3倍ほどと非常に大きいものなんです」 

 

 なるほど、とツヅルは説明を聞いて思います。魔力がとてつもなく活性化している人間が異常な攻撃性を持ったら、対処に苦労するのは当然でしょう。


「後、これは摂取とは関係ないんですけどー、ファリースリと魔法との反応が結構面白くて無属性魔法以外の属性の魔法とファリースリを接触させると大爆発を起こすんですー。だからー、ファリースリは人間の体内に入らなくてもテロの道具として使われることもあるんです。それも禁止されている理由の一つですねー」


と、アールナは豆知識で締めくくりました。

 全世界で禁止されている薬物。きっと、一個の値段も相当なものでしょう。

 リトーンとナラスがこの薬物を扱っているというこの事実を上手く利用することができれば、恐らく一生遊んで暮らせる程度の資金は得られるでしょう。

 しかし、考えてからすぐに諦めます。リスクがあまりにも大きすぎるのです。普通に考えて、1つの街の一伯爵がその世界で禁止されている薬物を扱えるはずがありません。恐らく、裏には大きな権力を持っている人間、この街の領主モハナト公爵の協力があるはずだ、とツヅルは踏んだのです。公爵に逆らうにはあまりにもツヅルはちっぽけな存在でした。

 そんなわけで、彼はファリースリのことをさっぱりと忘れました。

 そして、青い蜂がきちんと討伐されているか確認するために調査隊を送るので明日の昼以降に来てください、というアールナの言葉を聞くとギルドを出て、宿屋へと向かいました。




 宿屋に着いたツヅルはあくびをしながら寝室がある黒色の木材で出来た廊下を、眠気を噛み殺しながら歩いています。もう23時を過ぎているでしょう。

 どうやらリーフや宿泊者は全員寝てしまったようで食堂は開いておらず、恐ろしいほどに静かでした。

 残念ながら、夕食――この時間なので夜食でしょうか――は取れそうにありません。

 諦めて部屋に行き、扉を開けるともう寝たはずだと思っていたツシータが起きていました。緑色の寝衣を着ています。また、目が少し腫れていて、ツヅルは彼女が泣いていたことが分かりました。眠気が吹き飛んだのが感じられました。


「ぅぅ……、ツヅル……」


 あまりに唐突だったので扉を閉める体勢のまま硬直しているツヅルに彼女は抱きついてきます。

 ツシータは彼よりも背が高いので、膨らんではいないが柔らかい彼女の胸に彼の頭は押し付けられました。香水などは付けていないはずなのに、心地いい匂いが彼の鼻孔をくすぐりました。

 

「どうしたんだ……!?」

「ずっと、待ってたのに……、こんなじかんに、なってもかえってこないからぁ……! アタシのことを見限って、いなくなっちゃったのかなって……!」


 ツシータはさらに涙を流しました。

 子供らしい理由ですが、会って2日目の人間にこんなに感情を寄せるのは果たしてどうなのか、とツヅルは思いました。

   

(一体、どういう人生を送ってきたんだ……)


 ツシータの涙は唐突に起こったセンチメンタルな気分からの涙ではなく、過去の出来事と現在の状況を重ね合わせたことによる悲泣の方だ、とツヅルは推測しました。


「大丈夫だ。僕にツシータを嫌う理由なんてない」


 ツシータから離れ、その銀色の綺麗な眼を見ながら呟きます。

 

「……ほんとうに?」


 幼児退行したかように幼い声での問い掛けにツヅルは頷きます。その時、ふと窓から風が入ってきて付けてあったロウソクの火が吹き消えました。

 ツシータの銀色の髪と双眸、猫の耳と尻尾が窓から入ってくる星の輝きを反射して、少し光っていたのが印象的でした。

 ツヅルは神々しさすら感じるツシータから眼を離すことができず釘付けになります。


「ツヅルの眼、黒い瞳は見てるとあんしんするわ」


 泣き止んだ彼女は笑顔でそう言うと、演劇中に糸が切れた操り人形の様にベッドに崩れ落ちて睡眠へと入りました。




 次の日、早朝ともいえぬ8時にツヅルは起床しました。

 ツシータがすやすやと寝ているところを見て安心したツヅルは昨日見聞きしたファリースリ関連の事柄について思い出します。

 ラミ伯爵家と「湖の剣」の団長が、そして恐らく大商会か大貴族どちらかの助力を得て、ファリースリを違法に取り扱っていたのです。やはり、改めて考えてみても敵の力は強大でツヅルでは叶いそうにありません。

 さて、報酬を受け取りにギルドへ赴くのは正午過ぎなので、あと四半日は何かで暇つぶしをしなければなりません。やることもないし討伐依頼に行こう、とツヅルは思いました。

 ですが、ツシータが気持ちよさそうに眠っているを見ると何だか起こすのは気が引けるので、仕方なしにとりあえず朝食を取ろうと食堂へと向かいました。

 まだ少し重たい体を何とか動かし、食堂着きました。どうやら昨日とは逆に遅すぎたのか、食堂はまるで混んでいないようです。 

 大抵の宿泊客が食事を終えていたので少し暇していたように見えたリーフは、食堂に入ってきたツヅルを見ると、若干安心したような表情を浮かべて寄ってきます。


「生きていたの、ですか」


 文字にしてみるとバトル漫画で敵から強力な技を受けた時のようですが、全くそんなことはありません。表情からは僅かにですが、ツヅルとツシータの生還を素直に喜んでいるのが分かりました。


「昨日は、帰りが遅かったようですけど、何のクエストを受けたのですか?」


 彼に近寄り、目を輝かせながらリーフは言います。折角の要望なのでツヅルは、別に面白いところはないが、という語り出しから昨日の冒険を15分ほど掛けて語りました。

 本当は5分程度で済ますつもりでしたが、彼女のあまりにも熱心な聴きようについつい熱が入ってしまったのです。


「おおー、すごいです、ファンタスティックです。ワンダフルです」


 いまいち感激しているのか分からない淡々とした口調ですが、眼に星マークが浮かんで見えるほどには感激しているようでした。


「青い蜂作戦の概要はすさまじいです。実質掲示板の内容ほどしか情報がないのにそこから蜂を打倒出来る情報を引き出すなんて」


 普段のつっかえつっかえの口調は何だったのか、と思わせるほどにリーフの感想は流暢でした。きっと興味がある話題になると言葉がスラスラ出るタイプなのでしょう。

 そう言った後、リーフは考え込むようにして黙ってしまいました。ツヅルが「どうしたんだ?」と声を掛けると、


「……やっぱり、わたし、ツヅルさんのクランに入りたいです」


と、顔を下に向け、円型の机に指を押し付けながらリーフは呟きます。


「僕は歓迎するよ。仲間は多いほうがいいとは一概にはいえないが、僕たちはまだ2人だからな」


 戦闘の場では指揮官の立場を好むツヅルにとっては仲間が増えるのは歓迎すべきことです。まぁ、分家とはいえども一応は貴族なのだから親が危険な冒険者に反対するのは仕方ない、と思いながらも、あえてそこには言及せずにそう言いました。

 また、リーフの魔法陣の暴走から起こる魔法の威力増大は中々に興味をそそられるものでもあります。


「依頼の難易度が上がってくればツシータさんと2人だけでは難しいでしょう。わたしが入って何の役に立つのか分かりませんが、ぜひ協力したいです」


 彼女はここで一度言葉を切りましたが、数秒後言いにくそうに続けます。


「でも、駄目なんです」

「どうしてだ?」


 ツヅルは容赦なく聞きます。リーフは言い難いのかもじもじとしていました。


「誰にも言わないで、くれますか? ツシータさん、にも」


 弱々しい声でリーフは前置きしました。頷くと、リーフは絶対ですよと念押しながら、隠れ気味だった少し尖っている耳を見せ、


「わたし、1024分の1エルフなんです」


と言いました。


「え?」

「エルフなんです」

「いや、そこは繰り返さなくても意味は分かっているから」


 聞くところによるとこうです。

 エルフとはこの世界では人間に最も近い精霊族らしく、妖人と呼ばれることもあるほどの生物で、外見的な特徴の目立った違いといったら、尖った耳をしていることくらいでしょう。

 しかし、人間族ではなく妖精族に属していることは間違いありません。

 その理由として、優れた魔法能力及び強力な回復魔法を使える点が挙げられます。以前も述べた通り、回復魔法は精霊族しか使用することのできない魔法として知られています。

 まぁ、エルフの概要はこのくらいにしておいてリーフの話に移ると、数百年前、とある純人間と純エルフの子供がエルフの強大な魔法能力を用いてベストロジア王国の一部を治め領主となりました。

 それが現在のベストロジア王国の子爵家であるフォート家の元祖、ララティー家の発端です。

 何故、ララティー家からフォート家へと名前が変わったのでしょうか。

 それは、今から150年ほど前に家系相続を巡って戦争を当時のララティー家の7人もの次期当主候補が起こしたことが理由でした。

 原因としては、過激派と呼ばれていた次期当主候補がほぼ当主になるのが決まっていたようなものだった長男を暗殺したことが挙げられます。

 その戦争は当たり前のことですが国家間の戦争と比べれば小さなものでした。しかし、他の貴族を巻き込み、次期当主候補間での武力衝突などを起こして、当時大きな戦争の準備をしていたベストロジア王国を大いに揺るがせました。

 その戦争に勝ち残ったのがフォート・ララティーとリーフの曽祖母であるエリー・ララティーでした。

 他の当主候補は他の土地へ去り、この2人が残って、いよいよ最終決戦だという頃にはエリーの兵は壊滅しており、まともに戦える状況ではなく降伏しました。

 そういう経緯でフォートがララティー家の当主となったのです。

 彼は名誉欲が強い男だったため家の名前をララティーからフォートに変更し、エリーはフォート家の分家としてエリー家の当主となりました。

 しかし、そうそうフォートの思い通りにはいかず、戦争の度重なる戦闘による街の被害から、王国閣議――王家及び公爵家の当主が集まって、国の方針を決める会議――が開かれ、当時公爵であったフォート家は国王直々に騎士爵への格下げと当時は港街以外は未開拓にも等しかった東ベストロジアへの島流しの通告を受けました。

 その関係がそのままこの神暦1383年にまで続いています。これが、リーフの姓「フォート・エリー」の由来でした。

 

「ところで、その話がどうやってリーフが冒険者になれない理由になるんだ?」

 

 それは、フォート家の現在の当主候補によるものだとリーフは語ります。

 現フォート家当主には今年16歳になる子供が1人いました。その青年の名前はオズワルといいます。

 彼もリーフと同じ1024分の1エルフですが、なんと遺伝子の大半を占めている人間族の意識よりも自分はエルフだという意識の方が強いのです。

 どういうことかというと、思春期特有の周りの人物とは異質でありたい欲望から、自分は周りの凡人とは違ってエルフの血が入っているんだ、と傲慢な態度をとっているのです。

 それ故に、自分の妻はエルフがいいとあろうことか伯爵や侯爵がメイン層の社交界でのたまい、政略結婚の全てを相手の爵位関係なしに破棄し、周りから敵意を集めているらしいのです。

 次男、三男ならば多少の言動は許されたでしょうが、何を隠そう彼はフォート家の長男かつ一人息子であり、さらにフォート現子爵は今年60歳であることを加味して考えればオズワルの言動の無責任さはすぐに気付いてもらえるでしょう。

 しかし、さすがのオズワルも現実を見始めたのか純エルフとの結婚は諦めました。貴族は基本的に皆15歳になったら婚約をする習慣があり、それに倣っていないオズワルには他の貴族から嘲笑と侮蔑を含んだ視線が送られているらしく、どうやら彼はそれに耐えきれなくなったようです。

 そうして、近々婚約することを決めたオズワルが指名したのが、他の貴族との外交を意識しなくとも良い、しかも若干ですがエルフの血も入っているフォート家の分家のエリー家の子女、リーフでした。

  

「……これが原因です」


 ここまで語りきったリーフはツヅルを黙々と見つめました。

 もちろん表情に出したりしませんが、この話を聞いたツヅルの感想は言うほど重くない事情に過ぎませんでした。

 確かに、リーフの身からしてみれば、せいぜい(めかけ)程度にしか扱われないことが分かっているオズワルの元へと向かうのは嫌でしょう。 

 しかし、誰が死ぬでもない良くある悲劇の一つに過ぎないのです。

 リーフのような小さくて可愛らしい少女が不幸な目に遭うことを不憫に感じれないわけではないツヅルは何と返事を返したらいいか分かりませんでした。


「……いつ頃にフォート家へ遷るんだ?」


 ですが、沈黙に耐えかねてそう聞きます。


「まだ、決まっていません。ですが、フォート家の敷地もこのモハナト内に存在するので、……きっと会えます」


 彼女は目線を下をしたにして、寂しそうな表情で言いました。

 その時、寝癖をたてたボサボサヘアーのツシータがあくびしながら昨日と同じようにふらふらと酔っぱらいのような足取りで、ツヅルの方へやって来ました。

 それを見たリーフは話を辞め、厨房へ向かいます。



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