三日目の夜に
一人になった帰り道。星空が見える夜。
「なぁ、見えてるか」
一人ぼっちの道で、天を仰ぐ。あぁ、これからずっとオレは一人ぼっちだ。涙が溢れてきた、ボロボロと。嗚咽が混じる。もう誰に見られたって関係ないほど、崩れ落ちるほど泣いた。
翠がいなくなってしまった。
「うっ……うぐっ……」
もういない。どこにも。
探したら、またひょっこり帰ってきてくれる気がした。家に帰ったら、また遊びにきてくれる気がした。息をすることと同じくらい。ご飯を食べたり、寝たりするのと、同じくらい。生きているのと、同じくらい。そこにいてくれるのが、オレの人生だった。
「あ……、ああっ……、み……どり……なんで、死んで……しまうんだよ……」
それをまた思い出した。この世にいたことの証明は。きっとどこを探してもできない。数字の上の話じゃなくて、もっと生身の、残してほしいもの。忘れたくないもの、でも少しずつ忘れてしまっていたんだ。翠がもう一度だけ、帰ってきて、思い出した。だから忘れていたのだと分かった。きっと、あの温かさも、キスの味も、笑顔も薄れていくのだろう。
「ただいま…」
「おかえり」
家に戻ると母がいた。
「どうしたの?泣いてんの?」
「泣いてねーよ」
顔を隠したまま、自分の部屋に戻ろうとした。
「……翠ちゃん帰ってきてたの?」
「………え」
亮平は驚いた。翠は自分以外に見えてないはずだったから。
「………うん」
ボロボロと大粒の涙が溢れてきた。とめられなかった。他の人から翠の名前を聞いたことが、すごく久しぶりだったから。覚えてくれている人がいてくれて、まるで自分のことのように嬉しかった。みんな忘れるわけがないのに。
「なんで知ってんの…?」
「そりゃあんたの親だもの。なんでも分かるわよ。なんだかこの三日間
………翠ちゃんが生きてたころのような、幸せそうな顔をあんたがしてたから」
「そん……」
「あんた翠ちゃんのこと、大好きだったもんねぇ」
「…………うん。大好きだった」
親の前で泣き顔見せるなんて何年ぶりだろう。
「ごめん……部屋にいくわ」
恥ずかしくなって慌てて部屋にむかった。
「亮平」
「な…なに?」
「お母さんも会いたかったなぁ……」
そう言った声は奮えていた。みんな翠がいなくなって悲しいんだ。オレだけじゃないんだ……。 泣きつかれて寝てしまった。
夢を見た。
そういえばここのところ夢を見てなかった気がする。淡い世界で翠が笑っていた。それが夢だと覚めるまで気がつかなかった。
その世界で当たり前のように、翠とどうでもいいことを話した。横顔が好きだった。光にあたった、髪の毛が綺麗だと思った。笑った顔を見てずっとそばにいてほしいと、そんなことを考えた。
「亮平」
「なんだよ」
「たくさんの楽しい思い出をありがとう。遊んでくれてありがとう。仲良くしてくれてありがとう。私幸せだった。亮平と会えなくなって淋しくなった。だから毎日幸せだったんだなぁって思えたよ。きっと私の人生に、色をつけてくれたのは亮平なんだよ」
「オレもそうだよ……」
そう話し終わると、ベッドの上で目が覚めた。なにも変わらない、静かな朝だった。まだ薄暗い。
三日目の夜に見た夢を僕は誰かに話すことはない。
きっとこの気持ちもあの優しさも、みんなの思いも全部、持っていくことが翠のいう
「生きてるってそういうこと」なのだろう。
おしまい。




