↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三日目の夜に  作者:
PR
4/5

8月16日



あぁ、朝か、今日でまた会えなくなるのか。いや、もうずっと会えなくなるんだ。この三日間だけが本当に特別だったんだ。願い事くらい自分に正直にしたらよかった。どうせ叶えてもらえるなら、遠慮なんてするもんじゃない。


「もう一度だけ」

願いに嘘なんてつくから、本当にもう一度だけになってしまった。 叶えられた願いに不満をいい、叶わない願いを祈り続けている。それでも本当に叶えてほしいことは、数え切れないくらい叶っていたんだね。

あなたと出会えたこと、あなたと仲良しになれたこと、あなたと笑いあえたこと、あなたといろいろな場所に行けたこと。喧嘩もしたこと、泣きあったこと、素直になれたこと、大切だって思えたこと。こんなにも叶うはずのなかったたくさんの願いを、あなたは叶えてくれたんだね。


ありがとう。


私の人生でこんなにも大切な人と出会えたなんて、これ以上の幸福なんて、もうどこにもないよ。それだけで幸せだよ。どうか幸せになってね。誰かと比べないと分からない程度の、小さな幸せなんかじゃなくて、誰かになんて言われようと、幸せだって胸張っていえるくらい、幸せになってね。それが私の最後の願い。神様これで最後にするから叶えてよ。




トントントン。

来たか。壁越しのノックが私たち二人の合図。お互いのベランダに出る。

「今、お母さん寝てるから」

「おう。悪い。なんか眠れなくってさ。どうせ起きてるだろうって思って」

「最後の朝だからね」

「なんか言い残したことはない?」

「……分からない」

柵にもたれかかって翠は話し始める。

「私ちょっとだけ分かったことがあるんだ。人の人生ってずっと同じ場所にいることは出来ないんだなぁって。学校にいって職場にいって、引越しもたくさんして、誰かと会えなくなって、その分他の誰かとも出会って。だから今この瞬間この時間、亮平と話せて私は嬉しい。それだけかな、言い残していたことは」

二階から道を歩く野良猫を見つめる。風で髪がなびく。

―――生きてるみたいだった。生きていた。



朝ご飯を食べて集合した。眠れなかった。朝日を二人で迎えた。こんなにも眩しい。世界に光が満ちていく。

「今日何時くらいに帰るんだ?」

「分からない。夕方くらいかな」

「オレがトイレ行ってる間に消えてるなんてのはやめてくれよ」

「そんな別れ方 私も嫌だわ」

いつもの通学路、でも今は二人だけの道。

「あぁ、そういえば亮平って彼女出来たの?」

「できてねーよ。てかあっちから見てるんじゃねーの?」

「向こうは星の出てる夜しか見れないんだよ」

「ふーん、じゃあたまに手振ってやるわ」

「分かった。ちゃんと見とくよ」

嬉しそうに返事をした。


「亮平さ。私のこと好き?」

「そりゃな。嫌いなわけねーじゃん」

「そっか、ありがとう」

翠がなにか言いたげな表情をしていることに気づいた。

「お前まだなにか言い足りないことあるんだろ?言ってみろよ」

困った顔で

「あのね、私が帰ってきたこと誰にも話さないでほしいんだ。あの、その私、亮平以外には見えてないみたいだから」

翠は笑って言う。亮平は少し焦った。

「なんで……お前自分の家に帰ってたじゃねーか。お母さんとも話してなかったってのかよ」

「……うん、ごめんね内緒にしててごめん」

「今からでもオレを通して会話しにいこう」

家に向きを変えて歩き出す亮平の腕を掴んでとめた。

「いいんだよ。大丈夫。だって絶対亮平がおかしな目で見られちゃう。それに下手をしたらお母さんも悲しむ。みんな悲しんでしまう。そんなことになったら、安心して帰れない。だからお願い。大丈夫だから。ねっ」

「っ……」

そんな必死な表情で止められたら、さすがにどうしようもない。

「だったら……。なにか伝えてほしいことはないのかよ。夢枕にでもたったってことにしたら大丈夫だろ?」

掴んでいた手を離した。

「じゃあ。『いつもありがとう。大切にしてくれてありがとう。私は元気だから、淋しくなんかないから、安心して。大丈夫だよ』って伝えてほしい」

「分かった。必ず伝えておくよ」

へへっ、と翠がふいに笑った。

「どうした?」

「なんか、私、やっぱりもうこっちの人じゃないんだなぁって思っただけ」

「あ… 悪い」

「ううん。いいんだよ。」



結局はいつもの公園にたどり着いた。

「私たちって暇になってやることなかったらここに来るよね」

ブランコに揺られて、亮平が靴を飛ばす。

「オレたちってさぁ。なぜか付き合わなかったよな」

翠が真似をして靴を飛ばす。

「恋人っていうか、家族みたいだった」

亮平がもう片方の靴も飛ばす。

「付き合ったら、うまくいったかなオレたち」

翠も靴を飛ばす。

「キスが出来たら、うまくいくと思う」

二人ともブランコをこぎ続ける

「………」

ブランコの軋む音だけが響く。

「靴がないから降りられないね」

両足の靴を飛ばして裸足になった翠は笑ってごまかす。

「そうだな」

亮平が裸足で飛び降りる。翠が座っているブランコの揺れをとめた。



「あっ………」

一瞬だけ、唇が重なった。顔を離すと、翠は目を閉じて固まっていた。

ソレは音もなく感触も分からないほど、軽く、優しく、温かった。

翠が前に言っていた言葉がふと、頭をよぎる。



『私は、私が触れたいと思ったものしか触れない』



目を開けると足元に靴が並べてあった。

「キスしたんだね。私たち」

「付き合えたんだな」

「嬉しくって死にそうだわ」

「そうか」

「でも、もう付き合えないよ。だって亮平は生きてる。ちゃんと生きてる人を好きになって、ちゃんと幸せになるんだよ。私はそれをずっと、見守ってるから」



亮平は脱ぎ飛ばした靴を履いて紐を結びなおす。

「なぁどうする?どっかいくか?」

「………」

「なぁ――― 」


翠が座っていた空のブランコが小さく揺れていた。

翠…?

うそ…、だろ。そんなこんな急に…?

「うそだろオイ」

亮平は走り出した。どこにいるかも分からない。もうこの世にいるのかも分からない。翠を探した。

「翠……どこだよ……出てきてくれよ」

周りを見渡してもどこにもいない。

「オレ……、まだ……、やだよ。オレお前と生きていたいんだよ。好きなんだ……。生きてたって死んでたって会えないからって、オレの好きな人をお前が勝手に決めんじゃねえよ。オレはお前のこと……、好きだ……」

「………!」

翠の気配がした。懐かしい空気が亮平を包んだ。

「まだ……いんのか?」

亮平の問いに対しての返事は何もない。

「いるんなら出てこいよ、オレにだけ好きって言わせてんじゃねぇよ、……キスさせてんじゃねぇよ。オレもお前と一緒だった。お前と生きたかった。死ぬまでずっと」


ドンッッと前から衝撃がきた。でも痛くはなかった。優しくて、温かくて、安心できた。そんな感覚。懐かしい。あの翠が迷子になった日、受け止めた、自分よりも小さな体。同じだった。

「あぁ……ここにいたのか」

(亮平はいつも私を見つけてくれるね)

声が届いてきた。

(ずっと私も言いたかった、ありがとう、好きだよ。じゃあもう行くね)

腕の中のぬくもりが空にむかって消えていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。