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共感呪術  作者: 六神
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序章

私にとってはとても懐かしいお話です。

 96年の秋、文化祭に出品する為に執筆しました。

 書く作業に関しては、大した苦労もしなかったような…まぁ、それ以外の色々が強烈すぎて忘れているだけかも?


 まずページ数。

 当時は原稿用紙300枚強だったように記憶しております。なのでB5本で100P程になり、一冊の本にするにはホッチキスが止まらず、締切りの直前、上下巻に分冊刊行を決断。(コピー本だったのです)


 それにより、表紙イラストも下巻用が急遽必要になったんです…締切り直前に。

 当時はイラストも自分で描く形態だったので、時間なくて慌てていて、本文もP数合わなくて無理矢理カットを入れて誤魔化したり。


 印刷日の前夜に序章書いてました…


 一番痛かったのが、締切りが二週間くらい早まった事ですね……

 あ、あと、文化祭が終わった後に、乱丁に気付きました。(ガビ)


 今回、掲載にあたり、本文のデータが全部消滅していた為、ほぼ書き直しという有様です。

 でも、同じ内容をそのまま書き写してもつまらないので、まぁ、色々いじっております。

 一番大きな変更は、このお話は、98年に、一度設定を変えて書き直しました。なので、今回は96年と98年を混ぜてみました。


 古いお話ですが、どうぞよしなに。




共 感 呪 術




彼の話を語ろうと思う


語る術を持ち得ずに苦しんだ彼の話を


一人では生きられなかった悲しい化け物の話を----





綴ろう……






序章





 そこは死体置き場の様相を呈していた。


 冷たい床のそこここに、絶命した者達が倒れている。


 男も女も関係なく、全身を切り裂かれ、己が流した血の海に沈み、見開かれた瞳には、底知れぬ恐怖と、生半ばで命を絶たれる事への困惑が深く刻まれていた。


 辺りには、胸の悪くなるほど血の匂いが立ちこめ、流された血は、床の上で即席の川を作っていた。


 静寂が闇となって落ちるその場に、ただ一点、灯りがともっていた。


 最奥に設えた壇上には、古めかしい祭壇があり、光はそこで揺れている。


 しかし燭台に火はなく、球状のそれは何もない空間にふわりと浮かぶ。


 光の中に影が立つ。それは生きている者だったが、その容姿は死体と同様の冷たさしか持ち合わせていない。


 影は男だった。


 淡い光の中では、白髪のように見える銀髪は、肩の下まで流れ、白皙の肌は陶器のようで、彼の非人間的なまでに整った容貌を際だたせている。


 色がないのかと思えるほど薄い水色の瞳は、今はどこか呆けたように焦点が合っていない。


 彼はその両腕に、人を---女を抱きかかえている。そしてその女性もまた、このホールに倒れている者達と同様、既に息絶えていた。男は他にも腕に、何かの固まりを掴んでいたが、血に覆われたそれは闇の中では判別はつかない。


 永劫に続くかと思われた沈黙の中、不意に彼は口を開く。


「……そうではない」


 男の声は穏やかで、凄惨な場では逆に浮いていた。


「フォトノ……俺は、殺してなどいない」


 ゆっくりと、だがあらん限りの力を込めて、彼は女を抱きしめる。血で汚れる事など気にもとめない。既に、彼が身につけている衣装もまた、赤黒く染まっていた。


 白と銀を基調にした神官服。僧帽は、ここにたどり着く前に、なくしてしまった。


「お前を……この手にかけるなど……」


 彼は腕をゆるめると、祭壇に顔を向ける。


 神殿……そう呼ばれていても、この建物自体、もう何十年も……いや、もしかすると百年単位かもしれない……長い間、人が立ち入った事はない。ここは最初から人が立ち入る事を想定して建てられたものではなかった。故に、窓はなく、出入り口は、彼が入ってきた正面の扉だけ。


 今、彼の眼前にある祭壇も、至って簡素なものだ。


 小さな台座の上に、神の姿を写したプレート。そしてその両側に小さな燭台があるだけ。


 だが彼が見ていたのは、その後ろ。祭壇の向こうに、石造りの柩が置かれている。人一人楽に横たわれる大きさがあり、表面は細かな文字や図案が彫り込まれていた。


 彼は祭壇の前に女を寝かせると、自分はもうひとつ抱えていた固まりを乱雑に掴み上げ、ふらりと頼りなく歩き出す。


 と、不意に足を止め、彼は振り返った。


 壇上から、ホールを睥睨する。


 ちらちらと揺らめく光球が影を作る。しかしその場に動く者はない。彼もまた、しばらくの間、微動だにせず、石造のように立ち尽くしていた。


 その茫洋とした表情から、なんの感情も見出せない。


 死者に対する哀悼の意も、逆に、蔑むような色もなく、死体の群れを視界に収めてはいたが、ただ風景の一部としか見ていない、いや瞳に写っていたとしても、それが何か既に理解していないのかもしれない。


 彼は長い沈黙のあと、口元を笑みの形に歪める。最初は喉を鳴らしているだけだったが、やがてそれは押さえきれなくなり、高笑に変わる。


 ホールには、聞く者のない笑声が反響し、ひび割れたそれは、彼の精神の荒廃ぶりを示しているかのようだった。


 狂ったように笑う彼は、視線を閉ざされている扉に向けた。


 たたそれだけの動作で、重い鉄の扉は勢いよく外側に向かって開く。


 扉の外側に立っていた者は、扉に弾かれ後ろに転がり、細い悲鳴が上がる。


 そこにいたのは若い娘だった。


 彼女は扉の前にある石段から転がり落ち、為す術なく地面に叩きつけられる。


 痛みにしばらくもだえていたが、やがて起きあがり、おずおずと内部に目を向ける。


「あ…………」


 折しも、月光が内部を皓々と照らし出していた。


 幾人もの人間が、折り重なるように倒れ、溢れる血流に沈む。


 彼女は小さく息を呑み、座り込んだ姿勢のまま後退る。大して寒くもないはずなのに、全身が震え、歯の根が合わず、かちかちと音を立てて止まらない。


 ---なに……?


 同じ神に仕える者達が、死体となって無造作に転がっている。


 そして奥の壇上では、笑声を上げる男が一人。


 彼女は、震える身体を押さえるように肩を抱く。


「……アネクシオス様」


 震える声は、遠く、自分のものでない気がした。


「この、惨状は……いえ、ここだけではありません。神殿すべてで、死んでいる者達は……。ここで、一体何が起こったのです」


 なんどもつっかえ、声が裏返りながらも彼女はようやくそれだけ言った。


 彼はもう、声を上げて笑ってはいない。


 その瞳は深く、静かで、口元には穏やかな微笑が浮かんでいる。


(どうして---そのような表情をなさるのです)


 不謹慎だと自覚しながらも、彼女は彼の姿に胸が高鳴るのを覚える。


 それと同時に、わき起こる不安。


 彼女の中には、ある種の確信があった。それは想像に易く、現実には最も考えたくないものだった。


(この方が、他者を殺める事などあり得ないっ!)


 しかし事実として、大量の人間が敷地内で死んでいる。そして眼前の男が、彼女が初めて出会った生者だった。


 だが彼は何も答えない。


 起こった事に対する説明も……弁解も。


 返事の代わりに何かを呟くと、片手を水平に動かす。


 途端に周囲にあった死体が炎に包まれ、彼女は思わず手で顔を覆う。


「これは---魔導?」


 神官の彼が使えるはずのない---否、使ってはならない魔導呪文。


 更に彼女は混乱するが、それでも何とか立ち上がると意を決して前に進む。


(わからない---でも、たとえそうだとしても……)


 何か、訳があるはず。


 その理由は、想像だが、恐らくこの封印された神殿に関係するはずだ。


 長らく神殿に籍を置く彼女も、噂だけでしか知らないその伝説。


 彼が立つ、石棺にまつわる逸話。


「アネクシオス様。それは……その柩には、滅びが封じ込められていると聞き及んでおります。たとえ、あなた様であっても……触れる事は赦されざる行為でございます」


 炎の照り返しを受け、彼の全身は橙色に染め上げられる。そして彼の持っていた固まりも、その全容を露わにする。


 それは、人の頭部だった。


 男と同じ、銀色の髪を持っている。


 彼はこちら側に背を向けると、頭部を石棺に投げつけた。そこからまた血が流れ、石棺に赤い筋を作る。


 彼が何か喋っているようだが、遠すぎて彼女には聞こえない。


 やがて炎は沈静化を始め、それとは逆に、彼はまた笑声を上げる。


 彼女は不意に駆け出した。


 残った炎が服を焼き、肌を傷つける。


 それでも、走らずにはいられなかった。


 背を向けている彼が、今にも消えてしまいそうで。


「待って、待って下さい!」


(あなたに、伝えたい事があるのです)


「私、あなたを----」


 今、伝えなければならない。


 石棺から光が溢れる。


 そして彼女の手が彼の背に届く寸前で、周囲はまばゆい光に包まれた。


 遠い笑声と、光の渦の中で、彼女は思った。「消えるのは私だった」と。

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