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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

歪んだ四角形

作者: 澤田一

 兄さんと私はいつも一緒だった。


 お父さんは私が8つのときにいなくなり、それからほどなくして、小さなレンガ造りの家を遺し母はこの世を去った。それは、身寄りのない私たちに、母が唯一遺したものだった。


 当時まだ歳がやっと2ケタになったばかりだった兄さんは、私を護るため懸命に働いた。

 そんな兄さんを支えるために、私は、できる限りのことを精一杯にやった。


 毎日遺された家の床を毎日丁寧に磨いたり、町の工場で大人に交じって働いて煤だらけになって帰ってくる兄さんを、毎晩あたたかいスープを作って待ったりした。


 そんな貧しいながらも温かく、しあわせな時間を私たちは過ごしていた。


 それから8年ほど経った。私たちは心身共に成長し、町の人たちからは、働き者で仲の良い兄妹として知られるようになっていた。


 兄さんは心の優しい青年で、誰にでも親切だったので町の人たちから好かれていた。


 私は少々引っ込み思案でおとなしい性格だったせいか、町の人たちからよく気に掛けられていた。


 町の人たちはみんな陽気で明るく、身寄りのない私たちにとても優しくしてくれた。


 このちいさな町で暮らす一日一日が、私にとってかけがえのないしあわせな思い出となった。少なくとも私は、この町でのしあわせな日々をずっとずっと送ると信じきっていた。


 ある冬の雪の降り積もるころ、町にある噂が流れた。その内容は、『町の不良少年たちが、都市のギャングのような連中と付き合っている』というものだった。


 実際、それは真実だった。それが明らかになるのには、そう時間はかからなかった。

 何故か。それは――――――――


 私がそいつらによって殺されたからだ。


 それに至るまでのいきさつは簡単だった。おとなしそうな私に不良少年たちが目をつけ、危うい状況だったところを、偶然通りかかった兄さんが助けてくれた。


 しかし、その報復として私はギャングに連れ去られ、――――ぐちゃぐちゃにされた。

 そしてそのあと私は文字通りグチャグチャに、誰だか判別がつかない肉塊になった。

 ぐちゃぐちゃに、グチャグチャになった私は、麻袋につめられて兄さんの元に届けられた。


 届いた血が染み出ている麻袋に、兄さんはしばらく動揺していた。

 しかし、添付されていた私がぐちゃぐちゃにされるまで、グチャグチャにされるまでの一部始終を写した写真に気づくと、兄さんはその中身が私だと理解した。

 そして、兄さんは今まで私が聞いたことのないくらい大きな声で泣いた。


 私はすぐに埋葬された。町の人たちは、みんな私のために泣いてくれて、悲しんでくれた。

(死体の)私が最後に見たものは、涙を枯らし、疲れ果てた兄さんの顔だった。


 不良少年たちは、その後ゆくえをくらました。そのままギャングに仲間入りしたのかもしれないし、証拠隠滅のために殺されたのかもしれない。しかし私にとってそれはどうでもいいことだった。そいつらが憎くないわけではないが、そのうちわかることだし、それよりも気にかかることがあった。


 兄さんのことだ。

 兄さんはどういったわけか、添付されていたあの写真を、町の人たちはおろか警察にも見せずに焼いてしまった。もしかするとギャングたちを捕まえる最重要な証拠になったのかもしれなかったのにだ。あの酷い写真を誰にも見せたくなかったからかもしれないが、それでもおかしい。


 おかしい点はもうひとつあった。

 兄さんは私が死んでから、さらに優しく、親切になった。私が生きているとき以上に。


 あるときは、暴走した馬に踏まれそうになった少年を命懸けで救った。


 またあるときは病魔に侵された町のおばあさんのために都市まで薬を買いに行った。


 その姿はまるで、自分の命を削り捨てているようだった。


 そしてさらに兄さんはあの不良少年たちの親に謝りまでにいった。不良少年たちの親は、ある程度の事情を知っていたので、謝りにきたこと驚いていた。親たちはみんな『なぜ謝るのか、謝るのはこっちの方だ。本当に申し訳ない』などと、しきりに謝罪していた。なかには泣きながら手を地べたにつけ、這いつくばるような格好で謝る人もいた。


 もちろん悪いのは少年たちであって、彼ら親たちを私は恨んではいない。兄さんもきっとそうだろう。しかし兄さんは、あんなことが起きたのは自分のせいだといって聞かなかった。


 ある日、兄さんはこの町から姿を消した。

 それ以降兄さんが町に戻ってくることもなかった。


 私はそれから《窓》を覗くのをやめて、目を閉じた。そして目を開いた。また目を閉じた。そしてまた目を開いた。今、私が見ているのは、ただただ真っ白な風景だ。


 ―――――――この目が映すのはもう《窓》と、あとは白い世界だけだ。

















         ☓☓☓☓


 ――――――妹の話をしよう。

 僕には妹がいたんだ。

 え? 知ってるって? まぁいいじゃないか。

 妹のことアンタだって知りたいだろう?

 妹はかわいかったよ。何より甲斐甲斐しかった。

 僕が働いていて家にいない間、家事は全部妹がやってくれてた。働き者だったなぁ。

 僕が熱を出したときも必死に看病してくれてさぁ。

 うつるって言ったのに聞かなくてね。終いには仲良く二人で寝込んだよ。

 それから―――――――


         ☓☓☓☓

 

 《窓》というのは、あちらの世界の様子をこちらに映す、鏡のような物のことだ。

 《窓》はこの世界の住人に、一人ひとつずつ渡される。

 死後の世界、天国と地獄のようなものは、本当にあったのだ。

 

         ☓☓☓☓


 ―――――――なんてこともあってさ。

 あのときは笑ったなぁ。

 あの町はしばらくはその話題で持ちきりだったよ。

 妹もめずらしく大きな声で笑ってたなぁ


 楽しかったよ。

 少なくとも僕はずっとこんな日々が続くと思ってた。

 ん? 母さん?

 死んだよ? 知ってるだろ?

 ―――――あぁ、何故か、ってことね。

 それはね――――――――







 ―――――――――『殺された』のさ。



         ☓☓☓☓


 《窓》が天国と地獄のどちらにあるかは今この場であえて言わなくてもいいだろう。


 この《窓》という道具だが、どこでも好きな場所を見れるというわけではない。無論、制限はある。

 《窓》が映すのは生前の記憶にある場所に限られる。

 したがって、自分の町から出たことのない私には、出て行ってしまった兄さんを《窓》で探すことはできないのだ。


 町のみんなには悪いが、兄さんが見れないのであれば、私は《窓》を見ることに、あまり意味を見いだせない。

 

         ☓☓☓☓

 

 ―――――――――ナイフでありとあらゆる所をめった刺し。

 傷はあまり深くなかったらしいけど、太い血管が切れてたみたいでね。

 犯人は結局見つからなかったよ。警察隊の話じゃ犯人は多分、強姦目当ての貧弱猟奇野郎だと。

 母さんは当時けっこう弱っててね。それに付け込んだ流れ者がやったんじゃないか、って。全くどこから嗅ぎ付けてきたんだか。弱っている女性をあまり深くさせなかったなんて相当貧弱だよ。


 ……うん、気持ちの整理はついてる。だからこんな軽口たたけるんだよ。正直母さんがどんな人だったかもあまり覚えてないしね。


 …………話がずれた。妹だったね。

 そういえばこんなこともあったな――――――――


         ☓☓☓☓


 ――――――そういえば、あの少年達はどうなったのだろうか。

 こちらに来ていないということは、まだ生きているか、もう片方に行ったのか、のどちらかだろう。

 なんにせよこちらには来てほしくない……


         ☓☓☓☓


 ―――――可笑しいだろ?そうだよね、笑い話だ。


 ああ、可笑しい。

 絶対におかしい。あんなに可笑しいあの子がなんで殺されなきゃならないんだよ。

 ……おかしいだろ。

 ……なんだよその顔。もしかして今知ったのか?


 ……おかしいよ。僕はアンタが大嫌いだ。ずっと恨んできたはずだった。

 なのに、アンタと話してると自然と心が安らぐ……

 妹といたときの自分に戻ってるんだ……

 僕がこの憎しみをぶつけていいのはアンタしかいないんだよ……

 だからお願いだ―――――――








 ―――――――父さん……


         ☓☓☓☓


 ――――――――兄さんは今何をしているのだろう。


 あの時、私が最後に《窓》でみた兄さんは明らかにおかしかった。

 私は、兄さんには生きていてほしい。

 死んでここに来てしまうことだけは絶対に嫌だ。


 それだけは、嫌だ………………


         ☓☓☓☓


 数分前まで、親子ほどに年の離れた男二人がいた小さな部屋には、もう誰もいなかった。


 あるのは火の灯っている蝋燭が置かれている一つの長テーブルと、それを挟むようにして置かれた二つの椅子。


 椅子にはそれぞれ、縄で縛られシャツの胸のあたりを赤く染めた死体と、疲れて眠っているように死んでいる死体が座っている。

 

 薄明るい炎が、身を削り、消滅に向かっている。



















         ☓☓☓☓


 目を開くと、僕は白い空間に立っていた。

 何が何だかわからないので記憶の整理をする――――


 ―――――そうだ、僕は死んだ。


 死にもの狂いで見つけ出した父を殺して、生きる意味が消えたから自分も殺した。


 あの時僕ら三人を置いてあの小さなレンガ造りの家を出た父さんを殺した。


 妹を守れなかったことを、父さんのせいにした自分を殺した。

 

 さっきまで暗い空間にいたので、明るさになかなか慣れない。

 僕は溜め息をついた。


 それにしても、白い。




 白い空間をじっと見つめた。

 すると、

 




 白い空間に、人影が一つ立っている。

 見間違うはずがない。

 

 妹だ。




 一番夢見ていたことが現実になった。




         ☓☓☓☓


 白い空間に、人影が一つ立っている。

 見間違うはずがない。

 

 兄さんだ。




 一番恐れていたことが現実になった。


         ☓☓☓☓


 僕は一歩ずつ踏みしめるように妹のもとへ歩いた。


 思えばいろんなことがあった。


         ☓☓☓☓


 兄さんがこっちに来る。

 どうして? なんで?


 ここは、








 地獄だ。


         ☓☓☓☓


 妹が殺されたあと、僕は町の人たちにできる限りの恩返しをした。


 そのあとは都市に行ってあのギャングたちを一人残らず檻にぶちこんだ。あの写真はつかわず、自らの頭と体で。

 あいつらは今頃思い罰を受けているだろう。


 そしてそのときに作った情報網から父さんを見つけた。


 そういえば一つ気にかかることがある。


 父さんは最期に小さく「あぁ」と言った。


 僕にはそれが何故か返事に聞こえた。




 妹にかなり近づいた。

 もう少しで表情が見える。


         ☓☓☓☓


 ここは、地獄だ。


 つまり、生前に悪いことをした者が自らの罪を浄化する場所だ。

 しかし、罪といっても、盗みや傷害などではここには来ない。


 ここへ来るための条件は、


         ☓☓☓☓


 すると、妹は苦しそうな、悲しそうな顔をしていた。


         ☓☓☓☓


 ここへ来るための条件は、










 人殺しだ。



 なんで兄さんは? 誰を?

 そんな疑問が頭を駆け巡る。 

 

 そして、私が殺した相手の顔が思い浮かぶ。


         ☓☓☓☓


 僕は慌てて妹のもとへ向かった。

 妹は泣き崩れていた。


         ☓☓☓☓


 私の頭に浮かんできたのは、



 






 死ぬ数時間前の母の顔だった。





 兄さんは知らないが、母は、父さんが出て行ったとき、かなり追いつめられていていて、一家心中を計っていた。


 その時の狂気に満ちた母の顔は今でも脳裏に焼き付いている。

 私は自分と兄さんを守ることしか頭になかった。


 母が寝ているところを見計らって私は台所のナイフを手に持った。

 それからはあまり覚えていない。ただ夢中で証拠になるものを隠したことは覚えている。


 だから、殺された時も、あのときの報いだと思って受け入れた。


 《窓》は、自分の罪を悔い改めるための道具だ。


 自分の人生がまだ続いたなら、


 自分が殺した人の人生がまだ続いたなら、


 そう考えると、胸がきつく締め上げられる。





         ☓☓☓☓

 

 ―――――――それから僕は、妹からすべてを聞いた。

 僕も妹にすべてを話した。


 僕はずっと一緒にいながら妹の苦しみに気付けなかった自分に怒りがこみあげてきた。

 でも、ここは天国と地獄でいうところの地獄だ。

 悔いる時間はたっぷりある。

 まずは《窓》であの町を―――――――――――








         ☓☓☓☓


 一つわかったことがある。


 僕らはみんなどこかで歪んでしまってた。



 死を受け入れた父さんも、


 みんな殺そうと思った母さんも、


 母さんを殺した妹も、


 父さんと僕を殺した僕も。

 



 ――――――そしてこの白い空間でぼくたちは、

 

 

 読んでくださりありがとうございました!

※ラストは入力ミスではなく、表現です。

※初投稿です。厳しい意見、あたたかいお言葉、なんでもお待ちしております。

 実はテスト期間なのですが、書き始めたらもう朝に…………

 そんな状態ですが、書いたことに悔いはありません!

 受験もあるので次はいつになるかわかりませんが、がんばります!

 

 最後にもう一度、ありがとうございました。

 

 

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