記録① 【旧総合病院】Ⅱ
男は駆けていた。
所々、アスファルトが剥がれ土が露出した道路を。
先程から近付いてくる銃声と、火薬と血の匂い。
正確にいえば、近付いているのは彼のほうなのだが……。
男が走っているのは趣味や自らの意思ではなく、仕事だからだった。
ここで勘違いされやすいのは、その職業についてだ。
常に戦場を駆け巡っていることからか、戦場ジャーナリストや、カメラマン、なんてものが候補にあがる。
しかし、彼にはカメラもなければ、文才もない。
それに走っているのは他に移動手段がないからである。
一世紀以上前にあったらしいとされる【ハシリ屋】なぞと呼ぶものもいた。
だが、間違われる度に彼は訂正する。
オレは傭兵だ、と。
鉄製の巨大ゲートの前に一つの人影。
ホフマンは誰もいなくなったCー1ゲートを見据えていた。
「もうじきだ、もうじき......」
先ほどから何かがゲート叩く音がホフマンには聞こえていた。 それも徐々に強く...
彼は部下たちを病院前のCー5地区に後退させた後、宣告のとおり、一人残った。
セットした爆弾は起爆式であった。
ホフマンは部下たちに、確実に起爆させるためにここに残る、と告げた。
すると、部下たちは、一つでも多くの対象を葬れるよう、確実なタイミングを図るため、と思った。
しかし、実は違った。 ホフマンは【離れなかった】ではない、【離れられなかった】のだ。
ホフマンの用意した起爆爆弾は確かに威力はあった。
しかし、起爆に当たっての欠点が存在した。 それがほかでもない、起爆信号の受信距離だった。
確かに、発展した科学を使えば、数十キロ先からでも起爆ボタンを押せば、爆破は可能であったであろう。
だが、それも過去の話。
その発展した科学が敵となりつつある、現在ではそれすら難しかった。
仮に、今そんなことをしたならば、すぐに広範囲に張り巡らされたジャミング電波でダメにされてしまう。 最悪の場合は、信号を逆探知され、潜伏場所が敵にバレてしまうのである。
だから、彼の爆弾の有効距離は半径五〇メートルとしていた。
ホフマンの掌は汗で濡れていた。 いくら拭っても、きりがないので、そのうちホフマンは拭うのをやめていた。
戦場では常に死はつきまとう、それは自分であったり、相手であったり、味方かそれとも敵かもしれない。
それはあくまで、『死ぬかもしれない』という話だ。
彼は思ったいくら戦場に慣れた百戦錬磨の軍人であっても、ピンと来ないであろう。
【死ぬ】為に戦場にいるということに……。
ホムマンは視線を右手に握った物に視線を落とした。
そこには、小型で黒い四角状の端末だった 。
中央には赤くて円形状のプラスチック部品が鎮座していた。
ガァンッ!
今までとは違う音がゲートから聞こえた。
ガァンッ!!
変形したゲートへ視線を戻すホムマンは右手の指を赤い起爆ボタンに添えた。
ガァンッ!!!
ホムマンの背中には嫌な汗が噴き上げていた。
ガァァッンッ!!!!
遂にゲートが突き破られた。倒れていく鉄製の扉と同時にホムマンも考えていた。
自分が死んだあとの部下たちはもっと辛い目に会うだろうと、そう思った……。
そして、彼は誰かと言わず、赦しを乞いていた。
(……すまない)
次の瞬間、雪崩れ込んでくる敵を確認する前にホムマンはゆっくり目を閉じ、起爆ボタンを押した。
その時、何故か彼の耳には、獣の咆哮や何かの駆動音が届いた気がした……。