EP27:カッツェンプペ、事故の原因
もう一度、モースハム嬢の舞踏会の手帖を手に取り、ペラペラとめくりながらフランツが
「もしマリアンヌが生きてて、17歳になって社交界デビューを果たした日にゃ、男どもが放っておかなかっただろうな。
8歳のチビだったのに、こまっしゃくれて、生意気で、何とも言えない魅力があった。
僕に猫の図鑑を見せてくれながら
『フランツ兄さまは何も知らないのねっ!?
この猫はペルシャ猫というのよ!
ペルジェン(イランのこと)で作られたからよ!』
というので、僕がからかって
『猫を作ったって?!誰がどうやって作ったの?』
と聞くと、可愛いらしく首を傾げ、エメラルドグリーンの瞳を真ん丸にして
『さぁ・・・・?神さまがおつくりになったんでしょ?それ以外に方法があるの?』
なんて聞くから、ぷっくりした頬っぺたをつまんで
『マリアンヌが仔猫なら、間違いなく僕が溺愛して育てるよ!一日中手元に置いて面倒を見てやるから!』
というと、恥ずかしそうに顔を赤らめ
『ごちそうばっかりあげちゃだめよ!太ってしまうから!』
なんて、今思い出しても抱きつぶしてしまいたくなるほど可愛らしい少女だった。」
レオポルトはムッとしたように、刺し殺しそうな勢いでフランツを睨みつけ
「たとえ年頃まで生きてたとしても、断じてマリアンヌを君の恋人にはさせないっ!」
と言ったあと、真剣に怒ったことに自嘲的に唇をゆがめて笑い
「バカだな・・・・僕たちは。こんな、どうしようもない話、するんじゃなかった。」
二度と手に入らない貴重な宝物を思い出し、切望するような空虚な寂しさが、二人の間に漂った。
フランツが寂しさを振り切るように、凛とした声で
「もう一度、事故のことをマリアンヌの侍女に聞くわけにはいかないかな?
事故の直後には気づかなかった見逃してることがあるかもしれない!」
レオポルトは後ろで手を組み、部屋の中を歩きまわり始めた。
「たまたま切妻が落下して下敷きになった事故という他に何があるというんだ?」
フランツが
「偶然下に人がいる、なんて天文学的確率じゃないか?
本当は誰かが仕組んだことかもしれない!」
レオポルトは立ち止まり
「ふむ。じゃ、侍女を呼び出して話を聞いてみよう。」
フランツは
「ザルツブルクから?
君の実家はザルツブルクだろ?」
レオポルトはテキパキとモースハム嬢の衣装掛けに近づき、トップハットと杖を取り上げ、帰り支度を整え
「いや。
フィニは今、ウィーンの僕の部屋で、僕の世話をしてくれてる。
主に洗濯や食事の支度や掃除だ。」
フランツは目を丸くして
「つまり・・・・夜の世話もってこと?」
レオポルトがギロッと怖い顔で睨みつけ
「君とは違って女性なら誰でもいいワケじゃないっ!」
ということで、二人はウィーンの旧市街にあるレオポルトの高級賃貸集合住宅へ帰ることになった。
レオポルトの部屋で、三階の使用人部屋から呼びだした侍女フィニをソファに座らせ、フランツが質問することにした。
重厚な赤褐色のマホガニー製の、優美な曲線を描く猫脚の、艶めくテーブルを挟んで、湿った光沢のある深緑色のベルベッド張りのソファに浅く腰掛けたフィニが、居心地悪そうにモジモジしながら俯いて、フランツと目を合わせないようにしていた。
レオポルトは部屋をウロウロと歩き回った。
フランツは指を組み合わせた両腕を膝にのせて、前のめりになった。
膝の上でハンカチをいじるフィニをジッと見つめ
「君はマリアンヌ付きの侍女だった。
マリアンヌの事故が起きた時も一緒にいたんだね?
経緯をもう一度詳しく教えてくれないか?」
フィニは今にも泣き出しそうなぐらい眉を八の字にして、口角を下げ
「はい。
あ、あの日は、一緒に買い物に出かけていました。
お嬢様はいつも衝動的に走り出されてしまうことがありました。
あの日もそうです。
突然走り出したと思ったら、角を曲がりあっという間に姿が見えなくなったのです。
私も慌ててお嬢様の後を追いました。
ガラガラガラッ!というような大きな音が聞こえました。
角を曲がって少しいったところの、あの、賃貸集合住宅で、壊れた、瓦礫のようなものが山になってるのが見えました。
瓦礫の山の隙間から、小さな靴が、お嬢様の靴とその先に脚が見えた時には、ぞっとしました。
急いで瓦礫を上からひとつずつどかして、お嬢さまを抱えると、眼はうつろで、頭から血を流して・・・・・どうしていいのかわからなくて・・・・・うっ・・・うっ・・・・」
事故の場面を思い出したのか涙を流しながら嗚咽する。
レオポルトが歩みを止め
「何か怪しいものは落ちてなかったか?
マリアンヌの側に?」
フィニは泣きはらした真っ赤な目をレオポルトに向け、嗚咽でつっかえつっかえしながら
「・・っうっ・・・・たっ、たしかっ・・・っうっ・・・・ね、猫っのっ・・・・っ・・・ぬいぐるみがっ・・っうっ・・・」
フランツが鋭い声で
「マリアンヌの持ち物ではない猫のぬいぐるみがあったんだね?瓦礫の中に?」
フィニはウンと頷いた。
レオポルトは再び部屋の中を歩き始め
「猫・・・・・それ以前に、猫について、マリアンヌが誰か怪しいやつと会話したことはあったか?」
フィニは思い出したようにハッ!と目を見開き、一度大きくしゃくりあげたかと思うと、深呼吸し、落ち着いた声で
「そういえば、事故の一か月ほど前?でしょうか、坊ちゃまのような、上品な身なりの三十代前半ぐらいの男性が、お嬢様に声をかけました。
眉間に特徴的なホクロがあったので覚えてます。
お嬢様がザルツブルクからウィーンに遊びに来たばかりのころです。
あの路は午後の買い物へ行く途中に通る路ですから、お嬢様は毎日と言っていいほどお通りになります。
その男性が、不意にお嬢様に近づくので、私は警戒してお嬢様の手を握りました。
すると男性が、しゃがみこんでお嬢様と目線を合わせ
『猫は好き?』
と聞くのです。
お嬢様が頷いて
『うん。好きよ。』
と答えると、その男はほほ笑みを浮かべ
『じゃ、仔猫を買ってあげるよ!
高級な猫の。
お兄さんとこれから一緒に仔猫を買いに行こう!』
というので、慌てて男から遠ざけようとお嬢様の手を引っ張りました。
お嬢様はその男にきっぱりと
『いらない!知らない人から買ってもらった仔猫なんて可愛くないわ!』
断ると、男は頬を引きつらせた笑みを浮かべたまま立ち上がり、
『そう。じゃ、別の贈り物を買ってきてあげるね。』
というと、お嬢様は首を横に振り
『いらない!知らない人から贈り物をもらっても嬉しくないわ!』
と叫ぶと、男を拒絶するように背を向けて、ギュッと私に抱き着きました。
私が男に向かってきっぱりと
『しつこく付きまとうようなら国家憲兵に通報しますわ!』
と宣言すると、男は背を向けて立ち去りました。
猫と聞いて思い浮かぶのはそのことぐらいでしょうか。」
フランツが顎に指を添え、考え込むように
「幼女を狙う変質者か・・・・・。
そいつが落下危険性のある切妻の真下に猫のぬいぐるみを置き、マリアンヌを足止めして、切妻を落としたのか?
とすると『計画的な殺人』か?
それとも猫のぬいぐるみが偶然落ちてただけ?」
レオポルトはピタリと立ち止まり、
「もしその男がベッカーなら、懐かなかった腹いせに、マリアンヌを計画的に殺したのかもしれない。
ふんっ!
もし殺人犯だったとしても、父はベッカーを野放しにするつもりか?
だが会うには父を頼るしかないな。
直接会って、ベッカーを問い詰め、真相をつきとめよう。」
誰にともなく言い放った。
次回以降の6話は以前公開した作品です。
一度お読みくださった方は読み飛ばしていただいて大丈夫です!




