EP1:ヒンメルスボーテ、天国からの使者
レオポルトとフランツという、一見お気楽な青年たちには、『最愛の存在』喪失の過去があったというプロローグから始まります。
白い小さな棺には、美少女が眠っていた。
白いサテンで覆われた棺の内側はふかふかのベッドのようだった。
まるで昼寝でもしているかのように、白いレースで飾られたドレスの少女の、表情は穏やかだった。
ゆるくウェーブのかかった、絹糸のような柔らかい金髪の、焼き立ての白パンのようなふっくらした頬の、薔薇の花びらのような唇の美少女。
長い金色の睫毛が縁どる固く閉じた瞼の下の、愛らしい瞳の色を、寝顔を見つめた人々の多くは知ることができなかった。
黒いフロックコートの紳士たちや喪服姿の淑女たちが、葬儀の参列者の大部分を占めていた。
皆一様に、悲しみの表情を浮かべていたが、それはどこか他人事だった。
新聞で
『不運な事故に巻き込まれて通行人が死亡した』
という記事を読んだ時に感じる、痛ましい事故を気の毒に思うけれど、自分や家族ではなくてホッとしたというあの、悲痛と安堵が入り混じった感情だった。
その白い棺を運ぶ、純白の布をかけられた霊柩馬車が教会を出て墓地に到着した。
墓地の四角い敷地を取り囲むように納骨堂が立ち並び、回廊でつながっていた。
ほどなくして埋葬に立ち会う人々が、グリュンタール家の納骨堂に集まり、神父による祈りが捧げられた。
棺担ぎ人が台座にゆっくり棺を下ろすと、神父が棺の上に灰を少しかけた。
そして参列者に
「それでは皆さま、マリアンヌにお花を捧げてあげてください。」
一番に白ユリを棺の上に置いたのは、光沢のない黒のフロックコートと、喪用生地の長いリボンを巻き付けたトップハットを身に着けた父親だった。
黒い皮手袋の手で棺の上に、白いユリの花を、無駄のない動作で投げるように置いた。
その腕に縋り付いてむせび泣く、長い喪用ベールで顔全体を覆った母親は、白ユリを握ったまま泣きじゃくり、手放すことができなかった。
続いて、少女の兄である青年・レオポルトが
「塵は塵に、灰は灰に」
と口の中でブツブツと、周囲には聞こえない声で呟きながら、白ユリを白い棺の上に、丁寧にそっと置いた。
次々と参列者が白ユリを置き、最後に残ったのは、泣き続ける母親と、レオポルトの友人・フランツだった。
漆黒といえるほど真っ黒な髪と真っ黒な瞳をし、喪服であるが、黒のサックコートやボーラーハットという装いは、古めかしい貴族が身に着けるフロックコートやトップハットの重苦しさから逃れ出た、自由な軽やかさがあった。
フランツは棺の前に進み出て、白ユリを置こうと手を伸ばした。
しかし、手の動きがピタリと止まり、白い棺を見つめたまま、硬直したように動かなくなった。
最初はさざ波のようだった参列者の話声が大きくなると、しばらく黙っていた神父が、フランツに
「さぁ、名残惜しいですが、マリアンヌも旅立たねばなりません。」
促されたフランツが、やっと白ユリを握った手を開くと、ポトンと棺の上に落ちた。
「うっ・・・うっ・・・・」
母親が白ユリを握りしめたまま父親の肩に顔を押し付け泣き続け、それを見た神父は白ユリが母親の手から旅立つのを諦め、厳粛な顔つきで納骨堂の扉を閉め鉄格子に施錠した。
葬儀が終わり、参列者が墓地から立ち去るのを、ぼんやりと突っ立ったまま見るともなく眺めてるレオポルトにフランツが近づいた。
「落下した切妻(*1)は、木枠に漆喰を塗って人工石を張り付けただけの、粗悪な作りだったから、自重に耐えきれず根元から折れたらしいね。
手抜き工事だよ!きっと!建築費用を浮かせて着服したんだろう!なんてやつらだ!
二階の窓の高さから落ちれば、大人だって命の危険があるのに!
ましてや8歳の少女なんて・・・・痛かっただろうね。」
レオポルトは話を聞いているのかいないのか、返事もなく、
『Maria Anna von Grünthal』
と新しく深く、くっきりと刻まれた家族の墓石をぼんやりと見ていた。
フランツがボソッと
「おばさまもお気の毒だね。
現実を受け入れられないようだった。」
レオポルトは口をつぐんだまま何も応えない。
フランツが続けて
「レオポルト、僕は誓うよ。
マリアンヌの敵を討つことを。
手抜き工事だというなら責任者を罰してやる。
マリアンヌを殺した犯人を必ず見つけだして、捕まえて、復讐する。」
「・・・・・・・」
「君がやらなくても、僕ひとりでも、必ず犯人を捕まえて、相応の罰を与えてやる!」
静かな怒りをたぎらせた声で、フランツがきっぱりと言い放った。
レオポルトは視線をさまよわせ、焦点の合わない目つきでフランツの後方の空間を見た。
弱々しい、か細い声で
「妹は・・・・マリアンヌは聖人だったんだ。
本物の聖女だったんだ。」
フランツが共感したようにうなずきながら、
「ああ。そうだね。だから神に召されたんだ。
あんなに可愛い子だったもの!
神は穢れの無い、清らかで無垢で純粋な魂を所望するんだろう。
人々の罪をあがなう生贄としてささげられた『神の子羊』のように!」
あからさまな慰めに、レオポルトは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
まるで同情という煩わしい虫を振り払うかのように、首を横に振り
「違う。
そういう意味じゃない。
知ってるかい?
マリアンヌの上に落ちた切妻に彫刻されてたモチーフを?
『ふたりの天使』だ。
彼らは聖人を迎えに来た、天国からの使者・ヒンメルスボーテだ。」
抑揚のない声で、自分に言い聞かせるように呟いた。
(*1:西洋建築における切妻屋根の、妻側屋根下部と水平材に囲まれた三角形の部分である。切り妻の壁面のこと。)
次回以降の6話は以前公開した作品です。
一度お読みくださった方は読み飛ばしていただいて大丈夫です!




