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『私がいないと回らない』と思い込んだ令嬢は、普通に断罪されました

作者:
掲載日:2026/05/04

 慌てた部下が報告したことに、王宮財務局長モーリス・コインズワースは驚きを隠せなかった。そして溜息を吐きたいのを懸命に堪え、額を押さえつつ命ずる。


「道路、関所、港湾、河川航路、王都から外へ出るあらゆる経路を全て封鎖しろ」

「し、しかし、それは」

「構わん」


 即断だった。

「国家運営に支障が出るなど知ったことか。そもそもレグナート王太子にも責任の一端がある。それも含めて陛下へ報告をしておけ」


 その目は完全に冷え切り、どこまでも鋭い。


「オクタヴィア嬢を国外へ出すな。見つけ次第丁寧に『傷一つ付けず』に連れ戻せ」

「……承知いたしました」


 絶対の命令に部下が神妙に頷き、部屋を慌ただしく後にした。


「全く……面倒な事態になったものだ……」


 その一言は、執務室に重く落ちていった。



 オクタヴィア・レジャー伯爵令嬢。


 幼い頃に数字に興味を持ち、貴族学園に入学してからはその才覚を磨くべく経理科を選択。黙々と数字に向き合いつつ、社交や礼法も疎かにすることなく完璧に学んだ彼女は、学園始まって以来の才淑の令嬢として名を馳せた。


 伯爵令嬢という立場にありながら、その地位に甘んじることなく、得た能力を役立てるべく王宮財務局へと就職した。

 その真摯な能力は高く評価され、僅か数年で王太子直属の特別会計監査官として、国家予算の一部を管理するまでになった……が。



 翌日。

 監査室のドアを、モーリスは少々強めにノックした。

 返事をする間も与えず、ドアを開ける。


 中にいたオクタヴィアは、目を見開きつつも椅子から立ち上がろうとした。

 が、モーリスはそれを手で制し、向かい側の椅子へと座る。出入口に衛兵が2人控え、壁際の席に記録官が座ったのを確認し、モーリスは口を開いた。


「さて、君がここにいる理由については見当がついている筈だが」

「見当は付いておりますが、納得はいきませんわ」


 オクタヴィアは背筋を真っすぐに伸ばし、そう答えた。その瞳はどこまでも迷いはない。

 モーリスの目が自然と狭められた。


「報告は受けている。レグナート王太子が君に告げたことも」


 その言葉に、ぴく、とオクタヴィアの眉が僅かに上がる。


「こう言われたそうだな」


『お前の代わりなど幾らでもいる。引継ぎなど必要ないくらいにな』


「周りにいた者の証言によれば、予算の使い方に対して口論になった末の発言と聞いている」

「その通りです」


 静かに肯定したオクタヴィア。モーリスは少々額を指で押さえながら、尋ねた。


「この発言を何故『退職を促すもの』と解釈した経緯について、具体的に説明を求めたいのだが」


 それにオクタヴィアはあくまでも冷静な表情と声を保ったまま、答える。


「恐れながら、殿下のお言葉は『わたくしが不要である』とのお考えを示したものと感じられました」


 モーリスの眉が僅かに顰められた。


「そう感じられたとしても、何故そのような結論に至ったのかの疑問は残る。加えて、如何なる解釈であれ、何故正式な手続きを踏まず、引継ぎも行わなかったのか、その理由を説明してもらえるだろうか」


 瞬間、オクタヴィアの表情が強張ったのが分かった。だが、容赦するつもりはない。


「まず大前提として、殿下に人事の最終決定権は付与されていない。例外はあるが、それは重大な失態があった等限定的な場合に限られる」


 そもそも王太子といえど軽々しく人事に口を出して、片っ端にクビにしたらあっという間に宮廷内の業務が立ちいかなくなる。


「そして君がすべきことは、上司である私への『相談』だった。常日頃から『報告・連絡・相談』は欠かさぬようにする、これは王宮のみならず、働く全ての人に当てはまること。それを怠った挙句、退職届だけを机上に残して後は知らぬとばかりに帰宅し、国外逃亡を企てるとは……」


 部下と衛兵たちが伯爵邸へ着いた時、オクタヴィアは旅行用らしき大きな鞄を持って馬車へ乗り込むところだったという。止める声を無視して素知らぬ顔でそのまま乗り込もうとしたところを、拘束に近い形で寸前で止めることができた、という旨が書かれた報告書を、とん、とん、と叩いてやる。


「仕事に不満があったのかね? 前回の面談では『順調に仕事をこなしている』という報告をしていたではないか」

「不満はありません」

「だが君はあっさりと『退職』を選び、国外逃亡を企てた。これは動かしようのない事実だ」

「逃亡など……私は私の能力を正しく評価してくださるところに」

「それ以上は不敬だ。口を慎みたまえ」


 ぴしゃりと遮ると、オクタヴィアは王家を非難しているとようやく分かったのか、口を噤んだ。

 モーリスはそのまま言葉を続ける。


「君の持っていた荷物を確認したところ、帳簿の写しと引継ぎ書、そして題名は省略するが5冊の経理に関する資料が入っていた」


 とん、とん、と人差し指が報告書を叩く。


「帳簿の写しと引継ぎ書は言うまでもなく、王宮の資産だ。特に引継ぎ書が無ければ後任への引継ぎがスムーズに出来ない。それを分かっていて持ち出したのかね?」

「ですが引継ぎは必要ないと」

「それは殿下のお言葉だけに過ぎない、軽々しく捉えるな。君自身が、前任者の残したその引継ぎ書と情報、そして手順に支えられて今があるという事実を忘れたのかね? まさかとは思うが、わざと現場を混乱させて自分のありがたみを思い知らせようなどと浅はかなことを考えているのかね?」

「違います、わたくしはそのようことは考えておりません」


 オクタヴィアは震える声でそう否定したが、僅かに目が泳いだのをモーリスは見逃さなかった。

 そして。


「資料については私費で買ったものだから問題ない、と言いたいかもしれないが、領収書を出して申請すれば経費清算する旨は通達してあった筈だ。君はそれすらも怠ったのか」

「それは申し訳ありません。ですが、私費で買った以上、これは」


 言い返そうとしたオクタヴィアだが、モーリスはばっさりと斬り捨てる。


「その資料には国家予算に関する事項が、細かくメモ書きされていた」


 すう、と彼の目が冷たく狭められた。


「ここまで言って、君はまだ事の重大さが分からないのかね?」


 かつ、と爪が机を叩く音が響く。


「君のやったことは、職務として預かった記録を、己の支配下に移す『国家財産横領』、在任中に知り得た機密事項を許可なく持ち出した『機密記録不正持出』、任を解かれぬまま持ち場を離れ、王宮の業務に損害を与えた『職務放棄および背信』、財の流れを乱し得た情報を掌握、混乱を生じさせた疑いの『国家秩序攪乱未遂』にあたる重罪だ」


 ひ、とオクタヴィアの喉から引き攣った声が漏れた。その顔から、見る見る内に血の気が引く。


「そ、んな、わたくしはそのような……」

「つもりは無かったと? どのような心情があろうとなかろうと、もう取り返しは付かない」


 かつ、かつ、と爪の音が響いた。


「君が夜会で隣国のローラン・リヒテンフェルト公爵と幾度も接触していたことは調べがついている。恐らくリヒテンフェルト公爵家からアプローチを受け、殿下の御言葉を、これ幸いとばかりに利用したのではないか? それならば殿下と口論になったきっかけは、君が作ったのだろうな」


 核心を射抜いたのか、オクタヴィアは肩を僅かに震わせた。唇は震えて、言葉を紡ぎ出すことすら出来ない。


「その辺りは殿下に詳しくお話を伺うことですぐに明らかになるだろう」


 レグナート王太子も何らかの罰は与えられる。少なくとも次期国王の立場は揺らぐだろうが、それを今口に出してやる義理は無い。


「オクタヴィア・レジャー伯爵令嬢、王宮財務局長の名において宣言する。君の行いは財務局の秩序を乱すものとして、然るべき法廷において訴えを起こす」


 その宣言は、容赦なくオクタヴィアを貫いた。その瞳から涙がぼろぼろと零れる。


「そ、そんな、お待ちください、わたくしは!」

「連れていけ」


 衛兵がオクタヴィアの肩に手をかけ、強制的に椅子から立たせた。

 貴族令嬢らしからぬ顔で泣きわめく彼女を引きずるようにして連れていく。

 そうしてドアが閉められた瞬間、モーリスは、ふ、と小さく息を吐いた。


「そういえば、経理や執務を一人でこなしていた貴族令嬢を追放したことで、王宮や貴族家が立ちいかなくなって崩壊する、という物語が流行っているそうですね」


 記録官の何気ないその言葉に、モーリスは肩を竦める。


「そのような事が現実に起こる訳がないだろう。そもそも中枢を司る職務をたった一人に委ねるなど、あまりにも杜撰過ぎる」


 まさかオクタヴィア嬢もそれに感化されて……?


 あり得ない話ではないことに、モーリスは眉間をぐにぐにと揉み解した。


(終)

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