チェリーボーイ・オールドスタイル・ロイヤル
童貞と一口に言っても人様々。良く晴れた空の下、童貞大聖堂の中庭に集まった童貞たちを見て、詐欺師ナロウが思ったことを一口で言えば、そうなる。ノッポもいればチビもいた。デブも痩せっぽちもいる。驚くほどの美形もいれば、その逆もいた。共通しているのは皆、姿形に老いの影が忍び寄っていることだろう。それは当然だった。童貞大聖堂に祀られている淫母神は、お年を召した童貞が大好きなのだ。
夫は年を取った童貞に限る! という淫母神の頑なな信念に従い開催される婿取り祭り<チェリーボーイ・オールドスタイル・ロイヤル>に、童貞でないナロウが顔を出したのには、訳がある。女神の夫に選ばれた者たちは異世界に魔法使いとして生まれ変わるとされていた。悪行を重ねに重ねた結果、各方面から恨みを買いまくり世界に居場所がなくなった彼は、淫らな女神の力を借り別世界に高飛びしようと企んだのだった。
童貞大聖堂の入り口では、女神に忠実な信者たちが、中庭へ通すべき童貞たちの選抜を行う。年を取っていないと中に入れてもらえないので、ナロウは変装を施していた。綺麗に刈り揃えた白髭、ほうれい線は深く濃く、弛んだ皮膚とシミの化粧も完璧で、疑い深い信者たちの目を誤魔化せた。第一関門を通り抜けても安心するのは早い。年寄りらしい足取りで、ゆっくりと前に進む。浮かれてスキップでもしようものなら、外に出されてしまう。心の中で「俺は年寄りだ、もう若くないんだ」と何度も自分に言い聞かせる。
その甲斐はあった。実は若いのに年を取った振りをしていた者が何人も中庭から連れ出されていった。そのたびにナロウは冷や汗をかいた。淫母神を騙そうとした者は殺されると噂されていた。自分も同じ運命をたどるかもしれないと考えただけで全身が震えそうになったが、彼は耐えた。
やがて中庭に面した大聖堂のバルコニーに信者の代表が姿を見せた。その人物は「これから二次審査を開始する」と宣言した。どういう審査なのか、続けて説明する。
「これから淫母神様が淫らな心のビームで、あなた方の心を見通します。童貞でない者は、ここで排除されます」
体の一部に貼った護符の効果が試される時が来た、とナロウは体を強張らせた。その護符は汚れに汚れ切った罪人の心と体を清く見せる……とされているが、それが本当なのか、彼には分からない。高い金を支払って買った護符が役立たずだと、ここから排除される結果が待っている。それはきっと、自分が望んでいない形での異世界への旅立ちとなるだろう――絶対にごめんだ! と彼は思った。
幸運の女神はナロウに微笑んだ。護符は彼を淫母神の鋭い観察眼から守ってくれたのである。彼ほど幸運でなかった偽童貞たちは、晴天から突如落ちてきた稲妻に打たれて死んだ。中庭は、あっという間に落雷の犠牲者だらけになった。女神の信者たちが手早く片付ける。バルコニーに再び信者の代表が現れた。その人物は生き残った者たちに「これから最終審査を開始する」と伝えた。そして「全裸になりなさい」と言った。
ナロウは動揺した。裸になったら、体の一部に貼ってある護符を見られてしまう。他の参加者が次々と裸になる中、彼は服を脱ぐのを躊躇した。女神の信者たちが、服を脱ぐのを躊躇う彼に注視した。
ここは勝負所だ、とナロウは心を決めた。ええい、ままよ! と服を脱ぐ。その時、一緒に護符も取った。それで自分が童貞でないことがバレる恐れはある。しかし服を脱がなければ、それはそれで危険に間違いないとの判断で護符をはぎ取ったのだ。
この判断は吉と出るか凶と出るか……ナロウは目を瞑り心の中で祈り続けた。しばらく経ったが、何も起こらない。安どのため息を吐いて目を開ける。彼の眼に、男の神々しい裸体が映った。顔は老いているけれど、若々しい肉体の男が、そこにあった。
ナロウを含めた参加者と淫母神の信者全員が確信した。この男が今年の淫母神の夫に選ばれる、と。
淫母神の夫は毎年変わる。年に一度、童貞大聖堂で催される婿取り祭り<チェリーボーイ・オールドスタイル・ロイヤル>で選ばれた夫たち――合格者が複数の時もあるのだ――は聖堂の地下にある迷宮の奥深くで淫母神と濃密な一年間を過ごした後、異世界へ旅立つ。そして新しい夫の候補者が募集されるのだ。今年の夫は、この光り輝く素敵なオールドボーイに決定だと、衆目の一致を見たのである。
淫母神の好みは、顔は渋いイケオジ系なんだけれども、体は若い細マッチョと聞いていたナロウは、そういう風に仕上げたつもりだったが、全然甘かった。悔しい思いに体を震わす彼の足元で地面が揺れた。地鳴りが聞こえてきた。地震か、と思ったら、少し違った。地鳴りのような音は童貞大聖堂の中庭にある古井戸から聞こえてきた。その古井戸から、何かが這い出してきた。全身が瘤だらけの巨大なナメクジのような生き物だった。
淫母神の信者たちが口々に「淫母神様のお出ましじゃあ!」と叫び、その巨大ナメクジ様の怪物に拝跪した。中庭にいた童貞たちは怯えて逃げ惑った。ナロウも壁際に逃げた。ナメクジっぽい淫母神様は、そんな者たちには目もくれず、光り輝く全裸男へ迫った。体の先端が裂けた。そこが口のようである。口からピンク色の唾液と泡が飛んだ。そして叫ぶ。
「いいっ、いいのよ~! アンタ、合格ッ! 合格よ~! アンタ以外の童貞は、目じゃないっ! もうアンタしか見えない。他の童貞なんて、もうどうていでもいいわ~、なんちゃって。とにかくもう大好きよ~! アンタなしじゃあ、いられないわぁ~! 抱いて、あたしを抱いてッ! キスしてえええ! 思いっきり、抱きしめて! もう我慢できないのよぉ!」
色情に身悶えする淫母神に向かって、光り輝く全裸男は言った。
「やっと出てきましたね。淫母神」
淫母神の動きが停まった。男は一歩、前に出て言った。
「淫母神、あなたは嘘をついていますね」
淫母神は後ずさりしながら言った。
「な、何を言っているんんだあい?」
「誤魔化さないで下さい。童貞の死者たちが、貴女を告発しているんです。あなたに騙され、貪り食われた童貞たちが、あなたに復讐するよう私に依頼してきたのです」
全裸男は自分を、死んだ童貞たちの告発を受理した童貞検察の検事だと名乗った。
「淫母神、あなたは、転生した異世界で魔法使いデビューさせてやると言って童貞たちを騙し、その無垢なる肉体を散々弄んでから、殺害した容疑が掛けられています。それでは逮捕の前に、あなたの権利を読み上げます」
童貞検察の検事が権利を読み上げている間に、淫母神は古井戸へダッシュで逃げた。そこから地下迷宮に逃げ込もうという考えなのだ。そこへ入れば、いくら童貞検察といえど、手出しできないと思ったのだろう……が、考えが甘かった。
光り輝く童貞検事の体から白く光るビームが発射された。ビームが淫母神の体に命中する。ぐったりとなる淫母神。童貞検事は空に向かって合図した。天空から光の輪が下りてくる。光の輪は淫母神の巨体を持ち上げ、空の彼方へ連れ去った。
唖然とする童貞たちに童貞検事は言った。
「童貞の皆さん、皆さんは、淫母神に騙されていたのです。あいつは皆さんを魔法使いに転生させる気なんて、これっぽっちもなかったのです」
その言葉を聞いた童貞たちの反応は一様でなかった。怒る者もいれば落胆する者もあり、怒るにしても淫母神あるいは童貞検事もしくは、その両方に対してだったり、と様々だった。
ナロウは別の感想を抱いた。護符がなくても自分が死なずに済んだのは、淫母神が童貞検事に夢中になって、自分のことなんか見向きもしなかったからだと考え、ラッキーだったと思ったのである。
そんなナロウに童貞検事が近づき、こう言った。
「あなたは童貞ではないのに童貞だと偽称しましたね。それは詐欺罪に該当します。罰金か服役ですよ」
ナロウは慌てた。
「いや、人に対しては童貞です。私は、人間以外で童貞を捨てたのです。それならいいでしょ? 違いますか?」
「童貞だと嘘をついたことが罪なのです」
厳しく追及する検事にナロウは泣いて謝り許しを乞うた。どうにか許してもらったが、罰として貞操帯の装着が義務付けられた。その後、彼は追っ手から逃れ異世界へ転移することに成功したが、それでも貞操帯は外れなかった。もしも公衆浴場で貞操帯を付けた男を見かけたら、そいつは異世界からの転移者かもしれない。




