第二話 薔薇の少年
それから二日後。
「おーっ、ほんとうにすぐ治ったわね!」
体力もある程度戻ったので、その体力を使い第二の皮膚をさらに分厚くした。すると、怪我の反映も消えて、傍目から見ればきっと完治。
しかし、俺の怪我はまだ治っていない。全身がヒリヒリしているし、動くたびに激痛が走る。体力もやっぱりすぐになくなる。
第二の皮膚というのは、そもそも「人間に擬態して人類を欺く」という目的の他に、「身体に負荷をかけた加重トレーニングのための道具」という側面がある。どういうことかと言うと、第二の皮膚はとても重い。
魔人というのは身体の四割が人類にない特殊な物質で構成されており、体重がそもほも八キロ程しかなく、それの上に、ジオメトリー粒子というこれまた特殊な物質を使い四十キロから六十キロまでの重さの皮膚を形成する。
最初の頃は動けないが、身体が追いついてくると動けるようになる。
候補生には「合格ライン」があり、「人間態のままで時速四十キロほどで走れるようになれ」だとか、「人間態のまま二メートルジャンプできるようになれ」だとか。
すると、擬態を解除した時にとてもすごい身体能力になっているのだとか。俺は結局、擬態解除をして身体測定をする前に弱ってしまったから、今自分がどの程度なのかがわからない。
閑話休題。それと結論。俺はとても弱っている。
「じゃあこれ着るもの。着方はわかる?」
「ある程度は……ほんとうに俺でいいのかい。俺のような、素性のわからんような……もしかしたら化け物かもしれないのに」
「君みたいな目をした人が化け物なわけないじゃない。はやく着なさいね」
彼女は──セレヴェイ・シーン──俺の主人は、そう言って部屋から出ていった。俺はそこに残されて、従者のスーツを着た。
いつの間に採寸などしていたのか、まったくぴったりにできていた。
「あら、似合ってる」
「それはよかった」
「じゃあ、貴方にして欲しい事を言うね。つまり仕事内容。まずは毎朝起こして欲しいかな。私、朝弱くってね」
「了解した。……しました……しっ……かしこまりました?」
「あってるよー。ふふ。次にね、毎年のこの月に一度だけ隣の街に出かける事になってるんだよね。お墓参りなんだけど、君にもその動向をしてもらいたいかな。決まってる仕事と言えばこのくらいで、あとはその場その場で頼み事をするかも」
「かしこま」
「省略するのが早いなぁ」
その日から俺は彼女の世話に追われた。彼女はやたらとフットワークが軽く勝手に出歩くことがあった。
彼女の身分は貴族で、貴族ともなれば狙われる命という式が俺の中で出来上がっていたので、こんなに軽率な人は見たことがないと呆れた。
ある程度慣れてきた頃、屋敷が静かになったのがわかると、いなくなったというのが判明するので、先回りしてとっ捕まえられるようになった。
毎週末になると街に連れ出されて、色々な買い物に付き合わされた。彼女は街の人々からたいそう好かれているらしく、「セリィ」という愛称で呼ばれては新商品の試食やらをやらされていた。
彼女の世話で披露していた俺は、ふと周囲が見えなくなっており、十歳前後の子供にぶつかってしまった。
「ああ、ああ。すまない。周りを見るのを忘れてしまっていた」
「大丈夫です、大丈夫です。こっちもいきなり飛び出したので」
「しかし、君は尻餅をついたな。それじゃあ、君が損をするばかりだ。それはいけないだろ。君ばかりが損をするんじゃあさ……」
「いいんですよ……?」
俺はそこで閃いた。【糸】を発動する。出すのは赤い糸。練り上げて、縦糸と横糸を交差させ、赤い布を作り上げると、それを丸めたり、とがらせたり……そして、薔薇を作り上げた。
「これ、君にやるよ。君は薔薇の似合う子だから……」
「あっ、ありがとうございます」
……人間の身体でスキルを使うと体力がごっそり消えていく。
もうスキルは使わないようにしよう。