第一話 魔王領地獄をあとにして
世界南方に領地をもつ魔王軍は五十億八千万体の魔人を会員とし、一四五三年に発足した。人間・亜人・獣人のすべてを差別し、殺戮するための組織であり、迅速かつ円滑に地球侵攻を行う為に各地に地下拠点を持ち、世界征服を裏で進めている。
俺はショザ・シボロシ。魔人管理番号JM八九〇〇九号。
◆
「十五歳になった貴様らはこれからは人間ではなく我々の戦闘員として生きていくことになる!! わかるかーっ!! 貴様らなどはなぁ、ここでは駒なんだ!」
というのは、教官である。
この教官は俺たちの「候補生」に戦闘技術を叩き込んできた親代わりのような人で、俺達は「オォッ」と声をあげる。
俺達は〈魔王軍〉の戦闘員になる。
十五歳になったらスキルというものを獲得する。
スキルというのはこれまでの人生をどう歩んだかで決まる。
たとえば、十五歳まで薬の事を頭に叩き入れるような人生を歩んできた人間はたとえば【薬調合】みたいなスキルを得る。
俺はずっと戦闘員になる為に過ごしてきた。
たくさん鍛えていたし、戦闘について頭にたたき込んできた。
だから俺は戦闘系スキルを得るのだろうなと言う確信があった。
「ショザ・シボロシ、お前のスキルは」
教官の隣にいた鑑定士が言い淀む。
「【糸】ですね……」
糸?
「糸を生成するだけの能力です」
俺は殺処分を言い渡された。
普段拷問に使っている部屋に押し通されて、其処に閉じ込められ、処刑の日まで殴られたり蹴られたりの日々。
とうして使えない能力だというだけでこんな扱いを受けなくちゃならないのか。この決定を、魔王様はどう思っているんだ。
俺は殺処分の日、教官に訊ねた。
「戦闘系以外は殺処分。それが主の出した答えだ」
「…………」
「魔王はどうして……」
「主の決定を疑うのか?」
「本当に……本当に……」
俺は逃げ出した。
幸い、抗う力などないと思われて、手枷も足枷もなかった。
だから、思いのほか拷問部屋からは楽に出られた。
俺は水に溺れたり、全身を火傷に包まれたり、たとえば、我々のような魔人と呼ばれる種族は普段人間に擬態しているわけだけれど、その擬態用の「第二の皮膚」は破れるし、ほんとうの皮膚は黒い傷あとが残るほど強く引き裂かれたりなどした。
それでも逃げることをやめなかった。
逃げなければならないと思った。
俺の中の本能がそう言っていた。
「お前逃げんの?」
「君は……」
そこで、俺と同じように【布】という非戦闘系のスキルを発現させて殺処分が決まっていたダーザ・クライソンと言うのが問いかけてきた。彼も暴行を受けていたらしく、人間態の鼻から血を流している。
「ああ、逃げる」
「なら俺も逃げっかな。今なら逃げられそうだし。死にたくねーし。お互い生きてたらどっかで会ったり会わなかったりしようぜ」
「そうか。……達者で!」
「おーよ。お前もな」
俺は魔王軍の支配する領地から逃げ出して、八日間走り続けた。そして気がつくと明かりがあった。
それはどうやら……「人類」の作った街らしい。
俺たち魔人は、人間態のもとになっている「人間」や、エルフやドワーフなどの「亜人」……そして、全身を獣のような毛に覆われて、獣のような尻尾や耳を持ち、獣と同じ特性を持つ「獣人」……それらをまとめて「人類」と呼んでいる。
彼らの作った街がそこにあった。
俺は破れきっていた人間態の皮膚をしっかりと復元すると、残り少ない体力を押して、その街に入った。
すぐに分かった。
とても活気あふれるいい街だと。
子供たちは人類を殺すための訓練なんて受けていないで、ボールを蹴ったり、追いかけっこをしたりして笑っている。
老人も無闇矢鱈としばかれていない。片手に茶のようなのがあって、そして、テーブルには菓子がある。談笑している。
俺が普段魔王軍領内で感じていた不快感がこの街にはなかった。
ぼけーっと突っ立っていたからか、後ろで馬の鳴き声があって、「おい、邪魔だよ」という怒りの混じった声があった。
「申し訳ない……」
振り向いて、その馬の上の御者に頭を下げた。
「待って!」
人が乗れるようなタイプの荷車の方から女性の声がする。
「その人ボロボロよ、病院につれていってあげなくっちゃ」
ボロボロ……?
そこでようやく、復元しきれていない──いや、おそらく、中身の状態が第二の皮膚に浮かび上がって来てしまっていることに気がついた。
「ご心配なさらず。俺の傷はすぐに治る」
「そういうスキルなの?」
「…………。そのとおりだ。心配していただき、どうもありがとう。でも構わなくても結構」
「でも痛そうだわ。服だって……言い方を悪くすると、ボロ雑巾の様よ」
「これは……」
これは仕方のない。
「…………」
「あなた、お金ないの?」
「……実はそう。お恥ずかしながら、実家を金も持たずに飛び出してきてそのままだったんだ」
「なら、うちに来る?」
御者が「お嬢様」と小さく叫んだ。
「私の従者が数日前に育児休暇を取って、一人分の空きがあるの。うちで働いて、ある程度しっかりしてきたら、好きなところへ行くってのはどう?」
女性は俺の視線を逃さない──と言うつもりの目を向けてきていた。とてもキラキラしていて、綺麗だった。
「俺は疫病神だぜ」
「いいじゃない。お星さまみたいで」
「…………。どうだか……」