70頁
空を見上げれば、何かが変わるような気がした。
幸福の連続も、それが日常になれば退屈になり、退屈はすなわち不幸の始まりに他ならない。
何かが変わるように祈りつつも、何も変わらない日々に俺は飽き飽きし始めていた。
「……雪だ」
祈るという行為を馬鹿らしいと思っていたけど案外、祈れば簡単に現実は幸福に向けて変わるものなのかもしれない。
年末に近づくと、街も活気づく。
繁華街で友達と遊んだ帰りの駅のホームで、よく知った相手にあった。
「……よお、見違えたな。お前の姉ちゃんそっくりで、一瞬ビビったよ。生きてたのか、なんてありきたりなセリフを言うところだったぜ」
行方が知れないとの事だったが、まだこの街に住んでいるらしい。
彼女は笑いながら、最近の事情を語った。深いところまで明け透けに語るので、正直戸惑う。
ころころと変わる表情は、無口な頃な彼女とは思えないほど、魅力的に見えた。
「へえ、今度生まれるんだ」
「人間って凄い」
「凄いのはお前だよ。いろいろぶっ飛んでる」
「わたしが?」
私のどこがぶっ飛んでるのか、と語る彼女の笑い声は違和感がなくて、とても自然で、幸福に満ち足りていた。それが逆に違和感めいた何かを俺に囁く。
彼女の表情は、態度は、笑顔はとても人を殺したとは思えないものだった。思えないからこそ、その不自然さがあるからこそ、俺はこうして普通に彼女と会話をできているのかもしれない。
彼女がそれは嘘で、人殺しなんてしていないと語れば、俺は容易にそれを信じてしまうだろうと思った。そう思うほどに彼女の瞳は純真そのものだった。
少しばかり沈黙があって、貨物列車が轟々と唸り声を上げながら、突風とともに背後を流れていく。
「あの二人を殺したのは――」
聞き取りにくかった。まだ貨物列車は続いている。
「――――?」
あの二人を殺したのは誰かと彼女は聞いているようだった。今更、それを聞いてどうするんだと思う。
俺は俺の仕事をしただけだ。それは彼女も承知の上だろう。
「別に恨みとか、憎しみがあったわけじゃない。だから誤解しないでくれ」
「神足美雪を撃て、とは誰も言わなかった」
笑顔だった。笑顔のままだった。魅力的な笑顔のままで彼女は拳銃を向けた。
あの日、奪われた時の、それだった。
ああ、自分は死ぬんだなと思った。
「知ってるか? 缶詰って投げられると痛いんだぜ」
知ってるよ、と彼女は笑って続けた。
「別に恨みとか、憎しみがあったわけじゃない。だから誤解しないでくれ」
彼女は俺のことを恨んでいるわけじゃないのだろう。どこにもその兆候は見られない。ただただ義務的にそうしているのだろう。
バンと鈍い音がする。熱い固まりが体をぬるりと通り抜けていった。
まだ貨物列車は続いてるのか、誰もこちらに気がつかない。
彼女は拳銃をゴミ箱に捨てると、白いを杖を取り出して、自然な歩幅で離れていった。
彼女の姿が見えなくなった頃、思い出したように誰かが俺を指さして悲鳴を上げた。
終わりです。反省点はテーマ性を欠いているということでしょうか。
要するに結局これって何が言いたいのって書いてる途中で気づいてしまいました。アホですね。
無力さと無能さと人間の嫌な感じはうまくいったと思います。
正直もっと短くできたような気がします。半分くらいにして、もうちょっと掘り下げるところがあったのではないかと。
でもアフターザフェスティバルなのです。
愚痴はこのくらいにして、ここまで読んで下さったみなさんにまずは謝辞を。
日々、私の血となり肉となり、その他諸々のものになったパスタに感謝を。それを作っているイタリアの工場に祝福を。青森のにんにくに愛を。
本当にありがとうございました。それではまたどこかで。




