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 ピクニックと聞くとみなさん西洋的なおしゃれなものを想像されますが、わたしのピクニックはどちらかと言えば歩くことが主体のハイキングに近いので、華やかさはありません。

 近所をぶらぶらと歩いて、川辺を眺めて、遊歩道を進んで、この街を一望できる小高い山で休憩して、きた道を戻る。それだけのことで、そこにあまり目的や主体といったものはありません。何となくそうすると気分が和らぐのです。

 チャプチャプと左右に揺れる肩に掛けた水筒には、氷の詰まった麦茶が入っています。途中のタバコ屋さんで買った菓子パンは生地の白とチョコの黒の縞模様で、タバコ屋さんのオススメです。

「あら、綺麗なスカートね」

 レジにゆったりと座る店主は青いスカートを指さして微笑みました。

「あり、ありが、ありがとうございます」

 顔を赤くしました。恥ずかしいのです。

「あたしの若い頃にそっくり。もう、ほんと。昔はあたしもそりゃあ無口でねえ。タバコ屋のみっちゃんって言ったら、ここらへんの……っていけないわ。歳を取るとついつい話しが長くなっちゃう」

 老婆からジュースを頂き、そのまま草木の匂いが濃い道へと進みました。遊歩道は休日の為か、まずまずの人がいましたが、山道に入るとそれもぱったりと見えなくなります。

 木を埋め込んで作ったような雑な階段は幅が少なく、手すりがないことも相まって頼りなく感じます。

 靴の裏に張り付いた土の感触。生い茂る若葉が陽の光を遮っているのか、どうやら先日の雨がまだ乾ききっていないようです。

 彼女はぜいぜいと息を切らしながら、膝に手を当ててわたしを見上げました。

「意外と体力あるね、興梠」

「神足さんは意外と体力ないですね」

 今日は神足さんと一緒でした。

「いうね」

「あとちょっとですから、頑張りましょう」

 彼女の手を引っ張りながら、わたしは何とか階段を上り、頂上へとたどり着きました。

 当たりに遮蔽物(しゃへいぶつ)がないからでしょうか、やや風が強いです。神足さんは早速、ベンチに腰掛けてわたしの麦茶を啜っていました。

 左手には彼女の焼いたシンプルなクッキーがあります。少し欠けているのは、既にかじったあとだからでしょうか。

「んまいよ」

「お昼の前にクッキーですか」

「でも、興梠もさっき菓子パン食べてたでしょ。おあいこだよ」

 お弁当を広げながら、彼女は指を舐め、笑いました。わたしも側に座って、お弁当を覗きこみます。

 サンドイッチが主体の手が汚れにくいお弁当でした。彼女は何も言わずに、それらを手に取り頬張ります。咀嚼して、飲み込んで、また齧りついて、彼女は言いました。

「八瀬は、もう少し行ったところに埋めたよ」

「そう、ですか。でも何でここに、その、埋めたんですか?」

 わたしたちは八瀬くんを埋めた場所へと来たのです。わたしの散歩コースに埋められたという場所へ。ピクニックを興じながら

「あたしなりの優しさかな。あいつも喜んでると思うよ」

 冷静を装った風に、彼がもういなくなった風に、彼女は語りますが、手は滴るほど汗が吹き出ていました。

「埋めた時、まだ八瀬くんは生きていたんですよね」

「うん。で、で、でも、うん。でも虫の息だった」

「分かっていて、埋めたんですね」

「うん。正直にいうとね、あいつのこと嫌いだったんだ。あたしも大概だけど、あいつも酷い奴なんだよ。だから、だからさあっ!」

 胸を大きく上下させ、ぼんやりとした目線のまま、彼女は声を荒げました。

 わたしは彼女の手を取って、少し恥ずかしいですけど、彼女の目を見つめます。

「神足さん、落ち着いて」

「うん、大丈夫。ありがとう。そうだ、別の話ししようか。ほら、今日ここに来たら、明日はお泊りしてくれるって話し。あれ話そうよ。御飯なに食べたい? なんでも作ってあげるよ」

「ごめんなさい、神足さん。この話、まだ続けます。神足さんは八瀬くんまだ生きてると思いますか?」

「……それはあたしにする質問じゃなくて、興梠のお姉さんにする質問じゃないの」

「僕はまだ生きてると思うんです。この前、お話しした通り…………指も爪も」

 気分が悪くなって、吐き気を催しましたが、続けます。

「取ったばっかりみたいに綺麗でした。でも、きっと長くはない。もし彼が生きてるなら、これが謝る最後のチャンスになってしまいます」

 彼女はどこも見ないで笑いました。

「興梠、やっぱり変わったね。自分から積極的に誰かに関わろうとするだなんてさ。前の興梠はね、誰にも関わろうとなんてしなかった。なるようになればいい、みたいな奴だったよ。誰にも手を差し伸べない奴だった。どうしたの、記憶喪失じゃなくなったの?」

「……僕はハンカチを拾う人でした。拾って届けてあげる人でした。今でもそうありたいです。それじゃ、ダメですか?」

 彼女ははっとしたような目でわたしを見ます。何かを思い出したような、何かを忘れていたような、そんな目で。

「そう、だった。そうだったね。興梠はそういう奴だったね。あたしダメだなあ。そんなことも忘れてるんだ。こんな大切なことも忘れちゃってるんだ。まだ変わりきれてないんだね」

「僕だけじゃ、きっと姉様にはぐらかされちゃうと思うんです。ですから、あの」

「興梠、自分のことを棚に上げるみたいだけどさ、わたしね、まだ八瀬のことは許せない。嫌いだし、嫌な奴だと思うし、生きているならとっとと死んでしまえばいいって今でも凄く思ってる。でも、興梠がそうしたいのなら、あたしも興梠を手伝いたい。どんなことが起ころうとも、興梠の好きなことをしてあげたい。興梠を裏切って、興梠に酷いことをし続けた無能な私にできる贖罪って、それくらいしかないから」

「神足さんが無能なら、僕は一体何だって感じになっちゃいますよ」

「確かに興梠は有能とはいえないかもね」

「酷いこと言いますね」

 落ち着き払った様子で彼女は小さなコップに麦茶を注ぎ、わたしに微笑みました。わたしはそれを手にとって、続けてサンドイッチを手にとって、頬を緩ませました。

 自分が笑っているのか、それとも緊張を解いたために顔が緩んだのかは分かりません。ただ、神足さんはわたしの顔を見て、固まり、次に急ぐようにデジタルカメラを取り出していました。

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