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 空を仰ぎみれば何かが浮かぶような気がした。

 しかし何も浮かばず、ただ時間は無為に過ぎ去り、鼓動に音が塞がる。天井はただ白く、その平坦さと無機質さをわたしに知らしめました。

 つまりわたしは現実逃避に必死だったのです。

 体を滑る神足さんの汗ばんだ手に本当は叫びだしたい気持ちなのですけど、わたしはそれを堪え、じっと黙ります。神足さんもそれを分かっているのか、わたしが泣きそうになると一旦、手を止め、わたしの調子が戻るとまた手を動かしました。

「わ、私は何でも知っているぞ。お前のことなら何でも知っている。私とお前はそういう仲だったんだ。恋人とはいかなかったが、それなりの仲だったんだ。だから、何でも知ってる。知りたいだろ? 知りたいから私のところに来たんだろ? なら、覚悟はできているはずだ」

「うっうっうううううう……」

 彼女に背を向けてわたしは、丸くなりました。それでも彼女は撫でることをやめてくれません。わたしのお尻に手を伸ばし、ふうふうと重く熱い息を吐き出しました。わたしはあまりの恐怖に口を両手で押さえて、嗚咽を堪えました。布団に顔を包んで、口を押さえます。どろっとした何かが口から溢れでてしまいそうでたまりません。悲しみが溢れてしまいそうでたまりません。

「偉いぞ、興梠。成長したじゃないか。前のお前は、そんな反応は見せなかった。そんな可愛らしい反応は。それとも、そんなに真実という奴が気になるのか? みんながお前に嘘をついているという言葉が、気になってしょうがないんだろ。大丈夫、私は、私だけはお前の味方だ。今も昔も……」

「あ、あ、ああの。本当のこと、教え……教えて下さい」

 布団を頭に被ったまま、私は涙混じりにお願いします。神足さんの服を脱ぐような衣擦れの音に震え、身を縮ませながら、御願します。

 何が起こるのか、何をされるのかを察しながらも、それを否定しながら、私は懇願するのです。

「……真実か。そうだ、お前にいいものを見せてやろう」

 何をするのだろうと私はそっと布団を上にあげて、そちらを見ました。布団の隙間から見えた神足さんは半裸の状態でした。私はそれにぎょっとして、また布団の中に顔を隠したのですが、神足さんの手の中に何かがあったのを思い出し、もう一度恐る恐る、布団に隙間を作りました。

「これが真実だ」

 神足さんは何か割れ物でも扱うような手で薄黄色の封筒を手にしていました。薄ら笑いを浮かべながら封筒から何枚かの写真を取り出し、わたしに差し出しました。わたしはそれをそっと受け取り、見ます。

「あっ……わっわっわっ!」

「よく撮れてるだろ?」

「何で、これ、僕が……」

「御前の注文だ。そういう写真をあの方が欲したんだ。本当は嫌だったんだぞ、仕方がなくだったんだ。でもあの方の命令だからな、私が撮らざるを得なかった」

 その写真、そのプリントアウトされた写真には、わたしがいました。わたしがこの部屋の床で寝そべり、少女趣味の服装に身を包んでいる姿がありました。

 わたしは頬をこれでもかというくらいに熱く染めさせ、その羞恥に耐えます。

 白く丈の短いワンピース姿のわたし、黒いドレスに身を包んだわたし、ハイソックスとショートパンツのわたし。わたしわたしわたし。

 どのわたしも諦めたように床に寝そべり、頬に痣を乗せて、黙っていました。

「クラス中にばらまかれたこともあった。それで、お前は随分と苦労しているようだった。その時も私だけはお前の味方だったんだ。お前が家で、あの嘘つきの姉にいろいろされている間も私はお前だけの味方だった。本当だ、嘘なんかつくものか」

 クラス中のみんなが知っていて、この写真を見ていたということに寒気を覚えました。そして恥ずかしくて死にたくなりました。きんっと冷えた物がわたしの手と背中と脇に汗をかかせて、焦燥に駆らせました。どんな生き方をしてきたのだろうと想像すると、苦しくて、恥ずかしくて、死にそうでした。

 そっとわたしを後ろから包んだ神足さんは言います。すうっとわたしの匂いを吸って言います。

「だから、だからな、今からすることは清めなんだ。内側を清めるんだ」

「き、きよめ?」

「お前の体は、手垢にまみれてる。汚れてるんだ。本当は私と付き合って普通に暮らしているはずだったのに、お前は御前にボロボロにされて、もう駄目になっている。だから私が今から、お前の体を清めるんだ」

「あの、よく分かりません」

「治療だと思えばいい。大丈夫、任せておけ。嘘ばかりついているあの方よりも、私の方が信用できるだろ?」

「あ、あの」

 抱きしめる手をより、強めて、触手のごとく私を絡めとりました。汗で蒸れる彼女の体は震え、声は震え、心臓の音は緊張に打ち震えました。わたしはどうしていいかも、何を信じていいかも分からず、ただ困惑し、身を縮めるばかりです。シーツをぎゅっと掴み、体を揺らし、じっと考えをまとめようとしました。まとめようとするのですが、彼女の耳をはむ行動に思考が追いつきません。あ、いや、です。あの、その。

「大丈夫だ……邪魔者は来ないから、安心するといい。私と一緒に入れば安心だぞ。私はお前のことを知り尽くしてるからな。お前の嫌なことも、好きなことも何でも知ってるぞ、だから、頼むから、私から離れないでくれ。お願いだ、私はお前が好きで好きでたまらないんだ。興梠、好きだ。好きだから、いいだろ? お前は私の知識が知りたくて、私はお前のことが好き。両想いみたいなものじゃないか。ならいいだろ? なあ、いいだろう?」

「あ、あわ、ううーっ……」

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