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次の日から、積極的に私は興梠を責めた。体操着はズタズタにし、ノートや教科書はカッターで切り裂いた。アイツの机だけ露骨に泥だらけにしたりもしたし、卑猥な雑誌を机の中に放り込んだりもした。あの時に撮った写真をばら撒き、クラスから孤立させてもみた。
しかし奴は動じなかった。少し嫌そうな顔をする程度で大したダメージは感じていないようだった。てっきり御前に泣きつくものだと思っていたが、そうするでもなく、奴は指摘されるまでずっとそのことを黙っていた。何度も気にかけてやったのに、私にも泣きつかなかったくそったれめ。だから御前は、興梠がたまに嫌がらせをされているようだ程度の感想しか抱かれなかったようだ。写真のばら撒きがあったせいで、クラスから酷い目で見られるようになったからそのせいだろうと。
ある日、いつものように興梠に嫌がらせをしようと夜の学校に忍びこむと、アイツの机に雑誌の切り抜きがセロテープで固定してあった。よく目を凝らしてみると、それはあの時に私が撮った写真の興梠の首と、ティーンズ向けのファッション雑誌のモデルらしき女の首を削げ変えたものだった。プリントしたものを無理やりリサイズしたのか顔は少しモザイク調で遠近が取れていなかったが、その服は確かに興梠に似合うだろうと思えた。
「……私以外にも興梠に執着している者がいる」
私は誰だろうと考えた。誰が私に乗っかかる形で興梠に嫌がらせをしているのだろうと。誰がアイツに欲情しているのだろうと。あれは私のだ。私のものなのだ。誰にもくれてやるものか。髪の毛一本、まつ毛一本くれてやるものか。臭いも涙も涎も体液も私の物なのだ。誰だ、誰が?
ああ、そうかと私は行き着く。答えは単純だ。とても単純で、とても分かりやすかった。それ以外にないじゃないか。
御前以外に誰がいる? 御前は興梠を好きになった。そう言っていた。好きだった。だから私に嫉妬したんだ。私がアレを思い通りに、舐り、叩き、犯していたから、自分もしてみたいと思ったに違いない。羨ましかったのだ、きっとあのお方は。だから私に辛く当たり、あのような罰を私に課したのだ。本当は自分がそれをしたいから、本当は我慢しているから。それを誤魔化す為に私に辛く当たった。
そう思うと笑みが零れた。部屋でくくっと笑った。
「御前もいってくれれば……ははっ」
主人である手前、言い出せなかったのだろう。あのような者に欲情しているなどと高貴な血が流れている立場としては言えなかったのだろう。先日、好きだと言ったのは、そういう意味だったのか。私としたことが主人の意味を汲み取れなかったとは何たることだ。
でも、もう大丈夫ですよ。私にお任せ下さい。あなたの望みは私が叶えて差し上げましょう。
「なーに笑ってんのさ? イイことでもあったの?」
「いえいえ」
私と一緒に興梠を犯して、陵辱して、心を引き裂きましょう。私とあなたで興梠を飼いましょう。蔵に閉じ込めて、毎日毎日、日が暮れるまで遊びましょう。
ええ、分かっていますとも。
次の日、学校から誰もいなくなっただろう夕闇の時間に私は教室に入った。興梠の机の上に、アイツの筆跡を真似た手紙を置く。文面には素っ気なく理科実験室で待つと書き記した。実に興梠らしい文調だと自分でも思う。
翌日、手紙がなくなっていることを確認した私は、放課後になると興梠を誘拐した。襲うのは簡単だった。馬鹿なアイツはいつものように屋上にいて、じっと遠くの空を見つめていた。気づかれないようにそっと忍び寄り、後ろからビニール袋を被せて、動かなくなるまで蹴り飛ばした。
捕獲した興梠を実験室のテーブルに寝かせ、半裸にする。口にボールギャグというものを入れ、手足を縛り、アイマスクをつける。豚の鳴き声のように穴の開いたボールから涎を垂らして震える姿は滑稽だった。滑稽で扇情的だった。なめしたような白い肌は息をする度に美しく動いた。汗ばんだ肌は塩の味がして、脇は汗の匂いがキツイ。尻に思い切り平手を叩き込むと、私の手の形に赤く染まり、興梠は涙でアイマスクを濡らした。
興梠は誰に誘拐されているのか分からないのだ。これから何をされるのか知らないのだ。だからビクビクといやらしく怯えている。
悪いな、興梠。最初は御前に譲ることにした。お前の最初は私と思ったが、これは必要不可欠な出費なんだ。許してやってくれ。その後、たっぷり壊してやるからな。滅茶苦茶に壊してやるから。
そう、隠れた私がボイスレコーダーに御前の言葉を録音し、写真を撮り、証拠を押さえたその時に、その後に、たっぷりしてやる。普段から絶望したような顔のお前が更に絶望するような、そんな表情に私がしてやる。御前のことなんて直ぐに忘れてしまうようなくらい、とびきりな奴を私が、私がお前を愛してやる。私が忘れさせてやるからな。私色にお前を染めてやるから。最初はきっとお前は嫌がるだろう。でもそのうち、私の愛情の深さに気がつき、幸福を知るだろう。だから大丈夫だ。
理科実験室のコの字型をした教壇の机は広く、隠れるにはうってつけだった。私がそこに隠れていると、扉の開く音がした。私は息を殺し、存在を殺し、御前のレコーダーの録音ボタンを押した。感度は折り紙つきで、準備は万端だった。
靴音が興梠のところで止まる。興梠に手を出し、少ししたところで私は飛び出す。そしてニヤリと笑い、御前に「私は分かっていました。御前が何を欲していたのかを。さあ、一緒に興梠を壊しましょう」と言うのだ。御前に拒否権はない。落とし所は明らかに、それ以外ないのだから、当然だ。
私はわくわくしながら今か今かと待った。待って、闖入者に氷ついた。
「命ちゃん……、そんな格好しちゃダメだろ。反則だって」
その声は、この声色は。
「もう、我慢できねえよ、俺」
八瀬の声だった。




