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 間違っても性的な接触はしない。それはまだだ。まだ我慢しなくてはいけない。今日はあくまでも興梠を傷つけるだけだ。

 ゆっくりと咀嚼するようにじわりじわりと傷めつけて、興梠が私だけを見て、私に救いを求め、私に期待し、愛を感じ、依存した時……その時に私は興梠の気持ちを踏みにじるようにこの体を犯すのだ。その時、きっと興梠は何故、自分がそんな目にあっているか分からないといった顔で世界を呪い、私に抱かれる。人形のように抵抗することを諦めて、ただ快楽に身を任す。そして決定的な楔を打ち付けられた興梠は私だけを見て、私だけの為に生きる。

 人が聞いたら狂人と指をさすだろう。あるいは誇大妄想狂と笑うのだろう。御前ならきっと呆れ返り、私を軽蔑なさるだろう。そんなことはありえないとみな口々にいうだろう。私も“そちら側”に立っていればそういう。だけど、今私は狂っている。狂っているのだから、これが正しいのだ。もし自分の思い通りにならなければ、そうなるようにするだけだ。


「お前はなんて可憐なんだ……」

 私はデジタルカメラのファインダーから目を離して、興梠を見た。頬が少し赤く腫れていて、怯えきった表情の興梠は白いワンピースを着ている。私が自分の為にと買って、結局着なかったものだ。私には似合わないと思いつつも、憧れで買ってしまったこれが今ここで役に立つとは。

 興梠の化粧栄えする顔もあってか、私の衣装はよく似合った。悔しいくらいに似合うのだ。これを目の前にして我慢をしないといけないのかと思うと溜息が出る。

 庇護欲を誘う怯えた表情が、眩しいくらいに私をそそらせる。緩いカーブを描く胸のラインと細い生足が何とも卑猥だった。高価な西洋人形を思わせる。

 足首から人差し指の腹でつうっと太ももまで撫でると興梠は目を瞑って、鳥肌を浮かばせた。羞恥に耐えているのだと思うと自然と笑みが漏れた。三着ほど着せて、撮影したがもういいだろう。

「興梠……ああ、ああっ!」

 私は興梠に覆いかぶさった。うなじから化粧とは違う、甘い香りがした。乳製品のような優しい香りだった。じっとりと汗ばんだ肌に唇を鼻を押し付けて胸いっぱい息を吸った。ちろちろと舌先で舐めると興梠は肩を震わせた。表情はぼんやりとしているが、やはり私を意識していて怯えているようだった。

「泣くな、化粧が崩れる」

 パンと頬を叩く。興梠は呆けた表情のまま鼻水を滴らせ、ぼろぼろと涙を流した。

 先程までは暴力を振るおうとすれば何でもいうことを聞いたのだが、今では糸の切れた人形のようだ。暴力から逃げる為に卑屈になる興梠も何とも面白かったが、今の退廃的な様はまた一段と魅力的だった。

 純真無垢な少女に現実を突きつけているかのような背徳感。正義を信じる少年から光を奪うような背徳感。

「私のこと好きなんだろ? じゃあ何してもいいよな、興梠。お前は嘘つきじゃないものな」

 まるで独り言だ、と私は心の中で笑った。人形に話しかける狂人のようだと。

 ワンピースの中に手を入れて、興梠の太ももを両手で撫でながらじわじわと上に登らせて、下着を掴む。ゆっくりと脱がして興梠の反応を見た。目が何度も瞬かれている辺り、もしや自分が今から犯されるのではないかと思っているのかもしれない。視線が右往左往している。

 ああ……なんでお前はそう私のツボを抑えているんだ。何でそんなにそそらせることをするんだ。それじゃあ我慢ができなくなるだろうが。

 脱がしたての下着を裏返し、興梠の顔を見ながらクロッチの部分を舌でねぶる。興梠は本格的に自分が犯されると思っているらしく、歯をカチカチと揺らした。それが私には非常に不愉快だった。

 何故、興梠は犯されるということが分かっているんだ? やはり、お前は犯された経験があるのか? 誰かに。私以外の誰かに犯された経験があるというのか!? 誰かと寝たことがあるのか?

 そうなると相手は誰だ? やはり姉か、それとも八瀬か?

 まあ、お前が見知らぬ誰かに強姦されたことがあったとしても不思議じゃあない……が、私は許さん。お前の体に誰かが触れたことがあるのかと思うと奥歯がへし折れそうになる。お前を犯すのも犯していいのも虐めていいのも、壊していいのも私だけの権利で私だけのものだ。誰にも許さん、誰にも譲らない。

「なあ、興梠。……そう怯えるな。正直に答えればお前が恐れていることはしない」

「…………」

 興梠はそれが真実かどうか考えあぐねているようだった。別に元より犯すつまりは……まだない。今犯してもお前は逃げればいいだけだ。犯されているのに、嫌なのに逃げられない現状。壊れていくのに壊れることしか選択を許されないような状況が私の望むものだ。

 返答を待たずに私は話しを進めた。

「ええっとそうだな……、お前、御前をどう思ってるんだ? 正直にいってくれ」

「……う、あ」

「喋っていいぞ。寝たままじゃ辛いか? 起こしてやる」

 軽い体を抱き起こしてやった。興梠は後ずさってガラスに後頭部をぶつけた。

 雨が上がった夕日を背にしたワンピースの乙女。スカートの部分から覗く、暗闇が何とも卑猥だった。

「早く喋ってくれるか。私は優しいが待つのは好きじゃない」

「あ、の、あず、まさんは……やさしいです」

「ああ、そうだ。知ってる。知ってるとも! あの方は優しい方だ。優しくて聡明で素晴らしいお方だよ。お前に言われるまでもなく分かってる。何年も付き添って私は見てきた。この二つの黒い目であの方のすることを全て。あの方は自分が全力を出してしまえば良くないことが起こると知っているから怠け者を演じているが本当は凄いんだ。神代の血を色濃く受け継がれているだけある。私の憧れで私の誇りなのだ、あの方は!」

 興梠の困惑した表情に、熱が入っていることに気がつく。小さく深呼吸して、笑った。御前を褒められたことが自分のことのように嬉しくて仕方がなかった。

 本来の目的を忘れかけている気がする。はて、何を聞くのだったか。

 ふと興梠を見ると何か言いたそうな目で私を見ていた。何だと聞くと奴は恐る恐るといった感じで口を開いた。

「あの、何で僕に、こんな……こんなことするんですか」

「好きだからに決まってるだろう? お前の姉と同じだ」

「ぼぼぼぼ僕の……お、おね、お姉ちゃんは違う! お姉ちゃんは違います」

 何だ、その目は。お前らしくない煌めいたその目は。何にそんな希望を持っている。何故、特別扱いをする。あんな女、私と何も変わらんだろうが。

「何も変わらない。何が違うというんだ」

「ち、違い……ます」

「…………」

 私はその言葉に苛立ちを覚えて興梠に飛び乗った。手首を押さえて、唇を奪う。唾液をねじ込み続けて、興梠を溺れせた。息を吸う暇も与えず、ただ唾液を流す。

 目を白黒させて鼻から私の唾液を出している姿が大変面白い。白い顔がどんどん青白くなる。

 唇を離してやる。器官にまで唾液が入ったのか興梠はまたダンゴムシのように丸まってコンコンと咳をした。

「……どうだ? 私とお前の姉、今の行為に何か違いはあったか? ああ、姉の方が“上手”だったか? 何だろうと、お前を壊すのは私だ。壊していいのは私だけだ。私が一番お前を上手く壊せる。私が一番お前を綺麗に壊せてやれる。愛でもって壊せてやれる。愛でもって犯してやれる。どうせあんな女お前の体が目当てのアバズレだ。私は違うぞ、それにあんな女の体よりも私の方が……。なんなら、今すぐ試すか? お、お前が求めるなら私はそれでも……」

 本当はお前を完膚なきまでに壊したい。だけどもしもお前が、お前から望んでくれるなら私はそれでもいい。いいのに……お前はどうしてそんなに悲しそうに泣いているんだ。何故そんなに泣いているんだ。私よりもあの女の方がいいというのか。ふざけるな。

 私のことがいいというまで殴り続けてやろうと拳を振り上げた瞬間、家のインターフォンがチープな音を告げた。

 嫌な汗が額を流れた。もう一度、電子音が耳に届く。

「そ、そんな……。そんな馬鹿な」

 時計を見る。あと二時間は起きないはずだった。

 東瑞希様は。

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