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まあ、あたしのコミュニケーション能力の高さと懐の広さのおかげか、興梠とはそこそこに打ち解けることができた。ような気がした。
奴は無表情ながらも心の中では人並みにいろいろと考えているらしい。いや、だけどそれを人並みの思考といえるかはやっぱり謎だ。やはりどこか普通とは違うのだけど、まあそれをいう必要はないか。
今度、美雪を連れて正式に謝罪をしたいと伝えると、興梠は美雪の名前を聞いて露骨に顔を強ばらせて、震えた。あたしが責任をもって二度とあのようなことをしないようにする、そんなことをさせないようにすると言うと、奴はあたしを一応か信頼しているらしく、少し考えるような仕草をしたあとに「東さんが一緒なら……」といって頷いた。自分の人徳というものに酔いしれそうだ。
空見て心の傷を癒している興梠を後にして、あたしは昼食中の八瀬を呼び出し、この町に住むという情報屋についての話しを(暴力をチラつかせながら)聞き出す。八瀬の一家はあたしよりもこの町に住んで長いらしく、というか長いのでいろいろな情報を知っているのだ。
自分よりも位の低い家の人間にものを頼むというのは何とも言いがたい屈辱を感じたが、同時に八瀬のプライドを刺激したのか事は思ったよりも上手く進んだ。
わりと近しい図書館に白い髪で赤い瞳の魔女(本当に八瀬は魔女と呼んだ)がいて、暇であれば何でも質問に答えてくれるらしい……が、それは十数年前の話しで、微妙にその噂も最近では変わってきているし、今もその魔女が生きていて、まだそこにいるのかは分からないとの事だった。半世紀近く続いてるらしい話しに信ぴょう性が一気に消え失せるが、八瀬の阿呆はわりかし真剣な顔で「結構、マジらしい」と言った。
いやいやよく考えてみろ。相手が二十代の頃から始めたとして、半世紀近く……まあ四十年やってるもの好きだとして六十歳。生きていたとしても、その年齢まで同じことを続けているとは到底思えない。暇人すぎるだろそれ。他人が妖怪とか言い始める気持ちもよく分かる。
半信半疑どころか九割嘘だろとか思いつつ、その場所へとバスに揺られて行ってみる。意外や意外、建物は美しく、築十年以上とは到底思いがたい近代的なデザインをしていた。夕闇の森に佇む魔女の館のようなものを想像していただけに拍子抜け。
二階と一階が吹き抜けになった清潔感溢れる図書館をうろついていると、それらしき人物に出会った。そいつは人のまったく寄り付かないだろう論文のまとめられた個室で一人で何かを読み耽っていた。
スラリと伸びたブロンドの髪に青みがかった瞳(赤ではない)でモロ外国人様といった風体。窓から漏れる光を浴びた少女は、小さな椅子に座りながらあたしに天使のような微笑みを零し、口を開いた。
「何見てんのよ、ばーか」
殺意が沸いた。
天使のような美しさと天使のような微笑みを持った少女の言葉はまさに悪魔と呼ぶに等しく、あたしがキレやすい十代とやらならば金属バットで此奴の頭に三回ぐらいはフルスイングをカマしていただろうが、あたしは平和的かつ大人しい黒髪の乙女なので、そういう野蛮な行動には至らなかった。代わりに読んでいる本を取りあえげ、閉じてページを分からなくしてやる。これが淑女の喧嘩のしたかでございます。
ギャアギャアと何かを叫ぶコイツを何とか黙らせ(暴力的行為は存在していなかったとあたしは主張したが、意見の相違が発生した)たあたしは噂の情報屋かと問いかけると、目の前の悪態女はあっさりとそれを認めた。何でも祖母の代からやっている道楽のようなものだったが、いつの間にかやらなくてはならいことに決定され、週一はここで本を読んで時間を潰しているのだという。
情報屋というわりにはペラペラと「今日はお母さんの番なのにお兄ちゃんとジオラマ作りに熱中しちゃって、二週連続でこんなダルいことやらされてるわけよ」とか何とかいっているが本当に大丈夫なのだろうか。他人の家族事情という奴はなかなかに面白いが、同時に不安になる。情報漏えい、ここに極めり。
天使のような悪魔は情報を知りたいのならまず自分のことを述べよといったので、しょうがなくあたしは自分の情報をいろいろと教えた。嘘八百で乗り切ろうかとも思ったが、その後のことを考え、真実を述べたほうがいいだろうと判断して、答えられるものはなるべく答えた。
どこから取り出したのか分からないノートブックに女はあたしの情報を打ち込み、それが終わると興梠の情報を教えてくれた。あたしの状況を考えると明らかに知ってはいけない情報とか知らなくていい情報まで教えてくれやがったので、殺してやろうかとも思ったが悪意があったわけではないらしかったので、そこは我慢する。というかわりとイイヤツくさいので許す。
一通り情報を聞き終わると女は天使のような声と顔で「ねえ、人を殺した時ってどんな気持ちだった? お婆ちゃんもお母さんも何でも教えてくれるし、何でも答えてくれるんだけど、それだけは教えてくれなくてさあ」と言ってくれたのであたしは「バーカバーカ! ブラコン性悪なんちゃって外人のバーカ!」と答えて、走り去った。
後日、美雪にその情報屋が実際にいた事を話すと美雪は滑稽な顔と声で大げさに驚き、あたしを存分に笑わせてくれた。よじれる腹を抑えつつ、美雪に母親のことを聞く。美雪は少し考えて、両親には執着がないと答えてくれたのが私には嬉しかった。いや、嬉しいというよりも救いと呼べたのかもしれない。
あたしはそこで己の母親を殺したのはわたしであるということを言おうかと思ったが、やはり言葉は喉の奥で留まり、別の言葉を押し上げた。
美雪に嫌われることが何よりも恐ろしかった。このあたしに対する美雪の感情が消え去って、それが憎悪に変わるのかと思うと恐ろしくて恐ろしくて仕方がない。だからあたしは、ただ美雪を抱きしめて、何時までも一緒にいようと心に決めるしかなかった。
償いだとか、後悔ではなく、ただそうしたかったのだ。




