24㌻
今日もあたしは一人で家路についた。
美雪曰く「興梠に何かあった時に、友達として私が対応できるようにしておかなくては」とのことで、今日も興梠の家までストーキングを楽しんでいるらしい。建前は立派だが実際には個人的な目的の為に奴の家が知りたいのは明らかだった。まあ、美雪がそれをやりたいと思うのなら、相手に実害のない領域でやればいいと思う。
そういえば、何でもこの町の図書館には地球のことなら何でも知っている情報屋がいるらしい。そいつに聞けば美雪が知りたいことは大体事足りてしまうのではないだろうかと思うのだけど、何十年も前から言われている噂なので眉唾な話しなのかもしれない。しかし、美雪にこれを教えたらきっと血眼になってその人物を探し、興梠のことを根掘り葉掘り聞くだろうなあとあたしは思った。ちょっと怖い。
まあ見ている限りでは美雪は奥手(たまに奥手なのか、そうでないのか分からなくなるけれど)なので変なことにはならないと思うが、たまに美雪は変態っぽい空気で興梠を見ていることがあるので不安になることがままある。嫌いな奴の安否を気にするというのも何か変な感じがするけれど、あの目は、いやほんと危ない。これが愛という奴なのか。なら、あたしには愛なんていらないな。
とりあえず、あたしは玄関に入るとカバンを廊下に投げ捨て、美雪の家に向かった。特にすることもないし、おやつの場所は美雪しか知らないし、両親はたまにしか面会に来ないしと、暇で暇でしょうがないのだ。美雪の部屋は美雪の凛としたイメージとは違い、随分と子どもっぽい感じがして見ているだけで面白い。美雪はああ見えても結構子どもっぽい性格で、アンコの詰まったヒーローのアニメが好きだし、土日にやってる特撮を見て手に汗握っているような奴なのだ。この前はベタベタなラブロマンスで涙ぐんでいた。純粋すぎてたまに危ういものを感じてしまうけれど杞憂であって欲しいと思う。
とりあえず玄関の隅に置かれたサボテンの鉢植えの下の鍵でガチャリと平屋のロックを解除し、引き戸を開けて靴を雑に脱ぎ去り、廊下に上がる。真っ直ぐ台所に向かうと、あたしはおやつを探した。散々あたしは自分の家でおやつの在処を探したのだけど、まったく見つからないあたり、おそらく美雪が隠し持っているのだと検討をつけているのだが、多分正解だと思う。と思ったら早速見つけた。冷凍室が二つある大きな冷蔵庫の一つめの冷凍機能が切られていて、そこにおやつが詰まっていた。そんなことできるのか、へー、ハイテク。ってか、うわ、うぜー! カロリー計算のメモとか貼ってあるし、御前はビタミンが足りてないとか、お肌はツルツルですわよ、ええ。
戦利品を胸に抱いて頬を綻ばせながらルンルンと廊下に出ると、美雪がそこに立っていた。「東さん」と一言。あれ、怒ってる? もしかして。
あたしは一瞬、どうしようと考えてそのまま「おかえり」といい、その後に勝手に上がった有無を伝えた。美雪はそうですか、と一言呟き、もう一度「そうですか」といった。妙な空気にあたしが大丈夫かというと美雪は無理に微笑んで大丈夫ですという。お夕飯直ぐに作りますねだって。明らかに大丈夫じゃありませんぜ。
通りすぎようとした美雪の腕を掴み、言わねばならぬことを正直に包み隠さずここで申せというと美雪はあたしをフルネームで呼んだ(凄く胃がざわめいた)あとに、自分は選択肢を間違えたと言い始めた。その選択肢は絶対に間違ってはいけない部類のものだったという。よく分からないけど何となく察するに、目の前で自分の愛犬が溺れていて、その場で何をしなきゃいけないか考えろ的な選択肢だと思われる。
助けを求めているものを助けなきゃいけない、それが私にはできなかったあああああああああああああああああああああ。ぐちゃり。
何そのどっかで聞いたことあるような状況。いやだわ、ほんと。……まあ、何か話しを聞いていると、美雪は興梠の家までいったはいいけど、そこで興梠の姉が現れ、興梠の唇を奪ったそうな。え、なに、ただの嫉妬?
興梠が助けてほしそうに見えて、助けることができなかったとか何とか。怯えてたとも。
あたしはそれを聞いて、うーんと心の中で首を捻る。多分それ幻覚とか、そうであってほしい心から生まれた幻覚とか、幻覚じゃあないのとか思うわけだった。あの無表情で心を閉ざした人間が、今更どうこういうかなあと思うのだ。多分あの表情は諦めから来ていて、助かったという経験がないから、ああいう顔とああいう雰囲気になってるんじゃないかなあと。
っていうか、興梠の奴そんなアレな環境だったのね。いや、この際、興梠が姉ちゃんと何か危ない関係だったとかは、どうでもいいっていうか初めからどうでもよかった。だってそれを突き詰めていくとあたしが壊れちゃうんだもの。ねえ、だってそれもろにアレじゃないとか思うわけですので無視する。虫人間だけに。
現実とやらを少し直視してやると、美雪は嘘をついたり何かを誤解するような阿呆な人間ではない。ということはそれは事実であるということに他ならない。美雪はロマンチストで少し抜けているけれど、それだけは確かなことだった。だから本当に興梠は美雪に助けて欲しかったのかもしれないけど…………でもだからどうなの?
助けたところで何が待っているか、どういうリスクがあるのか考えたことあるのって思う。例えば性的暴行を受けている少年がいて、それで家族がまわっていたとしようじゃないの。助けたせいで、加害者が別の人間にその矛先を向けたらどうするの? 家庭崩壊でその子が飯食える状況じゃなくなって、孤児として暮らすようなったとして、それはよかったと言えるのかって。
それを興梠に当てはめて考えてみる。興梠が保護されたとして、姉が有罪にならなかったらどうするの? 有罪になったとしても、興梠はこの町でやっていけなくなるし、どこかに引っ越したとしても、その影はついて回る。助けることはつまり、レイプされたという因子を奴につけてしまうことになるってことなのだ。ハッピーエンドになったとして後々、その姉とやらに復讐されたらどうするの? 興梠が、あるいは自分が殺されるようなことになってもいいの? 有罪になったとして、後々別の誰かがその姉の餌食になったら? 興梠のこれからの世話は誰が見て、興梠のおかしくなった行く末を誰が正しいといってやれるわけ?
美雪、お前は純で綺麗で美しいよ。間違っていることを間違っていると言える人間は稀で稀有で美しい。そんな人間があたしを慕ってくれているのかと思うと誇らしくすらある。けどね、みんながお前のように美しく正しいわけじゃないんだ。そう上手くはいかないんだ。世の中の人間は間違っていると言うことで生まれるリスクから身を守るために“無視”だとか“無関心”を装うんだ。みんな内心違うと分かっていても、リスクがそれを上回ると思ったらそうするのさ。それも一つの正義なんだよとあたしは思うがそれを口にできるほど、あたしは残酷でも冷酷でもないので、どうしようどうすればと泣いている美雪をただ抱きしめてやることしかできなかった。
あーあー、だから言ったのに。不幸を呼ぶよって。




