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はなせはなせはなせはなせはなせはなせはなせはなせ!
離して。わたしはそれを望んでいない! 今の私はそれを望んでいない。
彼女はわたしを見つめます。腕を振りほどいて後ずさるわたしに距離を詰めながら。
「ねえ、どうして」
ぷんと鼻を掠めるやわらなか匂い。女性の匂い。
「私のこと嫌い? 少しも興味ない? 私、君が好きだっていってくれるなら何だってしてあげれるよ。君が知らないこと、知りたいこと教えてあげる」
彼女はそういって笑います。わたしに微笑みます。赤い舌ベロで唇を湿らせながら、笑います。ですけどわたしは。
「私といて、苦しかった? 辛かった? 嫌じゃなかったでしょ? ここちよかったはずだよ。だって私と君は……」
「今の僕は僕で、前の、僕はぁっ」
「今の君も好き。それじゃダメ? それともお姉さんが好きなの?」
目を細めてわたしを見る。わたしを。
あとの詰まったわたしは馬乗りにされて、両手を抑えられて、匂いがわたしを侵食して行く。匂いが温もりが、熱いくらいの湿り気が、わたしの上でのたうつ。蛇のように、ナメクジのように絡みつき、少しづつわたしの殻を衣を溶かしていくのです。咀嚼に似た、それが。
ガラスの光がわたしの目を眩ませます。彼女の顔を撫でる舌ベロが視界を遮ります。一つづつ丁寧に、体のパーツを確かめるようなその動きが、生物的なその動きが。
「ねえ、どう? 答えてよ、ねえ」
「うっうっうっ」
目を見るな目を見ちゃいけない。魔物だ魔物の目だ。わたしを食い破りそれを気づかせない魔物の目だ。わたしの半身がもがれてもそれを気づかせない魔物の目だ。
彼女はわたしの服を脱がせます。わたしのズボンの中を彼女の震えた手がまさぐります。誰か、誰か助けて下さい。助けて下さい。大きく膨らんだわたしの頭を、心を見つめながらわたしはそう思いました。わたしが思いました。それを分かっているはずの彼女はやめてくれません。東さんは衣を、殻を脱いで、わたしとひとつになろうと、して。
襖の開く音。
「御前……、何を、して」
「あっあっあっ……」
願いが聞き届けられた。願いが、叶えられた。
わたしはきっとイビツな笑い顔なのでしょう。彼女が、神足さんがイビツな表情を浮かべているのだから。
彼女はテーブルをポンと乗り越えて、わたしと東さんを力強く剥がしました。くるりと廻るようなケリがわたしの頬を殴打し、わたしは真横に飛びました。本棚に激突し、バラバラと本がわたしの頭の上に雨のように降ってきます。
東さんが何かいっています。神足さんは聞いていません。わたしは頭を持ち上げられて、前には堅そうなテーブルが……が、つ、ん。
「…………!」
何かいっているようですけど聞こえません。耳がキインとしていて上手く聞こえません。視界が真っ白と真っ青が混じったパステルな色合いでよく分かりません。斑模様の視界と分厚い紙を間に挟んだような声で何も分かりません。
少しづつ視界が戻ってきます。何かが、わたしの顔を殴っています。誰かは東さんに肩を掴まれていて、何か言われていて、首元を掴んで拳がわたしの顔を何度も、ぐしゃりぐしゃぐしゃ。
酷く冷えた顔で彼女はもう一度わたしの頭を上げて。
机に。
頭。
ぶつん。
暗い暗い土蔵の中、わたしは首に輪をはめられ、地面に寝そべっていました。首輪にはジャラリと重い鎖。先は大きな柱に繋がっています。引っ張っても簡単には取れない手応えです。高い天井の小さな窓から漏れる光はあまり時間の経っていないことをわたしに教えてくれました。
白い壁とむき出しの地面。壁際には時代劇でみるような座敷牢がいくつも連なっています。ここはどこなのでしょうか? 単純に考えるのなら東さんの家の端っこにあったアレなのでしょうけど。
「私らは……」
「あっ」
「私らはな、自分の主人を命を張ってでも守らなければいけない。神足の家は代々そうして生きてきた。それは御前自らやったことでも言えることだ。当然、露払いも私らの役目だからな。だが、個人的心情から私はお前に謝罪をしたい。……すまない」
青い甚平姿の神足さんがすぐ隣の暗闇からわたしに声を掛けました。わたしは内心酷く怯え、心臓を縮ませたのですけど、それはおくびにも出しません。
「どうしてああなったのかというのは御前から伺った。それでも一応、お前からの言葉も聞きたくてここに運んだ。首輪はパニックになって暴れられても困るからだ」
「あの、東さんは」
「強制的にお休みになっていただいた。酷いパニックを起こしてな。無論、私のせいだ」
少し、ほんの少しだけほっとしました。それが顔に出ていたのでしょうか、神足さんは壁に背をもたれさせながら歯を見せて笑いました。
「ははっ、そんなに安心したか。お前は御前が嫌いなのか? 御前に迫られるというのは光栄なことなんだぞ。そう、とてつもなく光栄なことだ。それをイヤだというお前は世の男どもに八つ裂きにされても文句はいえんな」
「あ、あ、あの、僕は救われました。だから……」
「はははっ、救われた? おかしな事をいうな。救われた。救われた、か。はははははははっ、救われたと。やっぱりお前は何も分かっていない。いや、だからこそ、か」
酷く彼女は嘲笑的な表情を作り、笑いました。
「ああいうのは、その、イヤ、ですから」
「ああいうの……か。ああいうのとは、どういうことをいうんだ? どうしてああなった。ここのところお前と御前は随分と親密のようだが何があったんだ? 全て話せ」
「え、っとあの」
「まずは……御前にされたことから教えろ」
そういって彼女はわたしの……上に重なり、手を近づけ、その、顔を近づけました。
「この状態からどうなった? ん、どうした検証をしてるだけだ」
「え、あっ、両手を塞いで、顔を舌で、僕の……顔を」
「顔を? 舐めまわしたのか? こうやって」
滴る唾液がわたしの額にぽたりと零れました。皮膚に当たるか当たらないかの距離を舌が行き来します。
これは、何かが、おかしい。
「あの、口頭じゃ」
「だめだ。それでは何がどうなったのか分からない。さあ、ここで御前はどうした? お前に乳房を揉ませたのか? それとも唾液を交えたのか? お前の棒切れのような体をまさぐったのか? なあ、どうなんだ? 早く答えろ」
息が熱い。何かぬるりとした嫌な汗がわたしの背筋を伝います。
何か嫌な感覚が。嫌な匂いが。女性の。
「お前が喋らないなら私の方で想像でするしかないな。お前は御前の乳房を揉みながら、御前と接吻したんだろ?」
「ちが……――んっ」
熱い。にゅるにゅるした嫌なものが、唇を割って入ってきます。妙に力強く、暴力的な舌ベロが、わたしの中に……。姉様の時とは違う、これは、わたしを貪る、ような。口端から唾液が溢れて止まりません。息が、追いつかない。
「ぷっ……甘ったるい味だ」
「はあっ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
「ははははっ、何て色っぽい顔をしてるんだ、お前は。私はただ検証してるだけだぞ?」
彼女は熱っぽい目線でわたしを見つめて、笑います。それは………………東さんと似た何かでした。
今一度と、彼女の顔が近づきます。顔をそむけるわたしを鎖を引っ張って無理矢理にそちらを向かせました。口を固く噤んでも彼女は構わず舌を突き入れようとします。
あ、ぐえっ。
……それでも閉じ続けた結果、鳩尾に拳が叩き込まれました。開いた口に無理やり舌を入れ、中をかき混ぜます。
体重を全てわたしに預けるような重たい口付け。顔を両手で掴んだ彼女主導の暴力的な接吻。片方の手がわたしの履き物の中に入って、下半身をまさぐります。わたしの反応を見ながら舌を混ぜ、手を動かします。わたしは涙を浮かべてブルブルと震えるのですけど、彼女には関係がないようです。
わたしはわたしが壊れないように、潰れてしまわないように、消えてしまわないように必死に体を揺すって、心を落ち着けます。ゼロとイチの間を行き来します。
でも何も和らがない。心は決して。
「んんっ!」
不意に熱いものが込み上げ、バチリとイヤな衝撃が脊髄を通りました。体が筋張ったように張り詰め、彼女に触られている部分が、ああ……うう。
うううううううう、ううううえええええん。
「ははははっ、達したな! お前は私に触られて、私に口づけされて達したんだ。興梠、お前は御前ではなく、この私で!」
彼女はむせび泣くわたしに興奮した面持ちで高らかにそういい、ヌルヌルした手をべろりと見せつけるように舐めました。
わたしは、ただ、よく分からない感覚と彼女が恐ろしくて、涙を流しておりました。
ただひたすらに。




