第四話
ディナーは家族全員が揃っていた。商人である父はいつも忙しいが、必ずディナーだけは顔を出している。何でも、家族の顔を見ない親など親ではないらしい。
この父親にして母親である。我が子の成長をいつも楽しみにしているのだと。両親は本当にできた人だ。体が欲望でできた僕とはあまりにも差がある。いくらでも自慢ができるほど優れていて優しい家族思いの人間だ。
妹たちもそうだ。彼女たちはいずれ貴族様のお嫁になるために毎日一生懸命勉強している。小さい頃はあれだけ兄様、兄様と追いかけてくれた妹たちも今では立派なレディだ。時の流れとは早いものだ、それが少し残酷でもある。
そして僕だ。こんな立派な人たちとは程遠いクズの塊だ。欲望を隠しもせず、生きたいように生きる。もう、こんな兄で申し訳なくなる程だが将来はこの親の商会を継ぐ必要があるのだ。きっと学校生活が終わればこの欲も治るだろう。こんな立派な親が作って大成功している商会を潰すなんて、いくら欲望の塊のクズであろうともなけなしのプライドが拒むのだ。
さて、そんな素晴らしい家族を紹介したいと思う。
父、アレクシス・ヴァレンティス。一代で商会を作り大きくした起業家であり立派な商人である。様々な品目を扱い、「困ったらヴァレンティス商会」と呼ばれるほどに大きくなった。
母、セリーヌ・ヴァレンティス。父アレクシスを支える優秀な人物。公私共にアレクシスを支え、子育ても抜かりない。実家は伯爵家でアレクシスとは恋愛結婚をしたそうだ。
長女、イリス・ヴァレンティス。我が妹にして気が強い女の子。声の通りがよく、甲高い声ではないが活発で運動が好き。体力測定では堂々の学年一位を出している。
次女、ミレイユ・ヴァレンティス。我が妹2人目にしておとなしい女の子。オドオドとしているが、物覚えがよく頭がいい。学力テストでは貴族様を置き去りにし一位となった。
そして僕、レオン・ヴァレンティス。元平民が転生しこの体を得た。我慢をやめ欲望全開で生きている。
「ところで、レオン。最近の調子はどうだ」
父アレクシスが僕に話しかける。商人だが体格がそれなりにがっしりとしているので、それだけで圧がある。一瞬、洗脳のことがバレたかと思ったが、普段通りの優しい口調であったため、気を抜く。
「ぼちぼちですね。進展もなく後退もなく。だけど、魔法の練習をし始めまして成果はまだ出ていないですが、新学期が始まる前には習得して見せます」
「ふむ、良いことだ。しかし焦りは禁物だ、魔法は特に精神と密接な関係にある。余裕を持って励むことだ」
父はそう言うと口元を拭き、ワインを一口飲む。
「さて、そんなレオンに朗報がある」
「何でしょうか」
いつになく真剣な父の顔に僕も食事を止める。なぜか鼓動が早くなる。今ならやましい事がある犯罪者の気持ちもわかる気がする。気持ちを落ち着けるために、グラスを手に取り水を飲もうとする。
「お前の、婚約者を決めた」
「え?」
右手からグラスが滑り落ちていく光景がやけにゆっくり見えた。
ガシャンッ!
大きな音をたててグラスが割れる。飛び散ったガラスが鋭利となり僕の足元に散らばる。これでは危ない。僕は席を立ち、ゆっくりと離れる。焦りは禁物だ。
「ごめん、動揺したみたいだ。掃除メイドを呼んでくれないか」
それにノエルが答える。
「かしこまりました」
少し焦った顔をしながら通信している。可愛いやつめ、そんなに僕の事が心配になるか。あとで可愛がってやろう。目線を隣に移すと、クラリスもまた厳しい顔をしている。耳も尻尾もピンとはり緊張しているのがよくわかる。
さて、話を戻さないとな。
「失礼しました、父上。で、その婚約者とは」
父もそんなに驚かれるとは思っていなかったのか、目を大きく開けていたがすぐに元に戻り、話を続ける。
「ああ、婚約者はシャーロット・ラングフォート伯爵令嬢だ。知っての通り、仕事関係で伯爵とはよくしてもらっていたのだ」
「ラングフォート伯爵令嬢ですか、同い年の方ですね」
「その通り。明日お見合いを用意しているから、迎える準備をしておきなさい」
「わかりました」
ようやく掃除メイドがやってきて、椅子の下のガラスを丁寧に掃き取る。一礼してその場をさっていく。椅子にまた座り食事を再開しようとすると、隣に座っていたイリスが話しかける。
「兄様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。驚かせてしまってすまない。イリスも大丈夫か?」
「はい、兄様。私もミレイユも大丈夫です」
イリスの奥を見るとミレイユもコクコクと頷いている。両手でグラスを一生懸命に握っている。きっと僕が落としたのを見て気をつけようとしているのだろう。
「ミレイユ、そんなに握らなくても大丈だよ」
「つい、強く、握ってしまいました」
ミレイユは穏やかな性格をしているので、突然の大きな音や吃驚することなどは苦手なのだろう。実際グラスを強く握ってから、あまり力が抜けていない。しかし、程なく時間が経てば、緊張もおさまるだろう。
それにしても本当に唐突に婚約者が決まったものだ。次女とはいえ伯爵令嬢を自分の息子の婚約者にできるなんて、父はどんな素晴らしい仕事をこなしてきたのだろうか。
この僕とは比べ物にならないほど、立派だというのがこれだけでもよくわかることだ。
さて、伯爵令嬢はどんな人物なのかな。楽しみだ。
いかがだったでしょうか。
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