第三話
思考の海から上がると、専属のメイドがちょうど報告をしに来ていた。
「レオン様、奴隷の身支度が終わりました。この後、どのように致しましょうか」
奴隷の身なりを整えさせていたメイドは着替えに行き、代わりに専属のメイドが報告に来た。確かに、汚いまま僕に報告に来られても逆に困る。そういう配慮のできる有能なメイドは好みだ。
「じゃあ、その奴隷をさっきの応接間に連れていって。あぁ他のメイドに頼んでね、君たちはちゃんと僕の後についてきて。あと、わかってるとは思うけど、ちゃんと奴隷は僕が入ったあとに連れてきてね」
「かしこまりました」
専属のメイドは頭を下げ、扉の方へ向かうと、こめかみに人差し指を当て目を瞑っている。通信魔法を使う時のセオリーだそうだ。農民だったから、魔法なんて知らなかったけど、こうしてみると僕が住んでいるこの世界はすごいものだ。
ふと、奴隷の名前を忘れてしまった。
「クラリス、奴隷の名前なんだっけ」
名前を呼ばれたもう一人の専属のメイドは、頭についている特徴的な耳をピクピクと動かすとさっとこちらに来る。
「リエナ、でございます」
「あぁそんな名前だったね、まったく物の名前も覚えられないとは良くないね。これから沢山使っていくことになるんだし、大切にしなきゃね」
ふふふ、とクラリスは微笑むと手のひらを上に向け、差し出す。
「お立ちになりますか?」
「ああ、待たせすぎるのも良くないしね」
そう言い、手を取りソファから立ち上がる。そして扉の方まで向かうとすでに通信が終わったメイドがこちらを向いていた。
「レオン様、メイドの方も着替えが終わっております。奴隷の方も準備は出来ているそうです」
「ありがとう、ノエル」
「とんでもございません。これが私の務めですので」
ノエルは綺麗なお辞儀をする。いつ見ても誰よりも所作が美しいと思う。行動の端々に品性の高さが滲み出ているのだ。
「じゃあ、ノエルもついてきて」
「かしこまりました」
扉に近かったノエルが僕のために扉を開け、そっと扉に手を添えている。そこを通り、僕は先ほどの応接間に向かう。屋敷程大きくはないがここの家もなかなかの広さだ。主に使っているのはこの応接間と自室と寝室だけなので、他の場所はほとんど何も置かれていない。そのせいでもっと広く見えてしまうのもあるのだろう。
応接間につき、一番奥の席に座る。配置としては少し長いテーブルに、辺の長い方には三人位が座れる椅子を置き、辺の短い方には一人用の椅子を用意している。そして、今座ったのは三人掛けの方だ。
理由は簡単だ。僕が真ん中に座り、両脇にクラリスとノエルが座るのだ。
クラリスは左側でノエルが右側に座るのが最近の定石となっている。
「ふたりが両隣にいると、匂いがいいんだよね。いつも最高だよ」
「ふふ、ありがとうございます」「私こそお隣で嬉しく思います」
ここでメイドの話をしよう。
左側に座っているメイド、クラリス。
本名は、クラリス・フィールズ。同い年14歳だ。クラリスは亜人族の一人で猫のような耳と尻尾を持っている。体温は高めだ。
右側に座っているメイド、ノエル。
本名はノエル・ラセール。同い年14歳。ノエルは人族だ。体温はそこまで高くないが、魔法の腕はピカイチだ。
そして、ふたりとも総じて女の子の匂いがする。とてもいい匂いで、いつまでもかいでいたい匂いだ。
二人とも幼馴染ではないが、同い年のメイドということもあって、専属にしてもらった。
それ以降もっと仲が良くなり、こうしていつも就いてもらっている。もちろん、洗脳はかかっているが。
コンコンと扉をノックする音と、奴隷をお連れしました。と言うメイドの声が聞こえる。入れと僕が命令すると、扉が開き、先程とは見違えるように綺麗になった翼人族のリエナがそこにいた。大きな白い翼とは対照的に胸に刻まれている黒い奴隷紋。そのコントラストがあまりにも蠱惑的で今にも手を出しそうになるが、主人としての威厳を保つためにグッと堪える。リエナはテーブルを挟んでその向こう側で立ち止まった。僕が座りなさい、というとリエナは対面の椅子に座った。
「……リエナ、と言ったな。これからは僕の奴隷だ。僕のために命令を聞き僕のために行動し僕のために死ぬ、それがこれからの君の使命だ」
リエナはまだ俯いている。僕の目を直視するのが怖いのだろうか、それとも単純にこの状況をまだ受け入れられないのか。もしくはその両方か。いずれにしたって、奴隷が主人の声に反応しないなどもってのほか、少しわからせねばならない。
「誰を前にして俯いているのだ」
怒気を含めて威圧をしてみると、リエナはビクッと肩を振るわせ恐る恐るこちらを見る。
「貴様には声がないのか? この僕が話しかけたら答える。奴隷でなくてもできることだ」
「も、申し訳ございませんでした。ゆ、許してください」
威圧に当てられてもっと怖くなったのか、半べそを掻きながら許しを乞う。女の子が泣きながら自分に許しを求める姿は、幼いこの体にも十分嗜虐心を育むだけの効果がある。さっきからにやけ顔が止まらない程に。
「あぁ許そうとも。何があったかは知らないが、奴隷に落とされて惨めになって挙げ句の果てに買われた先が金持ちの子どもの玩具になるなんて僕には考えられない心境だからなぁ」
ヒクッとリエナの瞼が上がる。今の状況を口で説明されて改めて現実を思い知ったのだろう。ゆっくりと目を見開いてもう一度僕を見る。その真っ赤に腫れた目は絶望していた。
「しかし、苦しいのは今だけだ。大丈夫。僕の側にいれば全部忘れられる。さぁこの手をとって」
飴と鞭、絶望と希望、恐怖と安心。交互に与えると人はいつしか洗脳より怖い執着心と言う中毒症状になるだろう。奴隷として買われる絶望と買ってもらった後、身綺麗にしてもらえる希望。幼い子どもを前にする安心と急に叱られる恐怖。そして怒られても手を差し伸ばしてくれる飴。一瞬のうちにこんなにも交互に情緒を揺さぶられれば、誰だって手を伸ばしてしまうだろう。
リエナの手が僕の手にそっと触れ、それをぎゅっと握り返し、リエナの顔を見つめる。少し赤みを含んだ頬をしながら僕を見つめ返す。
堕ちたな。
リエナの瞳の光がなくなり、黒ずんでいく。そして中心部分にピンク色のハートが浮かび上がり、パッと元の瞳に戻る。
これで完全に言うことを聞く奴隷の完成だ。思わず笑みが溢れる。目の前のリエナは何のことだろうと首を傾げているがこちらとしては大成功で気分が高揚しているのだ。
やっぱり洗脳はすごい。いとも簡単に人を操り人形にできるのだから。
いかがだったでしょうか。
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