4: 俺の名を広める時がきた!!
クラスのマドンナ、莉里ちゃんに、ぬいぐるみを持って菅井と語っているところを見られた。
終わった。
僕の高校生活、完全終了のお知らせだ。
そして、さらに最悪なのは、莉里ちゃんが 笑ったこと。
いや、違う。僕を見て笑ったわけじゃない……はずだ。
でも、その笑顔が 嘲笑に見えたのは、僕の被害妄想なんだろうか?
莉里ちゃんにだけは見られたくなかった。
なのに、よりにもよって、どうしてこんなタイミングで……。
傷心の僕に、莉里ちゃんが近づいてきた。
「ねえ、さっき襟音くん、ぬいぐるみ持ってたよね?」
心臓が跳ねた。
(……これ、どう返事するのが正解なんだ……?)
「いや、あれは、その……!」
とっさに否定しようとした僕だったが、莉里ちゃんは畳みかけるように言葉を続けた。
「もしかして、キナスのぬいぐるみ?」
(いや! 違うけど!! 断じて違うけど!!)
でも、ここはキナスのぬいぐるみってことにしておいたほうが傷は浅くて済むのか……?
選択肢を必死に探す僕だったが――
悩む僕のことなど お構いなしに 、おじさんが鞄から顔を出した。
「なんだ? キナスは俺だが、なんか用か?」
「ちょっ、お前!!!」
僕は慌てて鞄を押さえようとするが、時すでに遅し。
「まさか……魔王の配下が暴れだしたのか!?」
(いや、ここは普通の高校だから!!! )
僕の必死の抵抗もむなしく、莉里ちゃんは 目を輝かせた。
「うわぁー! すごい!! 本物のキナスだ!!!」
(は? 本物? 本物の要素一つもないですけど……)
「このAIすごいね! 声も最高!!!」
(ちょっと待って、なんか不穏な発言が聞こえたような?)
「えっ? 今なんて?」
「このAI、ほんとリアルだね!」
(いや……そこじゃなくて……こ……声も最高?
とか聞こえた気がするけど、気のせいだよね……?
最高どころか 最悪だよ!!! )
僕の絶望をよそに、莉里ちゃんは 食い気味で質問を続ける。
「ねえ、これ、どこに売ってるの? やっぱり高かった?」
この勢いの中、なんと答えるべきか悩んでいる僕をよそに――
おじさんが 勝手に答えた 。
「俺は売り物じゃない! 襟音によって、長い封印が解かれ目覚めたのだ!!」
(……お願いだから黙っててくれない??? エリオットって呼ばないで……)
「ねえ、これ、動画撮ってもいい?」
「え?」
僕が答える間もなく、莉里ちゃんはスマホを構えていた。
「ちょっと喋ってみて!」
「待って!?」
僕の制止が間に合うはずもなく、おじさんは当然のように張り切る。
「動画とは何だ??」
「うわぁー! ほんとリアル!!!」
やめてくれ…これ以上話すな……!!!
「じゃあ、なんかカッコいいセリフ言ってみて!」
終わった。
おじさんは大真面目な顔でぬいぐるみの腕を組み、声を張り上げる。
「俺の名はキナス! 数々の戦場を駆け抜け、魔王を討ち果たす勇者!!!」
僕はその場で頭を抱えた。
莉里ちゃんがめちゃくちゃ感動してるけど、僕はそれどころじゃない。
今、学校の教室でぬいぐるみと写真撮影していること自体がすでにアウトだ。
「これ絶対バズるよ!!!」
「いやいや! だめだめ!!!」
「なんで? こんなすごい喋るぬいぐるみ、みんな見たがるよ!」
「えっと……まぁ、その……できれば、あんまり広めないでほしいというか……」
「ごめん、もう投稿しちゃった!」
「……は?」
静寂が訪れる。
「いやいやいやいや!! 今なんて言った!?」
「襟音君、すごい反響だよ! もう500再生されてる!」
「はやっ!?!?!?!?」
その場で僕の顔が青ざめる。
画面を見ると、すでに「#リアルキナス #喋るぬいぐるみ #イケボ勇者」というタグがついて拡散され始めている。
(どこがイケボだよ!! キナスじゃなくてきなこだって!!)
しかし、当のおじさんはスマホの画面をじっと見つめ――
「……ほう?これは一体なんだ?」
「何って、動画だよ!!」
(動画も知らないって、いつの時代の人だよ?このおじさん)
「動画とは……魔法の映像記録か?」
(そういう認識なの!?!? 何がなんでもキャラを貫き通す的な?)
「さらに、この……ほう、拡散とは、つまり呪文のようなものか?」
(いやもう訳わかんないけど!!)
「つまり、この魔法書を使えば俺の名が世界へ響き渡るのだな!」
「違う違う違う!!!止めてええええ!!!」
「俺の名を全世界に轟かせれば、仲間たちを見つけられるかも知れん」
おじさん、お前は本当に黙れ!!!