第9章 瑠衣、絵画に目覚める?
ダブル不倫の両親に見捨てられた結城瑠衣は、母方の祖父母のもとに身を寄せた。その日、人が一人死んだ。一応事故死と処理されたが、被害者の荷物が一つ見当たらない。
祖父母の村、山川村はど田舎だ。温泉街は斜陽化しているし、農業も行き詰まっている。その中で、村にアニメ館を作り、アニメ会社を誘致し、セレブなアニメーターに移住してもらうと言うとんでもない話が起こった。東京のコンサルタント会社の持ち込んだ企画だが、アニメーターの現実を知っている瑠衣はそれがザルな企画だと看破し、もっと地道な村おこしをしようと
「瑠衣、おじいちゃんの結城旅館、継ぐつもりなの」
休み時間、雪にうずもれた校庭を見ながら、美由紀がぼそりと聞く。
「それね、まだ結論が出せないの」
おじいちゃんは継いでもらいたがっている。おばあちゃんも同様だ。瑠衣はこの村に住むと決めたが、旅館を継ぐかどうかはまだ結論が出せない。
旅館街のほとんどが跡取りの問題を抱えている。美由紀だって結城ホテルを継がなくてはいけないが、まだ、結論が出せないでいる。正月前後と夏休みを除いては客室が満室になることはない。ホテルは赤字を何とか出さずにしのいでいるが、それがいつまで持つかどうかわからない。一番、経営がうまくいっている美由紀のホテルでさえ苦しいのだから、それより小規模の家族経営の効率の悪さを抱えているほかの旅館で、経営は厳しい。
「儲かる方法がないかな」
「あったら大人がもうやってるよ」
「美由紀、あんた、他力本願よね」
「何よ、その言い方。子供のできることなんてあるわけないじゃん」
この言い方、ここに来てから何度も聞いている。両親から捨てられたときも、子供には何も出来ない、諦めなさい、という言葉。よそ者といわれても、子供には何も出来ないとたしなめられた。アニメ館がいい加減だと企画会社の数字の出所の曖昧さを話してみても、子供の言うことに誰も耳をかさない。そして子供が、子供に対して、子供には何も出来ないという。
「出来るよ」
「何が、もう瑠衣ってば……」
美由紀が眉をへの字にしてぼやいた。
「出来る。子供にだって出来ることがあるよ」
「瑠衣、何が出来るというんだ。じいさんにも言われたけど、もう子供が村の事業に口を出すなってさ」
委員長も口を出す。
「出来る。まず、宣伝するのよ。前にも言ったけどインターネットでサイトを立ち上げ、村をみんなに知ってもらうの」
瑠衣はあの尻切れとんぼの話を蒸し返した。
「サイトって作れるの」
「パソコンがあればちょろいもんよ」
瑠衣はかつて友人がヤオイのファンクラブのホームページを作るとき、それを手伝った経験がある。それは言うほど簡単ではなかったが、ちょろいとでも言わなければ誰も話に乗ってこないだろう。
「この学校にパソコン教室あるじゃない。あれでこの村のサイトを作るの。観光の宣伝になるんだし、お金もソフトを買うだけだからほとんどかからないし、みんなでお金を出し合えば、そんなに高いものじゃないわよ。フリーソフトだってあるしね」
「それはそうね」
何人かが瑠衣の勢いに押されて肯く。
「でも何を宣伝するの。そんな目玉になるようなものなんてないでしょう」
心配性の美菜が口を挟む。
「なければ作るのよ」
「アニメ館のこと? あれって瑠衣が反対しているのに」
「他の物を作るのよ。経費がかからなくって、建物じゃなくって、もっとリーズナブルで私たちでも作れるようなものを」
「金のかからない目玉なんてあるわけないじゃない」
「ある。巨大絵を作ろう」
「はあぁ?」
みんなあっけにとられた。巨大絵って言われても何の事だかわからない。
「そうよ。巨大絵よ。あのさ、先週の美術でドット絵をやったじゃない。二色の点々で絵を描くやつ。キャベツってみどりと紫があるでしょ。あれをドットに見立てて絵を描くのよ。畑いっぱいに」
今、ここで浮かんだ思い付きである。口から出まかせに近い。
「縦横百メートルあるのよ」
早苗が茫然として呟く。
「そう、すごく大きなものが出来るじゃない。ほとんどギネスものよ」
瑠衣が満面の笑みで言う。ひょうたんから駒の自分の思いつきに感動していた。
「それって出来るの」
「すごく大変だよ」
みなの頭の中に縦横百メートルほどの巨大な絵が浮かんだ。
「そんなもの、飛行機からでもなかったら見えないじゃない」
満が言うようにみんなの視線は懐疑的である。
「大丈夫。畑の北側には丘があるじゃない。ほらスキー場。あそこから見下ろせば畑だって全貌が見渡せる。リフトがあるから、老若男女誰でもかなり高いあそこにだって簡単に登れる。その上見晴台もある。キャベツだから夏中、ずっと絵になってるよ」
「そっかなぁ」
「村には耕作してない畑が一杯あるじゃない。そのいくつかを借りて、キャベツ絵を描くのよ」
あまり突飛なアイディアにみんなは何と考えていいか、次の言葉が出てこなかった。しばらく沈黙が続いた。
「それだけじゃなく、もっと極彩色の絵を描いてみない」
山持ちの娘、美菜が言い出した。
「何、それ」
瑠衣がきょとんとした。瑠衣は自分で言い出したアイディアだが本当はいまいち理解できていないのだ。
「うちのスキー場、昔は夏の間、放牧場にしてたんだけど、おじいちゃんは歳だし、お父さんも街に働きに出て、牧場はやめてしまったの。夏の間、スキー場には何もないの。ただの草ぼうぼう、ほったらかしになっている。でもあそこの緩斜面、ほとんどでこぼこがないからおっきなキャンバスになると思うの。花の種を蒔けば、花の色で絵が描けるんじゃないかな」
「ナイス・アイディア」
瑠衣が座を盛り上げる。みんな、のってきて、かなり興奮している。
「あの……迷路なんてどうかな」
早苗がぼそぼそと喋った。
「迷路って、確かこの前、生物の実験したやつ」
「そう、マウスを走らせて学習の実験していたんだけど、あれの大きなやつを作るの。人間用の迷路」
「どうやって、結構金がかかるんじゃないか。あの時は、村の廃材で作ったからただ同然だけど、観光となれば、板とか備品とか買い込まなきゃいけない。とてつもない金額になる」
委員長がダメ出しをする。
「だから、この村の産物で作るわけ」
早苗の意見に満が大きく手を打った。
「ひまわりか。あれなら人の背丈より高く育つから迷路になる」
「それにとうもろこしだって背が高いよ」
早苗がノリノリでアイデアを出す。
「うちに耕作していない畑があるの。あそこ以前はとうもろこしと大豆を育てたんだけど、今は空き地。あそこならお父さんに言えば借りられるんじゃない」
早苗の家は区画整理で大きな畑を手に入れたが、その支払いに追われている。結局父親が街に働きに出て借金を払っている。そのため農作業の手が足りず、拡張した畑の半分はいまだ耕作出来ずにいる。
「やったあ、それいい。それならかかる費用は種だけだし、うまくいけば作物も取れる」
瑠衣は歓声を上げた。
「そんな簡単にいくかな」
思案顔の委員長が暗く水をさす。
「いかせるのよ。若いんだから、行動あるのみ。そんなに心配ばかりしても、始まらないじゃない」
瑠衣が仕切る。そのとき廊下から盛大な拍手が聞こえた。
「すばらしいわ。私、感動してしまいました」
拍手の主は担任の沙耶先生である。この先生も地元の人間で、村が好きでこの学校を志願した経緯がある。
「村思いの生徒を持って、私、先生冥利に尽きるわ。私で出来ることは何でも言ってね。もう何だってやってあげるから」
涙を浮かべて沙耶は感動に身を震わせている。
「ほんとにいいの」
瑠衣は嬉しくなった。口から出まかせ、言ってみただけのもので何の後ろ盾もない。先生に味方になってもらえるのなら百万の味方を得たも同然だ。
「力になってくれる?」
「勿論よ」
みんなの頭の中の勝手な妄想が形を持ってくる。
「パソコン教室の鍵、貸してくれないかな」
紆余曲折の後、高校一年はその勢いで村おこし同好会を発足させた。年度途中での部の創設は出来なかったので、苦肉の策だ。部室はパソコン教室にした。本来なら部室など持てないのだが、そこは同好会顧問の沙耶の計らいでなあなあのうちに決まった。さすが先生である。年も若いし、理解もある。校長先生を説得し、ほかの先生の協力も仰いだ。むしろ沙耶が率先して村おこし同好会創設に力を注ぎ、関係者の仲介役を買ってくれた。
まずはサイトを立ち上げた。それからクラスの親を説き伏せて、畑を借り受ける。畑に描く絵は浮世絵や世界の名画の中から簡単にドットで書き表せるようなものを選び出す。著作権にも配慮して、今時のキャラクターは除外して、古典的作品を選び出した。簡単でしかも誰もが知っている有名なものが選定の基準だ。ゲレンデに書く絵のほうは色が使えるのでもっと自由に選べる。絵心のある早苗と美菜が中心になって絵を百メートル四方の拡大絵画にするべく、パソコンを使って計画した。とうもろこしとひまわりの迷路も計画図を作る。そこで必要な種はおのおのの家から持ち寄ったり、寄贈してもらったりと、正月明けから雪深い二月、三月で計画は着々と進んでいく。
「えぇ、データがなくなってるよ」
美菜が泣きそうな声を出す。
「パソコンの中のどっかのファイルの中に紛れていないの」
早苗が脇から覗くと、作ったばかりのホームページのアイコンがない。確かデスクトップに出しておいたはずなのに。
「ひえぇ。そんなあんなに手間暇かけて作ったのに」
瑠衣も奈落に落ちたかの様に騒いだ。このところ、妨害工作が続いている。学校の中のパソコンだからセキュリティは全くないに等しい。そろそろ本格的に実行しようとした矢先に、ホームページのプログラムが消えている。
「誰がやったんだ」
委員長が怒鳴るが、怒鳴ってもデータが復活する訳ではない。
「ここのところ、しょっちゅう、邪魔されるね」
美由紀がのんびりと入ってくる。
「どうせ明美姉さんとその一味の仕業でしょう。この前、ヒマワリの種が勝手に発芽したように」
つい先だってもヒマワリの種が水に浸され、ボイラー室の脇に置かれていたのだ。当然水分を含んだ種が、温かさにつられて発芽してしまった。畑はまだ雪の下、こんな時期に種をまいても枯死してしまうだけだ。仕方なしに種を買いなおさなくてはならなくなった。ひどい被害だ。そのあと、備品や種、その他もろもろが時々なくなっていたので、みんなで気をつけてはいたが、さすがに学校のパソコンまで手を出すとは思わず、管理に気を配っていなかった。
「ひどいのよ。美由紀、あんなに時間かけて頑張って作ったホームページがなくなってちゃったのよ」
瑠衣は美由紀に泣きついた。
「大丈夫、ここにバックアップしておいたから」
美由紀は鞄の中からUSBメモリーを取り出した。
「あれ、いつの間に」
瑠衣は美由紀を見つめた。さすが美由紀だ。いつだって準備がいいし、機転がきく。肝心の時にきらっと存在感を放つのだ。瑠衣はなんだかんだと言っていつも美由紀を頼っていた。おかげで最悪の事態は回避できた。
結局この一件から瑠衣たちは備品管理のために最善の注意を払うことにした。管理と計画のずさんさが撤回され、本格的な事業形態をとることができた。子供のお遊びという評価が見直され、逆に村人からの信頼を得ることができ、新規に協力者が現れ、箱物の推進派に対抗する勢力になってくれた。
三月も後半に入ると、温室を借りて、キャベツの苗を作り始めた。このころになると、協力者が協力者を集めてくれて、クラスの親だけではなく、賛同者が増えていった。キャベツ作りのノウハウを教えてくれる農家の人たちが現れ、素人のケアレスミスを指摘してくれる。
「そろそろ、予想図でもサイトに乗っけたいね」
誰かが言い出し、CGで予想図を書くことにした。さすがにこれは高校生のレベルで出来るものではなかったが、かと言って業者に頼むような予算はない。困っていたら、沙耶が大学時代の友人に話をつけてボランティアで作ってもらった。ただではない、村で取れるとうもろこしや米の現物支給だ。意外に沙耶は顔が広い。一同、沙耶を名誉顧問として最高の尊敬を払った。
四月になって雪が解けるとともに畑の開墾が始まる。別に瑠衣たちは収量を上げることを念頭に置いていないので、肥料や耕作は一切無視して、雑草が生えないように白クローバーを播くだけにした。肥料代もばかにならない。
白クローバーは繁殖力が強く、おかげで他の雑草が生えてこないという便利な代物らしい。村で新しい農法に詳しい農業オタクのお兄さんから教えてもらって早速、とりいれた。実際、迷路やらドット絵に観光客がやってきたら、草むしりをしている暇がないと踏んだからだ。農家の子供たちは草むしりの過酷さが身にしみている。そのうえ、開墾は重労働である。トラクターでやるとはいえ、そう簡単なものではない。しかも借り受けた畑は今までずっと野晒しの休耕地だ。耕すことが大仕事になると脅されていたから、楽が出来るならその方がいい。
温室の苗はキャベツ作りの農家の人たちの指導がよかったので、順調に育ち、植え付けの時期が来るのを待つだけになった。
雪が解ければ測量も出来ると、アニメ館推進派たちも動き出した。しかし、どこに建てるかで、綱引きが始まり、測量にはなかなか取り掛かれなかった。それを尻目に瑠衣たち、村おこし同好会には数々のアイディアが集まり、土産物屋や、休憩所をやると名乗り出てくれた農協の人たちとの懇親会を開き、着実に計画を進めていた。
村おこし有敷者会議、敷は敷地の敷という語呂合わせで村の傍流を集めた。主流派は誘致の場所を巡って論争を繰り広げる。根回しやらなにやら、企画会社はそのたびに新しい企画を持ってやってくる。それをめぐってまた論争が勃発し、なかなか結論が出なかった。それを尻目に、有敷者会議の面々は地道に農作業に励んだ。農作業というものはやってみると最初は結構面白く、次いで大変になってくる。
五月に入るとキャベツの植え付けが始まった。苗をパソコンで作った絵柄どおりに並べて植え込む。パソコン上では簡単に作れたというのに、それを実際、手で植えつけるとなると、簡単には終わらない。植え間違えると絵にならないので、植える前、植えた後と何度もチェックし、百メートル四方の植え付けに三日を要した。
腰を曲げての作業、しかも苗は一つ一つはそんなに重くないとはいえ、それが一ケース、百株ともなるとかなりの重さになる。通常、キャベツ苗の植え付けは機械化されているのだが、ドット絵であるために機械が使えない。それで、昔ながらの手作業になる。いくら若いからと言って中腰で、かにさん歩きをしながら、苗を植え付けるのは苦行である。半ばを過ぎれば拷問になり、最後に近づくほど、死刑台を上っている心境にすらなってくる。
その中で、ランニングシャツで苗のケースを肩に担いでホイホイと動き回っている剛のものがいた。
「あれ、誰だろう」
瑠衣がふうふうと喘ぎながら見上げる相手は、精悍な顔つきの浅黒い少年だ。
「かっこいい」
ぼんやり眺める。しばらく見ていてようやくわかった。委員長だ。委員長が眼鏡を外している。
「瑠衣、何さぼってんだ」
美少年から怒鳴られて、瑠衣は現実に戻った。声はいつもの委員長だ。
「どうしたの、メガネ」
「ああ、汗で曇るから外しているんだ。農作業の時はいつもだ」
涼しげな眼、くっきりと弧を描いた眉、すっきりとした鼻筋と形のいい唇、そんなものに今まで気がつかなかったのはどうしてだろう。まるでヤオイ系の美少年だ。しかも受けのか細いタイプではなくちょっと影のある攻の方だ。完璧に瑠衣の好みである。それが身近にいたというのに気がつかなかったとは、なんてうかつだったのだろう。
「あれ、あ、あのさ」
「疲れたんだったら休憩してもいいぞ。後はおれがやっておくから」
あっさりと言って瑠衣の持っていた苗箱も自分の物に重ねて積み上げ、ひょいっと肩に担ぐ。その姿に胸がキュンとなった。遠ざかる後ろ姿を見送って瑠衣は自分に気合を入れた。
「何よ、瑠衣。惚れるな。愛なんてもんに振りまわされて、今までお前はどれだけ酷い目にあったんだ。愛なんて邪魔なだけよ。傍迷惑なんだ。絶対にあたしは愛に振り回されないって決心しただろう」
拳を作って自らに小声で言い聞かす。
「愛なんてくそくらえ」
何やら恋の予感、それともただの思い込み。何はともあれ、農作業は続く。




