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第8章 瑠衣 チェーンソーに驚く

ダブル不倫の両親に見捨てられた結城瑠衣は母方の祖父母のもとに身を寄せた。その日、人が一人死んだ。事故死ということで処理されたが、被害者の荷物が一つ見当たらない。

ど田舎にやってきた瑠衣はなんとかクラスにも馴染み、ここで暮らしていくことにした。しかしど田舎だ。そのど田舎に、アニメ館を作ると言う話が持ち上がった。アニメ会社を誘致して、セレブなアニメーターに住んでもらい住民税ガッポガッポな計画を東京のコンサルタントが持ってきたのだ。それに反対する瑠衣。瑠衣は東京でアニメーターの貧乏さを知っていたからだ。瑠衣はクラスメートを巻き込んで村おこしを始める。


 おじいちゃんは頻繁に旅館組合の寄り合いに出かけた。当初は事故のあった温泉の源泉のフェンスの改修に伴う金策についてだったが、その話はひとまず春まで凍結された。それよりも、企画会社の話を受けるか、受けないか、温泉郷でも喧々諤々の口論となっていた。推進派と反対派、それと中間派、話はいつまでも平行線だ。

「おじいちゃんはどっちなの」

「反対だ。お前が言うとおり、アニメ館はおかしい。わしも東京に行ったとき、アニメーターとやらを見たよ。確かお前が教えてくれたんだっけ。疲れ果ててぞろぞろコンビニに弁当を買いに出ていたな。あれを見たら、世界に冠たる日本の映像文化、最高のコンテンツと言われても俄かには信じられないだろう」

「うーん、おじいちゃん。アニメは確かにすごい映像美だよ。日本の映像芸術の中ではアニメと特撮は最高級だと評価されているのは事実。でもそれを作っているのがワーキングプアなんだな。何でか知らないけど……」

 瑠衣はこの年頃の女の子のご多分にもれず、アニメファンである。ヤオイオタクの友人に洗脳され、一時は美少年ものにはまったこともある。

「もっとちゃんとした企画を出さなきゃね」

「何だか、瑠衣、変わったな。ついこの間まで東京に帰りたいって言っていたのに、この村が気になるのかな」

「うん、まあね。ここに住んでもいいよ」

 そう言うと瑠衣はちょっと照れたように笑った。今までここには一時的にいるだけだからとおじいちゃんたちを困らせていただけに、この方向転換は気恥ずかしい。

「そうかそうか」

 おじいちゃんは満面の笑みを浮かべた。おばあちゃんも袂で目頭を押さえ涙を拭いている。愁嘆場を演じるのは気恥ずかしいので、瑠衣はわざと明るくふるまうと、話題を変えた。

「あのさ、おじいちゃん、粗大ゴミ、出したいんだけど」

「いつでも村の集積場に出しに行けばいい。今日は泊まり客もいないし、車を出してやろうか」

 瑠衣はようやく荷物を処分する気になった。おじいちゃんは東京のマンションを引き払う時、一応すべての荷物をここに運んだ。その後で捨てられる物は捨てていったのだが、一部はいつか東京に戻った時に使えるのではないかと、捨てきれずにいる。邪魔になるのは承知だが捨ててしまっては東京に戻れなくなるような気がした。この一カ月の間、何度も両親のスマートフォンにかけたが、繋がらなかった。彼らの勤め先はすでに辞表が出されていたし、両親の不倫相手の連絡先どころか、顔も名前も知らない。東京の友人には一応、両親が帰ってきたら連絡を欲しいと頼んでおいたが、いまだに全く情報がない。

「もう捨てなきゃね。邪魔になるだけだし」

 ここで生きていくために区切りをつけたかった。リビングに置いていた食器棚や小物入れはおじいさんがばらして焚きつけに使うと言っていたが、他の物、ステレオやテレビなどは使い道がなかった。

 村の外れの集積場は役場に連絡さえしておけば、住民ならいつでも粗大ゴミを捨てることができるシステムになっていた。役場の職員が持ってきた台帳に名前と住所、それと捨てるゴミの種類を書き込んで後は、当事者が捨てる。瑠衣は玄さんとおじいちゃんに手伝ってもらって、思い出深い品々をプレハブ小屋に運び入れた。

 雑然と積まれている粗大ゴミの山の脇にテレビやら何やらを置く。これでもう帰るところはない。ここに住む、そう心の中で繰り返した。それでもつい涙もろくなる。涙を隠すために視線を落とした。

 感傷的になりうつむく瑠衣の目に飛び込んできたものは、ごっついチェーンソーだった。確かアメリカあたりのスプラッタ映画で殺人鬼が振り回していた奴だ。それがでんと置かれている。

「何で……」

 感傷がぶっ飛んだ。あたりを見ると、それは一台ではない。四、五台が乱雑に置かれていた。それ以外にも錆びついたでかい斧、なた、大鎌などが、柵の中に放り込まれていた。トラクターのシャベル、ブルドーザー、除雪機、発電機、空のドラム缶、粗大ゴミと言うより、産業廃棄物か、映画の大道具室のようだ。

「何でこんなものがあるの」

「壊れたからだろう」

 おじいちゃんが平然と答える。

「……」

 瑠衣は口に出すべき言葉を失っていた。

「チェーンソーだよ。だれが使うのよ、こんなもん」

「一家に一台、生活必需品だろう。だれでも持っているものだ。使えば壊れる。何年かに一度は買い替えなくちゃならない」

「チェーンソーって家電製品だったっけ……」

 所変われば品変わる、生活も、生活備品も変わる。ここに住むと決め、生活に馴染もうと心に決めた瑠衣だったが、それが地に付いていくには、思いのほか、時間がかかりそうだ。



 雪が降り出して村は白一色に変わる。十二月も半ばに入るとすぐに雪が根付き、企画会社の話は進まなくなる。雪の前に少しでも測量を始めたいと言っていたのに、例年になく早い初雪とその後の根雪で、村は雪に喰われていく。

「で、あの後、企画会社は来たの?」

 瑠衣は美由紀に尋ねた。美由紀のホテルが会社の定宿になっているからだ。

「ううん、予約も入っていない」

「スキー客なんてどう」

「ぼちぼちかな」

 美由紀にしてもアニメ館は心配だが、目先のことのほうがもっと心配だ。もともとこのあたりの雪質はかなりいい。しかしこの数年のスキー離れで観光客はジリ貧だ。正月前後はともかく、その後のスキーシーズンは子ども会のスキー教室やクラブ活動の合宿などがちらほら入っているだけ。瑠衣の旅館も同様で、彼女たちの頭はそのことでいっぱいになる。

 平野地区は冬の間、まったく仕事が出来ない。二十数年前、平野地区は耕地整理事業で、大規模な田畑が出来上がった。縦横百メートルほどの区画整理された立派な田畑で、機械化、大規模化の末、このあたりの平均耕作面積は本州の中でも飛びぬけて多い。しかしその田畑も冬になれば雪の下に埋もれて、人の手では何も出来ない。ビニールハウスも作られているが、石油高騰で採算が取れなくなり、放棄されているところが目立つ。かつて、冬場は出稼ぎに出ていたが、このごろではほとんどの人間が片道一時間以上かけて都市部まで通勤して、兼業農家が主流になっていた。

 しかしそのために一家の働き手が常時、農作業から外れることで、残った人間に負担がかかる。農繁期でも農業は老人と嫁の手に任され、三ちゃん農家が増えていく。三ちゃんとはじいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんのことで、その三人でやる農業には労働力に限界がある。勢い、広い農地を耕作することができず、休耕田ばかりが増えていく。

 結城温泉郷のほうは湯量の豊富さと、一時の温泉ブームで何とかやりくりをしていたが、バブル崩壊の後は閉める温泉宿もでてきた。都会から移り住んでペンションを始めた人間の中から、廃業者が相次ぎ、廃屋が目立ち始めた。さすがにそれでは景観が損なわれると危ぶまれたので、温泉協会の方針で、みんなで金を出し合って、廃屋を取り壊し、植栽をして綺麗な遊歩道にした。その経済的負担は皆の肩にずっしりと係り、借金の返済のためにどこも自転車操業でやりくりをしている。おかげで源泉のフェンスなどは後回しになり、事故を招いた。

 危機意識を持った温泉業界は何とか力を合わせて、みんなで雪かきをしたり、送迎バスの運行をみんなで当番制にしたりと、企業努力で経費節減に懸命だ。スキーシーズンになると旅館街とスキー場をピストン運行するバスも旅館街で運営した。旅館で出す料理の食材も、共同仕入れをして経費を節約しているが、それでも客はじりじりと減っていく。



田舎の必需品、家庭電化製品の一つのような、チェーンソーに度肝をぬかれる瑠衣だったが、これからジリ貧の山川村を建て直せるのか?あ、本当にところによっては一家に一台くらい普通にあるんだよ。

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