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第19章 瑠衣、瑠衣、遺書を返す

村おこし同好会が村の有志と一緒に作った、ひまわりの巨大迷路で、旅館の泊まり客の坂口が死んでいた。村は殺人事件に大騒ぎになった。瑠衣は坂口の部屋に入ってカバンから遺書を見つけて、持ち出してしまった。村は殺人事件に盛り上がるし、警察報道陣は来るし、観光客も来て大騒動になっている。そこに坂口の遺族がやってきた。悲しみに浸る家族を見て、瑠衣は遺書を渡そうとしたが、ない。なくなっていたのだ。


 昼飯の後、村の中を聞きまわっていた刑事たちは結城旅館に戻ってきた。夕食を宴会場で取り、盛り上がっている。川瀬は瑠衣に言われて途中で混ざって座に入り酌などしていた。その川瀬がふらふらで部屋に戻ってくるのを瑠衣は捕まえた。

「酔いざましにコーヒーでもいかがですか」

「そんなに酔ってませんよ」

 酔っていないという人間ほど酔っているのは世の常識である。川瀬は部屋に入るや否や布団の上になだれ込んだ。瑠衣はそこで尋ねる。

「何かわかりましたか」

「子供に話せるわけ、ないでしょう」

 と言ったが、瑠衣がにんまり笑って拳を作ったので、川瀬はいっぺんに酔いから覚め、布団の上できちんと正座して神妙に瑠衣に聞かれるままに答える。

「何かわかりましたか」

「死因が特定できたそうです。筋弛緩剤を多量に打たれて、それが直接の死因です。その出所もわかりました」

「どこです」

「坂口が持ってきたものです。田舎を出る時に知り合いの獣医から譲ってもらったらしい」

「何に使うつもりで」

 言うまでもないと、瑠衣は思った。自殺するために持ってきたのだろう。委員長が筋弛緩剤や麻酔薬でも死ぬことがあると教えてくれた。今から自殺しようという人間だから、それなりに調べたのだろう。ネットで調べればそれは簡単だ。

「坂口は復讐に使うつもりだったらしい。そう細君が話してます」

 あ、そうだ、そう遺書にも書いてあった。

「村に儲け話を持ってきたブローカー。ま、いうなれば企画会社ですね。そいつを追って坂口はこの村に来たらしい」

 と、ここで川瀬はここまでへこへこする必要がないことに気がついた。何と言っても自分は三十男だし、相手は小娘ではないか。

「見つかったのかな」

「それはまだ分からない。どこでも地方には産業たる産業がない。坂口の町も斜陽化し先細って来ていた。そこにやってきたブローカーに騙されたということだ。坂口の町は北海道ではごく平凡な牧畜の町だ。しかし、牛乳は生産過剰になっている。ほれ、あんたみたいなやせっぽちの女の子が増えているだろう。牛乳は太ると思いこまれているから、牛乳の消費量は減る一方だ。痩せたきゃ清涼飲料水を減らせばいいのにな。ま、そういう情勢で坂口の町は、ブローカーの話に乗って箱ものを誘致した。遊園地や観光施設なんかを作り、それだけじゃ集客した人間を受け入れられないから、泊まるところも作った。坂口も町に言われて、観光牧場に宿泊施設としてのペンションを作ったそうだ。乳しぼりをしたり、干し草を積んだりできるとかいうものだったらしい。そこで取れた牛乳などでケーキを作ったり、ハムを作ったりする体験型のものだそうだ。町を上げて誘致しようとしたら、計画途中で東京のホテルが撤退して、計画はとん挫した」

「撤退なら赤字出さずに済んだんじゃない」

「そうでもないんだ。造成がほぼ終わってかなりの金額が使われた後だったらしい。町は巨大な債務を負ってしまった。しかも多くの町民はすでに多くの施設を自分の金で作ってしまった後だったしな。もともと町の中は推進派と反対派で割れていた。そこで失敗したものだから推進派の中心だった坂口が責められた」

「それで復讐、まさかその相手があのアニメ館の連中だったりして」

「それについては調べようがないんだ。だいたい、坂口の町を食い物にしたという連中がだれかなんて、企画がとん挫しているし、しかもその会社はそのために倒産している。今のところ、確たる情報が集まっていない。それにアニメ館の連中には絶対のアリバイがある」

「アリバイって……」

 すでに警察は殺人事件として考えているようだ。

「死亡推定時刻を聞いたよな。四時から六時の間。もう少し可能性があって、プラスマイナス一時間くらいは誤差の範囲らしい。それでいくと犯行可能時間は三時から七時の間になる」

「あいつら、村にいるじゃない」

「ヒマワリ迷路は平日だったのであまり人がいなかった。人がいないものだから農協の売店も昼過ぎには引き上げている。見張りの早苗ちゃんたちも学校が終わってからだから、迷路に着いたのが四時半を回ってたという。観光客はいなくて、五時前に見回りをして閉めた。その時に不審な人物は見ていない。もちろん、死体もなかった。あればあんな目立つ代物だからな。三人で見回りして気がつかないはずはない。五時じゃまだ明るいしね、見落とすことなんてありえないだろう」

「じゃあ、坂口さんは五時過ぎてあそこに行ったというの」

「そう警察は見ている。あのブローカーたちは五時前には戻ってきて村の主だった連中と宴会をしていた。中座をしたのはトイレくらいだったとホテルの従業員が証言している。もちろんホテルも出ていない」

「あら、フロントを通らずに出ていったかもしれないじゃない」

「確かにホテルを出るだけならそれも可能だが、ヒマワリ迷路までどうやっていくんだ。駐車場から出ていった車や自転車はない。警察が押収した防犯カメラの映像には、あそこを八時以降出入りした車両はない。あそこまで裏山の近道を通ったって自転車で往復二十分かかる。車なら国道でもう少し早く往復できるが、それにしても車も自転車もなくてトイレ時間で行って殺して帰ってくることは出来ない」

「ドコデモドアとか」

「お前、あれを信じているのか。おめでたいな」

 そう言われて瑠衣は顔を真っ赤にして俯いた。

「いいねえ、若い子は。ドコデモドアでも、通り抜けフープでも、スモールライトでも信じていろよ。ついでにグルメテーブル掛けとか竹コプター、タイムマシン、四次元ポケット、翻訳こんにゃく、適応灯、もしもボックス、空気砲、どれを信じても構わないが、でもそんなものは現実にはない。殺人犯はちゃんと足で移動するか、自転車、車を使うしかないんだ」

 瑠衣だってそんなことは言われなくてもわかっている。それどころか、そんな名前がホイホイ出てくる川瀬の方が幼い気がする。

「でも五時前のアリバイはないんでしょう」

「五時前には事件は起きていない。百歩譲って五時前に坂口さんが殺されたとしても、死体をあそこに置くには五時以降でないと、無理だろう。あの連中は一晩中ホテルから出ていない。アリバイが成立する」

 自殺だからアリバイもくそもないはずだ。それでも警察は他殺とみている。

「自殺の可能性はないの。薬は坂口さんのものでしょう」

「無理っぽいよ」

「どうして」

「注射器を握っている。これじゃ注射出来ないだろう」

 そう言って川瀬は注射器を持つ指の格好をする。普通、人差指と中指で持ち、親指で押し込む、確かに医者はそうする。

 でも、握って刺して、それを地面で押し込む、それでも注射しようと思えば出来ないことはない。無理すれば可能ではある。不自然だが。

 そのうち川瀬が酔いつぶれて寝てしまったのでそれ以上は聞き出せなかった。仕方がなく、瑠衣は携帯で美由紀を呼び出し、裏の川で会うことにした。美由紀に川瀬から聞きだしたことを説明する。守秘義務はこの場合、全く忘れられている。

「ホテルでブローカーたちは本当に宴会をしていたの」

「うん、それって確かよ。うちの仲居さんたちに警察が確認していたから。あと企画会社の人が警察に聞かれていたのを見ていたんだけど、確かに坂口さんと面識があったんだって。地獄谷で会って文句を言われたって言ってた。それは地獄谷の売店のおばさんも見ていた。ただけんかの内容まではわからない。どうも坂口さんが勝手に突っかかっていったらしい。企画会社の連中は肩がぶつかって難癖をつけられたと言っているの。もちろん会社の人たちは五時に帰ってきてから一歩もホテルから出ていない。フロントを通っていないし、裏口だって七時には閉めるもの。宴会がお開きになったのが八時を回っていたんだから、会社の人が出ていくことは出来なかった。もっとも見張っていたわけじゃないから、宴会が終わった後、会社の人が出ようと思えば出られないことはないけどね」

 美由紀もホテルの従業員から話を聞きこんでいたようだ。

「でもさ、川瀬さんの話では坂口さんが誰かに騙されたのは本当らしいよ。結局箱ものができてしまって、その建設費だけでもかなりの金額がかかったというから」

「それは警察も調べているんでしょう。確かにあの会社は開発会社だし、各地の第三セクターに関係しているのは確かよ。そんな話をうちの仲居に自慢していたから。でも、そんな業者はいっぱいいるし、あの人たちが坂口さんをだましたっていう確証はないんでしょう」

 美由紀もはともと殺人などといった殺伐としたことに縁のない人間である。瑠衣とは違って早くこの騒ぎが収まってほしいと思っている。

「でも警察はどうしても殺人だって見ている」

 それが二人の判ったことのすべてだと言える。

「ねえ、遺書があったこと言っちゃおうか」

「そんな、だって瑠衣、現物がないんだよ」

 瑠衣は後悔した。あの時は勢いで遺書を隠した。そうすることで騒ぎが大きくなり旅館の予約が増えるとさもしい考えを持った。その結果、警察や報道は事件だと言って追いかけまわし、坂口さんの家族は悲しみに暮れている。



 翌日、学校に行っても委員長はまだ複雑怪奇な顔をしていた。つまり、まだ、何も閃いていなかった。ホームルームで瑠衣は自分が調べたことを報告した。川瀬が教えてくれたこと、宿帳を抜き出してメモした被害者の住所氏名、年齢などを、読み上げる。勿論、遺書については隠していた。

 全く進展がないまま、時間だけが過ぎる。憶測だけが花を咲かせ、話題になり、とうとう東京のテレビ局からも取材班がやってきた。夕方のニュースで流されるや、どこの局からも入れ替わり、立ち替わり、やってくる。ワイドショーや報道ニュースがこぞってこの事件を取り上げ、コメンテーターと称する専門家が、それぞれの専門から勝手な推理を繰り広げる。村に野次馬が増え、旅館は満室状態になった。

 旅館の仲居をはじめ、売店の売り子、温泉街は沸き立っていた。従業員一同、はつらつとしている。

「殺人事件は本当にプラスになったよね」

 瑠衣は美由紀に向かってため息をついた。

「遺書はまだ見つからないの」

 美由紀が訊く。

「うん、まだ。でもあれが自殺だとしたら、こんな騒ぎにはならなかったよね」

「騙しているのって気が引ける」

 そうだ、遺書、あれを隠してどうなるか、誰が益を得るか、それは勿論旅館街だ。村だ。観光客が増えるんだから、遺書が出てこないことでプラスになるのは村だけだ。犯人が益を得るんじゃなくて村が益を得る。

「犯人が隠したと思っていたよね」

「うん、そうでしょう。瑠衣だってそう言ってたじゃない」

「そうだよ、そう言った。でも、遺書があればあれは自殺よ。犯人が隠すどころか、犯人が存在しないわよ。それなのに犯人が隠したなんて、あたしたち、理屈に合わないことを言ってたのよ」

「それって」

「坂口さんは自殺だと困るのは村だ」

「だから瑠衣が隠したんでしょう」

「そうよ、あの部屋に簡単に入れるのは犯人じゃない」

 瑠衣は急いで母屋に入り、良子を掴まえて川原に連れてきた。

「あのね、ここだけの話よ。事件がわかった後、あたしの部屋に入ったでしょう」

「あら、お嬢ちゃん、何を言い出すの」

 良子は引きつった笑いを浮かべた。

「ここだけの話だから、言って欲しいの。あたしの机の上から手紙を盗ったでしょう」

「知りませんよ。遺書のことなんて」

 瑠衣は大きくため息をついた。良子さんって本当に根っからの正直ものだ。ほんとにお人好しで、絵にかいたような善人だ。こんなことなら、遺書がなくなったとき、良子さんに聞いておけばよかった。そうしておけばこんなに気を揉むことはなかったのに。

「あのねえ、良子さん、あたしはまだあの手紙が坂口さんの遺書だなんて言っていないんだけど」

 あまりにも簡単に良子がばらしてくれたので、遺書については解決した。良子も遺書があれば自殺になって騒ぎにならず、客も集まらないと思って隠したのだ。

「ま、ここだけの話だからね。仕方ないよ」

 瑠衣は自分も遺書を隠した手前もあり、あまり強くは言えない。

「良子さん、遺書に触っちゃった?」

「ええ、触らないと読めませんから。いけないんですか」

 良子の指紋が付いている遺書、いまさらどうやって人に見せられるだろう。このまま隠している方がいいのか。

「悪いことはわかっていますが、いまさら出るに出られなくて」

 小さくなって良子は言い訳をする。言いだせなかったのは瑠衣も一緒だ。でも遺書が出てきたことにほっとした。なんとかしてあの坂口さんの妻子に返さなくてはいけない。

「あのさ、旅館の貴重品預かりの金庫があったでしょう」

「あれですか。でも何も入っていませんよ」

「そうよ、あれってほとんどのお客さんが使わないでしょう。部屋にある小さな方を使うだけで、フロント奥にある大きな方に預けるお客さんはいないわ。で、あそこから出てきたってことにするの」

「なんで……」

「つまりね、あたしがお客さんから大きな封筒を預かったんだけど、すっかり、忘れていたって言い訳をするのよ。あんなドタバタだもの。忘れたって仕方ないじゃない。良子さんが掃除をしていたら何か出てきた。それで封筒の中身を見たら遺書だったってね」

「それでなんとかなりますか」

「なるわよ」

 あまりなんとかならなかった。刑事は大騒ぎをするし、瑠衣は大目玉を食った。それよりもなにより、遺書が本物かどうか問題になり、県警に連絡を取り、鑑識御一行様が再び現れたり、テレビ局もそれを大々的に報道したりで大騒動になった。真偽にみんなが勝手なことを言い出した。結城旅館の前には何台ものテレビ局の取材班が並び、夜のニュースに間に合うように編集作業に怒号が飛んでいる。



遺書は結城旅館の貴重品預かり金庫から出たということで、一応、警察に渡された。これで自殺ということになるのか。状況としては他殺が疑われる。そして犯人は?

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