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第18章 瑠衣、もと警視庁刑事をパシリに雇う

村おこし同好会と村の有志が作った観光の目玉、ひまわりの巨大迷路で、瑠衣の旅館の宿泊客、坂口が死んでいた。村は殺人事件ということで大騒ぎとなる。しかし、瑠衣は坂口の鞄を漁って、そこに遺書があり、それを隠し持っていたのだ。自殺ではないかと思う瑠衣。画素の遺書が消えてしまった。


  待つことしばし、満がやってきた。満だけじゃなく美菜も来た。

「何で、美菜まで」

 瑠衣がぎょっとしてわめいた。

「おれだけよりもっと力になってくれるよ。美菜はこれで無類の推理小説マニアなんだ」

「そうね」

 あっさりと美由紀が賛同する。

「仕方ないね。でも、ここだけの話だよ。絶対、絶対ここだけの話だからね」

 瑠衣は念には念を押して遺書のことを話した。

「遺書なんてあったんだ」

 あっけにとられて満が言う。

「でも瑠衣の部屋、鍵がついていないんだろう」

 委員長が聞く。

「うん、和室だもの。ふすまだよ。そんなものに鍵なんて取り付けられないよ」

「誰でも入れるわけだ。家の人とかじゃないか」

「だったら何か騒ぐはずだよ。遺書だよ、今回の事件の要だろう。何か言いだすと思うけど、誰も何も言わないなんておかしい」

 満が割り込む。

「でも、瑠衣。君、ここまでどうやってきたの」

 委員長が聞く。

「え、裏口から川に降りて、そこからホテルの従業員入口に回った」

「そうよ。それだわ。この旅館街、みんな親戚のようなものだから、裏口は川原に向かっていつでも開いているの。だから誰でも入ろうと思えば瑠衣の部屋に入れるのよ」

 美由紀が説明する。

「つまり……」

 瑠衣は怖くなってきた。プライバシーなんて何もない。それどころか、誰かが勝手に自分の部屋に入って遺書を持ち出したのに、全く気付かなかった自分の不用心さが、恐ろしくなった。もともと瑠衣は一度熟睡すると、何が起きても起きない豪傑である。

「誰が持ち出したのか」

 と、満。

「わかんないよね」

 美由紀も眉間にしわを寄せる。

「そんなことより、何で持ち出したかだよ。問題は」

 委員長が探偵気取りだ。

「どういうこと」

「遺書があるということを知っていなくちゃ持ち出せない。つまり、遺書を持ち出した人間は遺書があることを知っていて、それがあると困る人間だ」

「困るって、何を」

 四人は言い合っていたが埒があかないので委員長の権限で満が場を仕切り、原点に返った。

「とりあえず、もう一度探してみよう」

 委員長がそう言って部屋を出る。それに瑠衣と美由紀、満、美菜が続く。結城旅館は表が騒がしくなっていたが、裏は人気がない。瑠衣の部屋に入ると四人で手分けして探した。四畳半に押し入れという狭い部屋だ。あっという間に探すところがなくなった。

「やっぱりない」

 四人は落胆して座り込んだ。

「遺書、本当にあったのかよ」

 委員長は懐疑的だ。

「あったよ、ねぇ、美由紀」

「うん、確かだよ」

「でも、もしかしたら瑠衣が勝手に書いてでっち上げたとか」

「ひどいこと言うのね。瑠衣にあんなものが書けるわけないでしょう」

 うんうん、さすがいとこ、いいことを言う。ちゃんと瑠衣を信じているのだと、瑠衣は勝手に感動する。

「瑠衣はね、字が下手なのよ。あんなにちゃんと人が読めるものを、書けないの」

 ほめてない。

「遺書があった。そして無くなった。誰かによって、何の為に……」

 委員長が考え込むが、そう簡単に答えの出る問題ではなさそうだ。いつまでも四人で狭い部屋にいるのは息苦しいので、散会することにした。本館に行くと宴会場で男たちが騒がしい。その席を良子さんたちが飛び回ってお酌をしている。

「あれ、坂口さんのご家族は」

 瑠衣は出てきた良子を捕まえて訪ねた。

「あの方たちは富士の間でお食べになるそうですよ」

「そうか……」

 四人が富士の間の前を通り過ぎると中からすすり泣く声がした。それに慰める幼い声が被る。

「困ったね」

 美由紀が目配せする。あの親子にだけは早く遺書を見せたい。それなのにその遺書がない。



「あれ、川瀬さん。お出かけですか」

 美由紀たちが帰って瑠衣も仲居の仕事に戻った。

「ああ、夕食の前に一っ風呂、浴びてくるよ」

 いいなあと思う。これから瑠衣は戦場に赴くのだ。お客がのんびりしている間、旅館の裏方は大忙しだ。

「この露天風呂共通券は本当に他の旅館の露天風呂に入っていいのかい」

「はい、勿論です。どこでもそれを見せるだけで大丈夫です。券の裏に書かれているお風呂なら夜の八時までご自由にどうぞお入りください」

 このあたりの営業口調も様になってきた。

「このホテルの岩風呂って」

「あ、そこ、すごいんですよ。でも、時間で男女、入れ替わりですので注意してくださいね」

「そうだね、そう書いてあるよ。もう五時になるからこれからは男風呂か。それならゆっくり入ってこられるな」

 旅館の浴衣を着流しにして、川瀬は肩に手ぬぐいをひっかける。昼間のぼろぼろの姿よりはかなりポイントを復活させている。

「ごゆっくりどうぞ」

 瑠衣はにこやかな営業笑顔で見送った。その姿が見えなくなると、すぐに仕事に戻る。やらなくてはならないことは山積し、今日、いつになったら風呂に入れるか、判らないほどの忙しさだ。膳を運んだり、ビールの追加、おつまみの注文を受け、その合間を縫って布団を敷きに行く。

 と、十分もたたないうちに川瀬が真っ赤になって戻ってきた。

「どうなさいました」

「見られた」

 川瀬が呟く。

「見られたって、何を」

「見られたんだよ、おれの裸を」

 川瀬は子供のようにわめく。

 川瀬は三十男だ。いまさら風呂で裸を見られたくらいでおたおたする年でもない。だいたい、貸切でもない露天風呂で、他人に裸を見られるのは当たり前のことだ。

「あのー、お客様ぁ」

「見られたんだよ。女に」

「へ……」

 瑠衣は慌てて時計を見る。五時十五分、川瀬が出ていったのは十分ほど前だから男湯になっている時間だ。

「おれが行ったら、風呂の中にズラーっとガキの団体がいたんだ」

「団体さん……って」

「そいつらがおれを指さして覗きだぁって騒ぐんだ」

 ガキの集団、あ、そうか、美由紀のホテルに保育園の卒園旅行の団体が来ていたはずだ。その子供たちが風呂に入っていたわけだ。

「おちびさんたちでしょう。そんな大人げない」

「ガキだけじゃない。その引率らしき女たちが何人も一斉におれを見るんだ」

 それはすごい光景だ。引率の保母さんたちが、一人の男の裸を凝視している光景など、お笑い芸人でさえやらないだろう。

「お風呂の中で楽しんでいて、つい、時間が過ぎていることに気がつかなかったんでしょう。あそこのお風呂の中には時計がありませんから」

「だからって覗きはないだろう。おれは覗いていない。おれこそ、おれこそ……」

 川瀬が言葉を詰まらせる。体が真っ赤になっていたのは湯にのぼせたわけではない。恥ずかしかったのだろう。浴衣の打ち合わせから覗く薄っぺらな胸板まで真っ赤になっている。

「大変でしたね」

 嘲笑いに近い口調で瑠衣は言った。薄っぺらい胸、筋肉などほとんどない。腕もつるんとしてまるで細い。よくこれで刑事が務まったものだと感心する。あの委員長の方がずっとがっしりと鍛え上げられた筋肉を持っているというのに。

「あれ……」

 瑠衣は口をへの字にして川瀬を睨みつけた。

「何だよ」

「川瀬さん、ちょっと」

「あ、何」

 瑠衣は川瀬に有無を言わせないようにむんずと腕をつかみ、フロント奥の小部屋に押し込んだ。

「あなた、本当に元刑事なの」

「あの、その、おれ、警視庁に勤めていて、それは本当だよ。本当に元警視庁で……」

「警視庁の何課なの」

「あ、あの」

 しどろもどろになっている。

「一課かな、それとも二課。そうそう丸暴ってこともあるわね。それとも生活安全課とか」

「君、警察機構のことよく知っているね」

「それで、何課なの。三課、それとも公安とか……」

 瑠衣はにじり寄る。逃げの愛想笑いを浮かべて、川瀬はドアの方にじりじりと後ずさる。瑠衣は小部屋に置いてあった茶ダンスを見た。壊して焚きつけにするとおじいちゃんが言うので、とりあえずここに置いておいたものだ。

「はぁぁ……」

 瑠衣は気合を込めて拳を中段に構える。

 バキっと鈍い音をたててタンスの扉に穴が空いた。

「ひぇぇぇ」

 腰を抜かした川瀬を見下ろして瑠衣は低い声で尋ねた。

「それで、川瀬さん。警視庁では何課にお勤めだったんですか」

「遺失物センターに……」

「おとしものがかりさん……だったの」

 あっけにとられて瑠衣は思い出した。警視庁に見学に行った時に渡されたパンフレットの中に遺失物センターの説明書があった。遺失物法が改正されたことのリーフレットもあった。確かに遺失物も警察の大切な仕事だ。それがなくてはとても困るくらい大切な業務だ。しかしそれは事件とは無関係、普通一般にサスペンスに出てくるような刑事の仕事ではない。

「そんなばかにするなよ。おれが希望して配属されたんじゃない。おれは朝から晩まで落し物の整理をしているのは好きじゃないんだ」

「じゃあ、捜査一課にでも移ればいいじゃない」

「簡単に言うなよ。何度も配属願いを出したよ。何度もな、だけど……」

「だめだったんだ」

 瑠衣は貧弱な川瀬の胸板をつついた。ろっ骨が浮いている。

「触るな、スケベ」

 まるでガキだ。こんな男は瑠衣の好みでも何でもない。一度でも胸がキュンとなった自分がばかばかしい。

「それでも警視庁の元刑事なんて言っちゃったんだね」

「それは、そのさ、つい物の弾みで」

「騙したんだ」

 瑠衣はもう一度拳を構えるとタンスに繰り出した。引き出しの一つが砕け散る。柔道が部活だが、その合間に空手もやっていたので、引き出し一つを壊すくらいどうということはない。

「そうです。そうです、そうなんです。おれだって一度くらいは言ってみたかっただけです。元警視庁の敏腕刑事、おれだって憧れますよ。そうなりたくて警官になったというのに、配属された先が落し物係りなんて、そんなのあんまりじゃないですか。おれだって推理力を発揮して難事件をバンバン解決したかった」

 推理オタクだったのか。それは瑠衣も同じなので、川瀬に強いことは言えない。

「いいわ、それ、黙っていてあげますよ」

「そ……」

 川瀬は上目使いで瑠衣を見上げた。

「もちろん、川瀬さんがただの落し物係りだなんて吹聴して回らないわよ。そんな口の軽いやつは旅館業の風上にもおけないわ。お客様の秘密を話しまわるなんてそんなこと。業務上知りえたお客様の秘密を守るのは私どもの守秘義務っていうものですもの。当然、秘密は守ります」

 にっこりと澄まして瑠衣はのたまう。握りこぶしに力を込めながら。

「ほ、ほんとう……」

「本当ですよ。も・ち・ろ・ん」

 にやりと笑う。

「ありがとう」

 ぐったりとして川瀬が壁にもたれる。

「いや、本当、ありがとう。だいたい、元警視庁って言わないと、みんな情報をくれないんだよ。捜査って言っても一人で聞きこむのには限界があってね。でも警視庁の元刑事って言うとみんなべらべら話してくれる。それに遺失物係だって立派な警視庁勤務だ」

「そうね」

 瑠衣はにっこり笑う。川瀬はそれをまともに見ることができなくて、視線を逸らす。壊れたタンスしかない。

「大した威力だよ」

「本当よね。あなたが元警視庁って虎の威を借る狐のように、人を騙くらかして情報を仕入れたってことも、ちゃんと隠しておいてあげますわ。もちろんそれをあたしに話してくれるわよね。話したこともちゃんと秘密にしますから。私を捜査情報の整理のために、話し相手にしてくださってもいいんですよ。話し合っているうちに、いい推理が出来るってこともありますからね」

 瑠衣は握りこぶしに力を込めて、川瀬の顔の前で震わせた。

「あの、黙っている見返りに情報を教えろって……」

「そんな、人聞きの悪い。ただ私に話してくださっても、誰にも言わないって言っているんですよ。安心して下さいね」

 瑠衣はさらに力を込める。拳に血管が浮き出る。

「何でも話して下さいね」

「はい……」

 こくこくと頭を上下させて川瀬は肯定する。最初のイメージは跡形もなく崩れ、川瀬は瑠衣のパシリに落ちた。



警視庁の遺失物係だった、元刑事を名乗る川瀬をパシリにして、これから瑠衣はどうするのか。この事件を解決に向けてくれるのだろうか?

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