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第13章 瑠衣 殺人現場に遭遇する

ダブル不倫の両親に見捨てられた瑠衣は母方の祖父母の経営する温泉旅館のある山川村にやってきた。その日、人が一人死んだ。事故死として処理された。

村はアニメ館を作るという企画が持ち上がっていたが、アニメをよく知る瑠衣はそれがザルな計画だと看破した。地道な計画をするべく、村おこし同好会を立ち上げ、村の人たちの協力のもと、地道な活動を開始、徐々に成果を上げていく。東京の旅行雑誌にも取り上げられ、村おこしは順調かに見えたが。


 翌日、夜半に降った雨も上がり、抜けるような青空が広がっていた。瑠衣はヒマワリ迷路の当番だったので、美由紀と一緒に林を抜けて平野地区に向かった。遠目でも鮮やかな黄色が美しい。青空は青、というより、蒼と呼ぶにふさわしい。青に近い緑のヒマワリの林が目に入る。その上にどんと乗る黄色の円盤、蒼と緑と黄色、華麗と言うより、壮観な風景だ。

「さぁ、準備するか」

 遅れてきた委員長が号令を掛ける。入口のチェーンを外し、その隣にスタンプ台を置く。仮設の売店の方は農協がやっているので、瑠衣たちは迷路の方だけすればいい。一通り準備が終わるころ、数人の中年女性が軽トラックで現れて売店の準備を始める。農協の職員だ。しばらくして瑠衣たちをお茶に呼んでくれる。

「今日はどれだけ入るかな」

 農協の大テントの中、パイプ椅子に座ってまったりとお茶を飲み、瑠衣はヒマワリを見ている。

「さぁ、まだ、夏休み前だからそれほど期待できないとは思うけど、一応、週末だからな。ぼつぼつ、入るんじゃないか」

 委員長が麦わら帽子に肩にはタオルをひっかけて椅子に腰かけている。後ろから見たら、農作業を一休みしているおじさんにしか見えない。前からの見た目がいまどきの美少年で、後ろからの見た目がここまで違う人間は珍しい。さすがに瑠衣はそんな恰好をやりたくないので、ジーンズにワインレッドのカットソーを合わせ、捩じったスカーフを腰に巻いている。

「少なくともうちのホテルのお客さんは来るはずよ。ちゃんとチラシ配って宣伝しといたから。家族客と、OLさんのグループが二組。朝からレンタルサイクル借りて行ったから、お昼過ぎには一周してここに来るんじゃないかな」

 美由紀が貰ったトウモロコシを早速頬張っている。

「うちもグループのお客さんが来ているよ。出しなにキャベツ畑の方に行ったからおっつけ、ここに来るんじゃないかな」

 瑠衣も自分の営業成績を誇っている。

「頑張るね」

 売店の一人がお盆に干し芋を乗っけて持ってきてくれた。

「そりゃもちろんよ。これでも村おこし同好会だもんね。コンサルタントの連中、来るかな。どうせ今日は休みだから、することないでしょう。それにあのおっさんたち。あたしたちのやったことを、セコイ企画だとかなんだとこきおろしてくれたけど、悪口ばっかり言っていないで一度くらい見に来ればいいのに」

「あら、来ないわよ」

 美由紀があっさり断言する。

「え、それって」

「だって昨日大騒ぎして酔っ払って、今頃まだ二日酔いだと思うな」

「そんな、測量もしない気か。候補地の選定は数か所に絞られたというのに」

 委員長が口を挟む。

「仕方がないじゃない、酔っ払いに何ができると言うの」

 とりとめもなくおしゃべりをしていると、中年女性のグループが到着した。

「ここよ、ここ」

「すごいわね。ヒマワリがこんなに咲いているなんて」

「華麗というよりは壮観ね。たくましいくらいよ」

 口々に期待を込め、和気あいあいと楽しそうにしゃべっている。この集団は、瑠衣の旅館に泊っているグループ客である。キャベツ畑からここに回ってくるのに結構時間をかけているのは他の景色を見ていたためか。それとも中年の域に入って足が遅くなったためか、それでも元気だけは人一倍である。

「あら、旅館のお嬢ちゃん。この迷路、まさか迷って出てこられない、なんてこと、ないわよね」

「大丈夫です。御心配ならこのカウベルをお持ち下さい。鳴らしてくだされば、すぐ出口までご案内しますから」

 瑠衣は幅十センチほどの黄銅色のでかい鈴を渡した。

 営業に際し、隣村の駐在所から注意があった。そこで県の観光課に問い合わせ、どういった安全策を取ればいいのか相談した結果、営業時間外は立ち入りを制限できるような仕切りを作ること、営業中は必ず係員がいること、中で迷子になった客が出たら、すぐに助けに行けるような手段を取ることが義務付けられた。仕切りは出入り口にチェーンを張ることで何とかなった。営業中は村おこし同好会会員をはじめ、有敷者、協力者が当番制で案内に回ることにした。中で迷子になった場合、ここは携帯電話の圏外だしどうしようもないと皆困ったが、それなら原始的な方法をとることで解決した。

 廃業した牧場にカウベルが山ほどあったので、それを使うことにした。鳴らせば結構大きな音がする。半分をトウモロコシ迷路に運び残りをここに持ってきた。古ぼけたカウベルだったが、これがレトロということでかなり評判がいい。

「長くても一時間ほどあれば出られますから、それより時間がかかるようでしたらこのベルを鳴らして下さい」

 おばさんたちは足取りも軽く、中に消えて行った。

「そろそろ、モロコシでも焼き始めるかぁ」

 農協のおばさんたちが店の用意を始めた。迷路から出てきた客は必ずと言っていいほど、この露天で一服する。トウモロコシと冷たい飲み物は定番のメニューだ。その売上はなかなかのものだ。暇なので瑠衣たちもトウモロコシの皮むきを手伝う。朝、とってきたばかりのトウモロコシはみずみずしくいい香りもする。生のままでも食べられるのだが、さすがにそれでは都会の人には売れないので、焼いて醤油で味付けをして出すのである。十分もすると醤油が焦げる香ばしい香りが立ち上った。まったりとした時が流れていく。これぞ、田舎の醍醐味というものだ。

 が、その醍醐味を打ち消すほどの、けたたましい叫び声と、大地を揺るがさんばかりの大音量のカウベルの多重奏が鳴り響いた。

「何……」

 わけもわからず、瑠衣は入口を美菜に任せて、美由紀と満を連れ、ヒマワリ迷路に飛び込んだ。迷路は何十回と入っているので迷うことはない。それ以前に多くの人に踏まれている正解のルートには下草が踏みつけられていて、僅かに背の低い白クローバーが生えているだけなのですぐわかる。迷路の脇道は草が伸び放題なので一目瞭然なのだ。農業オタクのお兄さんの話では、白クローバーが雑草の抑制に効くと言っていたが、劇的な効果はなかった。播かないよりはまし、という程度のものだ。

「一度、草刈りしなきゃいけないかな」

 頭の隅でそんなことを考えながら瑠衣たちは奥に進む。中ほどまで進んだ所で腰を抜かしたおばさんが、絞殺されそうな雌鶏のような奇声を発していた。

「どうしたんです」

 美由紀が尋ねるがおばさんは誰も答えない。ただ一点を指さすだけだ。しかし答えなど必要はない。一目瞭然だ。

ヒマワリ迷路の袋小路の中で男が倒れていた。周りには地面から倒れた多くのヒマワリが散らばっていた。ヒマワリに埋もれている男の姿は美しくも何ともなかった。むしろおぞましくさえある。倒れてもなお豪快に咲き誇る花に飾られた男の顔に、生気はない。

 男の顔は地面に伏せていて不自然な具合に曲がっている。その首の肌にはすでに血の気はおろか、生きている人間の皮膚の色ではない。

「し、し、死んでるの」

 おばさんが大仰に叫ぶが、こうなったらわざわざの説明は不要だ。美由紀がおとめチックな悲鳴を上げているが、その悲鳴はおばさんたちのそれと一緒になって、聞くに堪えない不響和音を醸していた。横で満が言葉を失いひきつっている。

「お願い、国道まで出て携帯で警察呼んできて」

 瑠衣が頼むと、委員長は慌てて出口に向かって走り出した。

「わ、わかった。ケーサツでケータイを呼んでくる」

 あまりわかっていないようだが、それでも委員長は律儀に走り去っていく。美由紀は顔面喪失でへたり込んでいるし、おばさんたちは論外だ。委員長はまだ理性を失っていないし、しっかりした男の子なので頼りになる。それを見送って瑠衣はポケットから自分の携帯電話を取り出した。もちろん、圏外だから電話として使えるわけではないが、時間はわかる。

 今、九時三十五分、このゲートに美由紀と一緒に着いたのは九時十分ほど前、その時、あたりに誰もいなかった。入口のチェーンもかかったままだ。もっとも、それを跨いで入っていくことが出来ないわけではない。とりあえず、勝手に入っては困るとしつらえただけだ。しばらくして美菜と満が来て、作業を始めた。九時を少し回って農協の人たちが軽トラック二台に分乗して四人やってきて売店の準備を始めた。観光客がやってきたのは二十分ごろ。そのあたりを思い出しつつ、美由紀にメモ用紙とペンを借りて書き込んだ。美由紀はまめな人間で用意周到、何でも持ち歩いている。今日もメモ用紙やシャーペンを大きめのバッグの中に入れていた。

「警察の人が来た時にちゃんと説明できるように、記憶を整理しておかなきゃいけないのよね。私ってなんてしっかり者なんだろう」

 いつか見た二時間サスペンスの受け売りである。最初の驚きが通り過ぎると、瑠衣は結構しっかりと状況を認識しているそぶりだが、美由紀が悲鳴を上げたために瑠衣は驚く機会を逸しただけで、内心は少々恐ろしい。それでも美由紀を守ろうと気を張っていた。

「あ、あたしが殺したんじゃないわよ」

 おばさんの一人が喚く。

「何もそんなこと言ってませんから」

 瑠衣はおばさんを落ち着かせようと声をかける。だいたい一面識もないだろう中年女性が集団で中年男を殺している図は、想像できない。しかもこの男は死んでかなり経っているのは、素人目からもわかる。皮膚が血の気を失っているのだ。

「あた、あた、あたしは……」

 死体の一番近くにいる女性は古いアニメのセリフのようなものを繰り返し、パニックだ。

「幸子さんは犯人じゃないわよ」

 その隣の女性がかばう。そんなこと見りゃわかる。

「落ち着いてください。それで、どうしたんですか」

「幸子さんはね、そこの草に足を取られてよろけた拍子にそのひまわりの壁にもたれかかったのよ」

 別の女性が代わって説明する。

 壁と言っても木や石でできているわけじゃないから、ビヤ樽のような巨体がもたれかかって支え切れるものではない。

「で、見事にひまわりをなぎ倒しちゃったんですか」

「勝手に倒れたのよ。ヒマワリが」

 幸子さんがいいわけをする。

「それで死体があったわけですね」

「そうそう」

 おばさんたちが一様に首を上下させる。

 地面に倒れているひまわりは葉がややしおれ、昨晩の雨のためにできたぬかるみで汚れている。男はクローバーの上に倒れこんでいるので、比較的泥跳ねが少ないが、本人が土色なのでそれ自体が泥のように見える。瑠衣は男の顔を覗き込んだ。

「坂口さん……」

 昨日から帰ってこない泊り客だ。

 坂口は正解ルートの脇の路地に入り込む形で倒れている。おばさんが派手に倒れこんだのか、そのT字路付近のひまわりだけでなく、広範囲になぎ倒されていた。坂口の上には根っこからごっそり抜けたヒマワリが覆いかぶさっている。それだけではなく、周りを茎の途中から折れたヒマワリが飾る。

 待つこと二十分ほど。隣村から四駆のパトカーがやってきた。その間に近所の人間、観光客、野次馬が現れた。一通り現場にいる人間から話を聞き、その住所名前年齢などをメモし、迷路に黄色いテープを張り、また車に戻ってどこかに連絡を入れている。

「県警から捜査官が来るそうです。それまで必ず居場所が分かるようにしてください。村から出ないように」

 おばさんたちは旅館に戻ると言い出した。美由紀も気分を悪くしているので瑠衣はひとまず旅館街に戻ることにして、委員長たちに後を頼んだ。警官は女性たちが押し並べてショックを受けているのを心配して、無線を使い、警察署から旅館に連絡をして迎えをよこすようにと、手配をしてくれた。

 しばらくして玄さんが旅館街の送迎バスを運転してやってきた。近くの街のタウン誌の記者もやってきた。そのうち地方紙の新聞記者もやってくるという。バスにおばさんたちと美由紀、瑠衣が乗り込むと、ひとまず結城旅館に戻った。しばらくして美由紀が瑠衣に囁いた。

「瑠衣、何を考えてるの」

「うん、あれさ、殺人かな」

「な。何を言ってるのよ」

「なんかサスペンスって感じじゃない。匂わない」

 人、一人死んだというのに、瑠衣は罰当たりなことを言っている。片や美由紀はまだショックが抜けていない。

「病気じゃない。ほら、心臓発作とかさ、そんなんじゃないの」

「元気そうだったよ。病人っぽくは見えなかった」

「じゃあ、自殺よ。ヒマワリの咲き誇る中で、綺麗に死のうとしたのかも」

「おっさんが自分を花で飾るか」

 気になる、これは事件のにおいがする。と勝手に瑠衣は決め込んだ。旅館に戻ると早速炊事用の手袋をして富士の間に入っていった。

「お客さん。ここに泊ってたの」

 美由紀が怖々ついてくる。

「これだな」

 瑠衣は坂口の小さなボストンバッグを開けた。

「それってだめじゃない。お客さんのでしょう。勝手に開けちゃいけないよ」

 泣きそうな顔をして止める美由紀を無視して中を探る。

「あった」

 瑠衣が取り出した物は白い封筒だった。部屋に備え付けてある、結城旅館のオリジナルグッズではない。旅館の便せんと封筒のセット、それとメモ用紙は、小さなもみじの模様が印刷されているちょっとしゃれたものだ。瑠衣の発案で商品化した。カバンに入っていたのはかなりくたびれたよれよれの白い封筒に、遺書と黒い筆ペンで書かれてあった。

「それって……」

「つまり、自殺だったわけだ」

 そう答えると瑠衣はさっと封筒を取り出し、バッグを閉じた。

「どうすんのよ」

「隠すの」

「それやばいよ、やばすぎ」

 美由紀はおろおろと泣き出しそうだ。

「だって、自殺ってわかったら報道陣なんて、来ないよ」

「それって……」

「騒ぎになるのはあれがどういうことかわからないからよ」

「うん、それはそうだよね。人って好奇心旺盛だから」

 もはや美由紀に瑠衣の暴挙を止める力はない。

「わからなければ判るまで騒ぎは収まらない。ワイドショーが来たり、野次馬が来たりする。報道陣もわんさか来るよね」

「うん……」

 投げやりの肯定だ。

「そうなればこの空室だらけの旅館も一気に満室になるかもしれないでしょ」

 瑠衣は目をらんらんと輝かせた。

「それは嬉しいけど」

「日本中に名前が知れ渡るんだよ。すごい宣伝効果じゃない」

「そりゃ、すごいけど、やっぱり、人が死んでいるんだから、それを宣伝に使ったりしちゃ申し訳ないよ。第一、自殺なんでしょう。その人、思いつめていたんだったら、かわいそうじゃない」

 美由紀はうつむいてぶつぶつという。大それたことをしようとしている従妹を止めたい、でもホテルは赤字を出している。ホテルの跡取り娘にとって大問題だ。悩み多き十六歳はどうしていいのかわからず、下を向いてしまった。

「大丈夫。これは美由紀と私だけの秘密だよ。それにさ、県警が出てきて司法解剖でもしたら、いっぺんに自殺だってわかるじゃない。それまでちょっと騒ぎを長引かせたいだけ。それなら判ってくれるでしょう。村のため、温泉街のためよ。ちょっとだけ黙ってて。ほんの少し騒ぎになればいいんだから」

「うん」

 美由紀は力なく頷く。

「ねぇ、瑠衣、何とかなるかな」

 それでも美由紀は気が進まない。

「わははは、大船に乗った気でいなさい」

 全く根拠のない自信である。推理オタクの瑠衣は一度でいいから探偵ごっこをしたかっただけなのかもしれない。それに巻き込まれた美由紀は不運としか言いようがないが、生まれて初めてまっとうじゃない死体を見たショックは抜けず、瑠衣の言いなりになっていた。

 瑠衣は逆に滅多にない状況にやや興奮している。ヒマワリで飾られた中年男の変死体など、今まで見た二時間ドラマにも出てきたためしがない。綺麗でも何でもないが、話題性だけは十分にある。

 母屋があわただしくなったので、二人はひとまず瑠衣の部屋に入った。

「あれ、この封筒、のりづけがしてない。あ、そうだ。うちのレターセットものりをつけるの忘れてた。あと少々改善の余地ありだな」

 そう言いながら瑠衣は中身の便箋を取り出す。もちろん、ビニール手袋をしたままだ。

「あややや。そんなことして……」

 美由紀が震える声を出す。

「あ、男の人の字にしちゃ、読みやすいな」

 と言うなり、瑠衣も声が震えた。

「何これ……」

『みんなへ

迷惑かけてすまない。

おれが死ねば借金はすべて死亡保険で賄える。

もうお前に借金の苦労を掛けることはない。

おれは騙されていた。村を喰い物にしたあいつらに騙されていた。

あいつらをおれは赦さない。あのたかり集団を決して赦さない。

おれは村の発展を願って奴らの計画に乗ったが、総合エンターテインメントシアターなんて、砂上の楼閣だ。

何が牧歌的な体験型観光牧場だ。

有り金書き集め、借金までして作ったものはただのガラクタだった。

おれは奴らを赦さない。刺し違えても奴らに一矢報いなければ気がすまない。

あいつらの生皮剥いで、骨という骨を砕いてもなお、おれの恨みは晴れない。

地獄の業火で焼かれようと、溶岩に落とされようと、それでもおれの恨みは深い。

あいつらをおれより辛い目に合わせたい。

そうでなければおれや村が哀れでならない。

あいつらを殺してやる。

それが出来なければおれの死を以てあいつらを呪ってやる。

小さな子供たちをお前に残してすまない。

生命保険金は借金を返しても少しは残るはずだから、それを元手に街に出てひっそりと暮らしてくれ。

村ではお前も居心地が悪いだろう。

おれのこと、村のことを忘れて元気に生きてくれ。

子どもたちのことはよろしく頼む』

 瑠衣は手紙をとり落としそうになった。

「ひぇぇ……」

 瑠衣と真由美はあまりの壮絶さに抱き合って震えた。遺書の宛先はみんなとはあるが、たぶん文脈からして妻にあてたものだろう。相手を殺したいほど恨んでいた男、ここに来た時に纏っていたあの血の凍りそうなオーラはそこからきていたのか。そこまで人を憎んでいながら、残された妻と子にはなみなみならない愛情があふれている。男の生きざまが、濃縮された文面に詰まっている。そこから妖気さえ漂ってきそうだ。

「見なきゃ良かった」

 瑠衣は後悔した。脇で美由紀が震えながら両手をこすり合わせてお経を唱えていた。しばらく机に置かれた遺書を扱いかねていた。こっそり持ってきたがこれはあまりに重い。かといってすでに母屋には人が行きかい、大騒ぎになっている。

「嬢ちゃんたち、警察の人が来なさったよ。現場に戻ってくれって言ってる」

 玄さんが大声で怒鳴っている。ふすま一枚ではプライバシーもくそもない。瑠衣はあわてて遺書の上に教科書を置いて手袋を外して母屋に向かった。


ひまわり畑のど真ん中で死んでいた坂口。遺書もある。本当に自殺か、それとも病死、殺人?

急展開の次号を待て。

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