第11章 瑠衣 東京で営業活動
ダブル不倫の両親に見捨てられ、母方の祖父母の元に身を寄せた結城瑠衣。その日、人が一人死んだ。事故死ということで処理されたが、その被害者の荷物が一つ少なかった。
身を寄せた村はど田舎だった。そんなど田舎にアニメ館を作ろうとする動きがあった。アニメ会社を誘致し、セレブなアニメーターに移住してもらって住民税をガバガバ入れてもらうという無謀な計画。アニメに詳しい瑠衣はすぐにそれがザルな計画だと見抜き、反対する。そして村おこし同好会を作って村おこしに奔走する。
とはいえ若い者は順応が早い。翌日には七人の高校生は人ごみに酔うこともなく、都会の若者となんら変わらないしぐさと容貌で溶け込んでいる。沙耶もそれなりに若い。最初の日の運転疲れは一晩ゆっくり眠って吹っ飛んだのか、おのぼりさんの仲間入りをして喜んでいる。警視庁の見学、国会議事堂、テレビ局、浅草、築地と、ガイドマップのお勧めコースをそのままに、ワイワイ楽しんだ。三日目は自由行動だ。もっとも一日目の午後も沙耶がいなかったので事実上、自由行動に近かったが。
「で、当初目的を忘れてないわよね。みんな」
瑠衣はにやりと笑って一同を見回した。今日は自由行動と称し、二、三人ずつに分かれて広告代理店や、旅行代理店を回るのだ。手提げ袋の中はみんなで作ったパンフレットがぎっしり詰まっていた。
瑠衣は美由紀と一緒に出版社めぐりをした。
「あの責任者の方は」
大手出版社のビルの一階にある受付の女性は、露骨に迷惑そうな眼で瑠衣たちを見回した。
「私です。私たち、村おこし同好会で……」
瑠衣がにこやかに答えるが、受付嬢は懐疑的である。
「こちらは仕事ですからね、学校のクラブ活動はよそでやって下さいね」
けんもほろろに追い出された。
「やっぱり、無理じゃないの」
美由紀がぼそっと溜息をつく。
「美由紀、何よ、一件目でもう音を上げるの。まだまだリストはこんなにあるのよ。さっさと次に行く」
次もあまり変わらなかった。午前中、足を棒にしても、一社の編集者もパンフレットを見てくれなかった。午後、ようやく「見てやるよ」の声を聞いた時、その声にビックベンのBGMが重なり、その姿はレーザービームや電飾を纏い、あたかも大天使ガブリエルが天上のラッパを吹きならしているように思えた。
「うちの雑誌で取り上げてやるよ。村起こしする高校生か、珍しいじゃないか。まあ、こんな小さな旅行雑誌だけど、発行部数十万だから、それなりの宣伝効果はあると思うよ。次の号で小さいけど特集を組んであげるから、できたらそっちに一部、送ってあげよう。代表は誰かな。送り先はこの高校でいいのかな」
雑居ビルの中にある編集室で少しくたびれた中年男たちが、瑠衣たちをねぎらった。名刺も渡され、お茶も勧められた。瑠衣は返すべき名刺を作ってこなかったのを後悔した。さして大きくないビルの中のワンフロアーだけの小さな出版社のようだが、まずまずの手ごたえだ。
それに気をよくして数件回ったが、さすがに幸運が続くはずはない。そのあと出向いたところはほとんど話も聞いてくれず、さっさと追い出された。
「一件でも受け取ってくれただけ、僥倖じゃない」
美由紀がフォローしてくれた。パンフレットはほとんど丸々残って重くさえ感じるが、一応成果はあった。定時連絡で他のグループに電話を入れたが、委員長の満の班も、美菜たちも、道に迷った挙句、交番で厄介になっていた。
「あいつらは……」
眉間にしわが寄る。
「だって仕方がないじゃない。彼ら、東京来るのは初めてなんだし。ガイドブックだけでこんな大都会を回るのって、かなり無理があると思うけど」
美由紀だって今ここがどこだかわからない。ただ瑠衣にはぐれまいと懸命にくっついているだけだ。ここで置いてけぼりを食ったら、東京残留孤児になる。
「あのさ、美由紀、これから箱もののデベロッパーの企画会社の本拠地に、乗り込んでみない」
瑠衣がぼそっと言う。
「何をするの」
「殴り込み」
腕に覚えのある瑠衣は、村を食い物にしようとしているあの連中が気に喰わない。一発くらいぶん殴ってやりたい。
「だって瑠衣、事務所がどこにあるのかわかるの」
美由紀も心配げだ。
「美由紀のホテルの台帳から書き写した」
「あ、それ、守秘義務違反じゃない」
「まあ、細かいこと言わない」
二人は港区に移動した。新宿に比べると、やや、高級感がある建物が並ぶ。しばらく住所を頼りに探してみたが、見当たらない。いくら東京の地理に詳しい瑠衣とはいえ、港区にはそれほど来ることはないし、だいたい、彼女のテリトリーは新宿界隈、せいぜい渋谷、原宿から池袋の範囲内に限定されている。それだけで十分に遊んだり、買い物を楽しんだりできる。銀座や六本木は高校生にとって敷居が高い。一般の高校生というものの行動範囲など、たかが知れている。スマホのナビを検索して、これと思うビルは見つかったが、その中に該当の会社はない。そのうち宿舎に戻る時間が来てそれ以上の捜索は出来なかった。
旅行期間が終わると、みんなはまたライトバンに乗って帰った。帰路も口数が少なかった。
修学旅行の成果はすぐにはあらわれなかったが、旅行雑誌の小さな特集でも、それなりの反響はあり、七月に入ると旅館はかなり活気づいた。そこに東京の企画会社が乗り込んできた。ぐずぐずと測量が進まないのに業を煮やして、用地選定のはっぱをかけに来たらしい。いつものように美由紀のホテルに泊まって、村の誘致推進派が日参している。
美由紀のホテルの従業員の多くは、同好会の活動に理解を示してくれている。従業員にとって美由紀はお姫さまも同然、かわいくて、かわいくて仕方がないのだ。その美由紀ががんばってやっていることにどうして反対できようか。とはいえ、やってくる企画会社はお客様である。村の推進派と会うとなれば宴席の一つも開かれるから、それはそれでいい稼ぎになる。その側面は無視できない。七月に入ったばかりでまだ客もまばらなこの時期に、いい部屋を陣取ってくれる客には、感謝しなければいけない。従業員たちにも板挟み的苦悩があった。
「美由紀のところはいいよね。あんな客でも測量の技師やら何やらとひきつれて結構な人数になっているんだから」
瑠衣は複雑な心境である。調理場で玄さんに作ってもらったおやつを食べながら愚痴をこぼしている。瑠衣は学校から帰るといつもここで過ごす。おやつはあるし、お茶もコーヒーも手の届く範囲内にある。
「そんなこといわんといてからに」
もはや玄さんの京都弁はかなり怪しくなっている。
「だってさ」
「お嬢ちゃん、そんなことより、富士の間にお茶、運んでもらえませんか」
盆にお茶の葉、湯呑、急須等一式が用意されていた。
「あれ、今日、お客さんいたっけ」
「いますよ。団体の奥さん方のグループが先週予約入れてくれたのを、忘れちゃったんですか。それに加えてさっき、素泊まりのお客さんがお見えになって、富士の間にお通ししたんですよ。素泊まりって言ってもまさかお茶も出さないわけにはいかないでしょう。お願いしますね」
「えぇ、だってぇ……」
瑠衣はまだ制服のままだった。良子さんに頼もうとあたりを見回すと、箱膳を出して、配膳の準備を始めている。
「わかった、富士の間ね」
「そうです。お客さんは坂口さんですから」
坂口、そう言えば聞いたことのある名前だ。こんなひなびた旅館にもリピーターがいることがありがたい。瑠衣はポットとお盆を持って立ち上がった。
この温泉街で素泊まりの客は珍しい。旅館街にはレストランがあるものの五時には終わってしまう。美由紀のホテルのラウンジに軽食と喫茶を出すコーナーがあるが、そこも五時に終わる。バーラウンジはあるが、夕食を出すところはない。コンビニもないから、コンビニ弁当を買うことも出来ない。カップラーメンか何かを買い込んでそれでしのごうというのだろか。泊っている部屋も一番安い部屋だし、あまり儲けにはならない客だ。瑠衣は気のない返事をしてお盆を受け取った。良子さんと玄さんは、調理場で夕食の支度のために忙しく立ち働いているので文句も言えない。おばあちゃんはこのところまた調子が今ひとつなので、離れに引っ込んでいる。
瑠衣は客室の方に向かった。制服のままで行くのはちょっと気恥ずかしいが、着替えている時間はない。このところようやく自分一人で着物を着つけることができるようになったが、まだ時間がかかる。おばあちゃんに頼むのも申し訳ないし、夕食前のこの時間、旅館は一番忙しいのでおじいちゃんにも頼めない。おじいちゃんは座敷の掃除をしているはずだ。
瑠衣はお盆を廊下に置いて、座った体制でふすまをノックした。
「どうぞ」
中から低い男の声がした。
「失礼します」
習ったとおり、座ったままふすまを引く。ホテルではないので、ドアはない。中に入るとすでに蒲団が片側に敷かれていて、部屋の反対側に座卓がずらしてある。声の主は窓際の板間のところで外を見ていた。
「ひえぇ……」
瑠衣は内心、悲鳴を上げそうになった。客は中肉中背の浅黒い男だ。ポロシャツの上にグレーのサマージャケットを羽織り、こげ茶色のズボンを穿いている。どこにでもいそうな風采の上がらないもっさりして中年男性という外観だが、男の表情はそのいでたちからかけ離れ、まるで鬼のようだ。凶暴な殺意、滲み出る怒りが、燃え上がるようなオーラのように纏わりついている。
「お茶、ここに置きますから」
とだけ言って瑠衣は早々に逃げ出した。
「温泉に若女将、ときたら、殺人事件と決まっているじゃない。あの男、誰を殺しにきたんだろう」
無責任な独り言をつぶやきながら、急いで調理場に戻った。今日は久しぶりの団体さんに、猫の手も借りたいほどの大忙しだった。
「絶対事件が起こるわよ」
クラスに着くなり、瑠衣はみんなに吹聴して回った。
「あのねぇ、ホテルや旅館には、お客様のプライバシーを守る守秘義務があるのよ。そんなに振れ回っちゃって、おじいちゃんに怒られるよ」
美由紀がたしなめるが、瑠衣は聞いていない。
「なんか、すごい怖いムードなのよ。殺意というか、妖気と言うか、なんと表現していいかわからないほどすさまじいオーラを背負っているの、その姿って言ったらまるで死神みたいなの。そうそこらへんのスプラッタ映画も真っ青のすさまじい殺意なんだから。見ただけで凍りつくような」
「あんたは疫病神でしょう」
溜息をつきながらホテルの娘がこぼすが、誰も聞いていない。
「つまり湯けむり殺人事件が起きるとか」
「テレビの二時間ドラマみたいに」
「カッコイイ刑事とか」
「いや、素人探偵が大活躍」
みんなも勝手な発言を繰り広げる。
「あっまーい。ここは絶対若女将よ。若女将が事件をスパッと解決するのよ」
瑠衣はガハハと胸を張る。
「だからさぁ」
「美由紀は静かに名探偵を支える相棒なの。まっかせなさい。事件をこの名探偵、瑠衣様が解決してやろうじゃないの」
自称名探偵はたいていの場合、迷探偵である。
「事件って、起こっていないじゃない」
「まだ、起こっていないだけなの。きっと何かあるわよ」
「瑠衣、あのさ、私、生まれてこの方、この温泉で育ったけど、事件なんて、置き引きと無銭飲食くらいしかなかったんだから」
と言って美由紀は口をつぐんだ。
「どしたの」
「そう言えば、去年、事故があったんだ」
引っかかるような顔をする。
「事故って源泉に泊り客が落ちちゃったってやつでしょう」
「うん……」
「あれ事件だったの。殺人だとか」
瑠衣が乗り出す。
「まさか。だってちゃんと警察が事故だって言って被害者の荷物を持っていったもの。事故よあれ、ここには事件なんて起こらないの。第一、瑠衣が若女将だったら、私だって若女将よ。それでも一度も事件らしい事件に出くわしたことはないし、あんまりのんびりしているんで、この村には駐在所さえないのよ」
美由紀は何度目かの溜息をついたが、誰もそれを聞いていない。二時間ドラマのなんたるかを口角泡を飛ばして論じ合っていた。
ドタバタの修学旅行だったが、何はともあれ、旅行会社が特集を組んでくれた。村に戻ってみると、杜撰な計画をしている企画会社がアニメ館を進めている。その時、坂口という男が瑠衣の宿に泊まりにきた。瑠衣が最初に来た時にも泊まりにきていた人だが、尋常じゃない空気を纏っている。風雲急を告げる事態になるのか?




