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第9話 夜の図書室にて

「今日も疲れたね」


 ミラが治療を終え、リラックスするように体を伸ばす。毎日陽が昇ると同時に治療が必要な人々の世話をして、それが陽がすっかり落ちるまで続く。


「ここに来てからずっとそうだものね。皆はドラゴン襲撃直後からここに居るのだもの、疲労もだいぶ溜まっているでしょうね……」


 ミラの言葉を受けて私は頷いた。私達は治療で使われている礼拝所から出て階段を上がり、割り当てられた部屋に戻るところだった。そこは元々ここで修行していた神官達が寝泊まりしていたところで、今は治療を担当している私達が使わせて頂いている。ほとんど雑魚寝のように皆で毛布をし(敷)いて寝るだけだけど。


「あ、今日もアンリさんが何か書いてるよ」


 ミラが図書室から漏れる仄かな灯りを指差す。部屋に戻る途中に書物を保管している図書室があった。この修道院も建物の一部は壊されたが、幸いにして私達が使っている宿舎と図書室は被害を免れていた。その図書室で、アンリさんは毎晩記録を書いて残している。


「夜食持っていってあげた方が良いかなぁ……」


 うーん、とミラが首を傾げる。アンリさんは書き物に集中し出すと寝食を忘れてしまう、とミラから教えてもらったことがある。


「それが良いと思うわ。厨房で貰ってきましょう」


 私達は一階にまた戻り、厨房からパン一つと水を一杯、木製の盆に載せて図書室に向かう。物資も乏しい為、用意出来るのもこの程度だった。


「あのー……」


 ミラが図書室の扉を開け、躊躇いがちにアンリさんに声を掛けた。けれど、返事はない。気が付いていないみたい。


「アンリさん」


 本や書類がざっくばらんに散らばっている机が幾つも並んでいるものの中の一つにアンリさんが座っている。彼の近くに来てミラがもう一度声を掛けた。そこではっとアンリさんが顔を上げた。


「おや、どうしましたか?」


 ランタンの頼りない光にアンリさんの怜悧な顔が浮かび上がる。


「あの、夜食をと思って」


 私は盆に載せたパンと水を机の空いているところに置く。


「お気遣いは不要です。が、ありがとうございます」


 アンリさんがペンを置き、緊張を解きほぐすように小さくため息を吐いた。


「私の世話を焼くより、きちんと休んで頂く方が良いと思いますが」


 相変わらず素っ気ない言い方だけど、率直というか、アンリさんはそういう人なのだ。


「アンリさんこそ、毎日毎日遅くまで記録を取ってるじゃないですか。ちゃんと休んだ方が良いよ」


 ミラの言葉にアンリさんは首を振る。


「精霊力の弱い私より、皆さんの方が大変ですから。私はただ物資や傷病者の管理をして、記録を取るだけですので。お構いなく」


 確かにアンリさんは、他の神官よりも治療術の威力が弱い。アンリさん本人は、だから自分は古い魔術書や古文書の研究する方へ進んだ、と言っていたわね。


「でもアンリさんが色々手配して下さるので、私達も治療に集中出来ているのだと思います」

「そうそう。私達仲間なんだから、遠慮しないでよね」


 私とミラが頷けばアンリさんは澄ました表情で肩を竦める。


「事実を述べているだけですがね」

「そもそも何でそんなに記録が大事なの?」

「それがそもそもの任務なので。それと」


 そこでアンリさんは言葉を切って、軽く咳払いした。


「マルバシアスの方の前で言うのは気が引けますが、ドラゴンの襲撃など滅多に起こることではありませんから。この興味深い現象を記録する良い機会です。学者としてこんな僥倖はありません」

「良い機会……」

「僥倖……」


 相変わらず明け透けな言い方だわ。アンリさんらしいけれど。私は思わず唖然としてしまった。横をちらりと見れば、ミラも同じような表情になっている。


「ええ。ここでは不思議なことが起こっていますから」

「不思議なこと、ですか? それはどういうことでしょう?」

「そうですね。一例を挙げるなら、この所ここを訪れる患者の治りが早くなったと思いませんか?」

「あー……確かに言われてみればそうかも」


 ミラが顎に手を当てて、考えるように視線を上に向ける。


「ソフィーが直接術を施さなくても、私達が治癒術を唱えるだけで穢れが浄化されるもんね」

「それを考えると、ソフィー殿が浄化の力を使うたびに周囲にもその力が広がっているのではないかと」

「そう、なのかしら……?」


 周りの様子を余り気にしていなかった私は、首を傾げる。


「それはあるかも。だって、患者さんもここに来たら空気が清々しく感じるって。確かに、ドラゴンに襲撃されて以来、この辺は重々しいというか禍々しいというか空気が淀んでいるのは感じてたし」


 言いながら、うんうん、とミラが頷く。


「それなら、これからも浄化の力を使い続ければ、この周囲の穢れも消えていくということでしょうか?」

「その可能性はあります。実際のところは分かりませんがね。おしゃべりが長くなってしまいました。お二人はそろそろ休んだ方が良いでしょう」


 アンリさんはふーっとため息を吐いて、再びペンを手に取った。


「アンリさんもほどほどにして下さいね」

「ちゃんと食事も取ってね」


 私とミラは図書室から出て部屋に戻って、雑多に並んだ毛布に身を包む。私は無意識に、胸元にしまっていた葉の形の栞に触れていた。いつの間にかすっかりお守りになっている。


 ファウロス様は今何をしていらっしゃるのかしら……ちゃんと休んでいるだろうか。


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