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第8話 決意

 ずんずん、と歩いて戻ろうとしていると、目の前に小さな女の子が何かを抱えて立っている。7,8歳くらいに見えるその子は他の人と同じく汚れていて、瞳はとても悲しそうで、虚ろで、私は放っておけなくて身を屈めて声を掛ける。その子が抱いていたのは、人形だった。


「どうしたの?」

「……お父ちゃん死んじゃった……」

「!!」


 私は目を大きく開く。


「助けてくれる聖女が来たって皆言ってるけど……もっと早く来てくれたら良かったのに……」

「それは……」


 女の子は俯いて人形をぎゅっと握りしめた。よく見れば女の子の顔には涙の跡がある。私は二の句が継げない。何を言っても慰めにはならないだろう。


「ごめんなさい。間に合わなくて……」


 何とかそれだけ絞り出して、その女の子を抱き締めようと私は腕を伸ばす。けれど女の子はそれを拒否するように走り去ってしまった。その先には、犠牲者の為の埋葬地になっており、新たに埋められたと思われる墓の周りに人々が集まってきている。恐らくあの子の父親を弔っているのね。


 ”もっと早く来てくれたら良かったのに……”


 その言葉が胸に刺さり、私はその場から動けなくなる。


「ソフィー?」


 私を追ってきたファウロス殿下の声が後ろから聞こえてきた。私はゆっくりと振り返る。


「ソフィー、どうした?」


 ファウロス殿下が思案顔で私の顔を見つめる。


「私が呑気に過ごしていたから……」


 ぎゅっと手に力を込めて握り締めた。


「だから、あの子の父親は亡くなってしまったんだわ……私の所為で……ドラゴンが襲来したって聞いた時から、ここへ来るべきだった!」


 私は思わず叫んだ。過去は変えられないと理性では分かっているけれど、抑えようがなかった。

 結局他人事だった自分が情けなくて、悔しくて、情けなくて。助けられたかもしれない人を救えなくて。

 泣く資格なんてないのに、じんわり視界が滲んだ。


「人は私を聖女だなんて言うけれど、私は聖女なんかじゃない……! 聖女なんてなれるわけない! こんなに愚かなのにっ!」

「ソフィー……」


 少し困ったような、それでいて優しく諭すようにファウロス殿下は微笑んだ。紫紺の瞳が細められる。


「悔しいのも悲しいのも分かる。だが、自分を責めても何の解決にもならない」

「ファウロス様……」


 そうだわ。ファウロス殿下の方がきっとずっと歯痒い思いをされているに違いない。国を蹂躙されて、為す術もなく人も物を壊されて。


「今やれることを全力でやるしかない。そうだろう?」


 確かに彼は留学中もずっと真剣だった。今ここに居て出来る限りのことをする。そうだわ、彼はそういう人だった。


「でも……お辛くはありませんか? 故郷がこんなになってしまって」

「勿論、悔しいし、己の不甲斐なさを毎日痛感している。だが、自己憐憫に浸ったところで気が済むのは自分だけだ。犠牲になった人々に報いる為にも、今はやれることをがむしゃらにやるしかないと思っている」


 私はファウロス殿下の悲壮な決意を、その言葉と、触れた手から感じ取る。


「……ファウロス様はやはりしっかりしてますね」

「別にそんなことはないさ。何かをやっていれば、くよくよ考えなくて済む。それだけだ」


 ほんの少し、自虐的に微笑む彼の表情から苦労が見て取れる。自分の国で起きていることだもの。どれだけ胸を痛めておいででしょう。いえ、そんな生温い言葉ではとても言い表せないくらい苦しいはずだ。

 学園に居た頃よりもずっと険しく痩せたその姿が物語っている。それでも気丈に振舞っていらっしゃる……私もいつまでも甘いままではダメだわ。弱音を吐くのは止めよう。

 人々の為にも、強くならなければ。彼らの負った悲しみも受け止められるように。


「そう言えば、私に何か用がおありだったのでしょう,? 話の途中で帰ってしまってごめんなさい」


 私はふと今日ファウロス殿下に呼び出されたことを思い出した。


「いや……聖女と呼ばれている者が居て、人々を穢れから救っている、と話に聞いて、一応会ってみようと思ってな。これでも、皆の安全に責任を持つ立場だからな」


 つまり聖女と呼ばれる人物が胡散臭い詐欺師の類ではないか、と確かめたかったといことね。


「……まさか君だとは思わなかった」


 ファウロス殿下が苦笑する。


「だが、君なら何の問題も無い。君が優しく誠実な人だと身を以て知っているから」

「殿下……」


 優しく光る紫紺の瞳に学園に居た頃をふいに思い出す。いつも一人で本を読んでいたファウロス様を読書クラブに誘って、クラブ内でも、二人でも、よく本のことやそれぞれの国の事を話した。


「君が俺を孤独から救ってくれたように、どうかマルバシアスの民を助けてくれないか?」


 ファウロス殿下の表情がぐっと真剣になる。聖女としての覚悟を問われている気がした。

 私自身は決して自分を聖女だなんて思わないけれど、人々がそう呼ぶのなら。それで希望が持てるなら。私は甘んじてそれを受けよう。


「私でお力になれるなら……」


 私はファウロス殿下に向かって頷いて、そして黒く穢れた大地を見渡した。

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