表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

第3話 穢れた大地

 「本当によろしいのですか? 今ならまだ……」

 

 ギルレーヌとマルバシアスの国境付近で、御者が私に恐る恐る聞いてきた。二国の間には深い森が横たわっているが、街道は整備されており、普段なら活発な往来がある。

 けれど、今は一度も他の馬車とすれ違っていない。話によると穢れが伝染するのを恐れて、ギルレーヌは国境を封鎖していると聞いたわ。

 確かに国境にある鉄門は封鎖されている。あそこを通ってマルバシアスに入れば、こちらには戻って来ることが出来ない。


「私は行くわ」

「お嬢様……」


 私はトランクを持って馬車から降りた。聖公家の馬車はおそらく国境を出るな、と言われているはず。私は微笑んで、ここまで送ってくれた御者にお礼を言う。


「ここまでありがとう。さぁ、言って頂戴」


 来た道を引き返して行く聖公家の馬車を見送り、国境の鉄門の横にある検問所に近づく。警部兵が見張りに立っており、私を一瞥した。


「聖公家の方ですか?」

「はい。ソフィー・ド・マルシーヌです」


 話は通っているのか、若い兵士は黙って鉄の門を開けた。


「ここから一歩でも外へ出たら戻ってくることは出来ません。構いませんか?」

「構いません。行きます」


 そうして私は、一歩マルバシアスに入った。私の目の前に一台の馬車がある。そこから黒いローブを着た銀髪の若い男性が降りてきた。黒いローブは神官の中でも特に研究と修練に特化した神官を表す。

 この男性もその一人かしら?


「お待ちしておりました……まさか、本当に聖公家の方が来るとは思いませんでしたが」


 冷ややか眼差しで皮肉気な物言いだ。


「あの……」

「失礼しました。私はアンリ・コール。教会本部から貴女をシルフィスまで連れて行くように命じられました」


 私の戸惑いを察したように、その人は一礼し自己紹介した。


「そう、でしたか……それは、ありがとうございます。アンリさん」


 彼の言い方に何となく、面倒事を押し付けられたような雰囲気を感じる。


「それでは早速向かいましょう。乗って下さい」

「はい……」


 素っ気ない態度でアンリさんは再び馬車に乗り込む、私も続いて馬車に乗った。

 この人としばらく一緒なんて気が重いわ……。

 馬車は気まずい空気の中走り出した。車窓から外を見ると、ギルレーヌとの国境周辺には被害が無かったようで木立が美しく並んでいる。


「確か最も被害が酷いのは、シルフィス周辺でしたよね……」

「ええ。マルバシアスの王都から南に少し下ったところにある聖地です……聖公家の方に説明は不要でしょうが」

「はい。存じています」


 シルフィスは万病を癒すと言われる聖なる泉が湧き出し、大精霊の力が色濃く宿っている地。その水を目当てに、治療の為に逗留する人々とそれを世話する人が集まって街を作った。さらに、霊験あらたかな地でもあるので、巡礼する者、修行を積む者も集まり、シルフィスは宗教都市としての色を帯びていった。


「それで、実際にどのくらい被害を受けたのですか? 街は壊滅、田畑も焼かれ、魔物も集まっているとのことですけれど……」


 マルバシアスに向かう前にある程度情報は集めていた。ドラゴンが街を襲うのは、今回が初めてではないけれど、それでも前回は50年以上前で別の大陸で起きたことで詳細な情報は分からない。一度ドラゴンが暴れれば、人の力で止めることは出来ない。ただ、早く去ってくれるのを祈るだけ。ドラゴンに襲われるのは、天災に合うのと同義で、嵐や地震を予測出来ないようにドラゴンが現れるのを予測することは出来ない。


 それでも口さがない者達は、ドラゴンに襲われるのはそこに住む人々が悪い行いをしていたからで、大精霊からの天罰だと平気で言う。けれど、マルバシアスの王が民を虐げているだなんて話は聞いたことが無いわ。ましてシルフィスは聖地として名高い地、敬虔な者達が集まる場所だもの。罰を受ける謂れはないはずだわ。


「酷いものですよ。ご存知かとは思いますが、ドラゴンの吐く炎は物を燃やすだけではなく、穢れを撒き散らすのです。それが大地を汚し、魔物を呼び寄せる原因となっています。王弟のファウロス様が魔物討伐の指揮を現地で取っておりますが、穢れを取り除かない限りは根本的な解決には至らないでしょう」


 友人の名前が出て私は目を見張った。


「ファウロス様本人が指揮を? 王族自ら戦っている、ということですか?」

「そうです。自分が王都に居ても出来ることはないから、と」

「確かにファウロス様は剣も得意な方でしたけど……余りに危険では?」


 学園でも剣の模擬試合をすることはあった。ファウロス様は一度も負けたとこがなかったわ。それに、他の生徒のいざこざに巻き込まれて決闘じみたことをする羽目になったときも、一瞬で相手の剣を弾き飛ばしていたのを覚えている。

 同じ王子でもギルレーヌのセルジュ王子はそういう真剣勝負は好まない方だった。勝負事なら皆で楽しむようなボートレースの方がお好きだったわね。もし、ドラゴンがマルバシアスではなく、ギルレーヌを襲ったのなら、セルジュ様は陣頭指揮なんて取れるだろうか……。

 おそらく、きっと無理だわ。不謹慎だけど。楽しいことはお好きだけど、プレッシャーの掛かることは得意でない方だもの。


「危険は承知の上でしょう」

「それでも、人々の為に戦っていらっしゃるのね」


 一体どれほどの被害を受けたのか、今の私には想像も付かない。術もほとんど使えない私が、そんなところへ行って何が出来るのかしら……。

 漠然とした不安はあるものの、馬車は街道を進み、森はやがて草原になった。シルフィスへ近づいて行くにつれて、外の風景が変わっていく。目に見えて、荒廃が進んでいた。

 

 周辺を覆う空気すら重苦しく、穢れが見えない幕のように垂れ下がっている気がするわ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ