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第29話 妹の哀願

「私は私で愛を見つけました。これからはマルバシアスの地で、セルジュ様とポレットのように、ファウロス様と二人で歩んでいきます。陛下、要らぬ心労を掛けてしまい申し訳ござません」


 そう言い切って、私は国王陛下に向かって優雅に礼をした。

 ……これは少し嫌味が過ぎたかしら。

 でも、ギルレーヌ王家にも聖公家にも諦めてもらわなくてはならないんだもの、はっきり言わないと。私は国王陛下の次の言葉を内心にハラハラしながら待った。陛下は険のある目元を緩めた。


「……そうか。杞憂であったなら良い。幼い頃から知っておるそなたについ老婆心が出たのだ、許せ」


 これでギルレーヌは私の件から手を引くと、宣言したと同じだわ。

 そもそも他国に正式に嫁いだ者を、大した理由もなく引き離して戻すなんてことは、到底無理な話だったのに。これ以上長引いて、セルジュ王子とポレットの醜聞が広がるのも困るでしょうし、国家全体の体面に関わる。

 国王陛下は引き際を誤らなかった、ということね。

 父はどうかしら、と私はちらりと横目に様子を見る。眉間に皺を寄せ、 口は歯軋りでもしているようにぎりぎりと動いているけれど。何かを言い出す気配はない。ここで何か言ったとて聖公家の為にならないと判断したみたいね。ここで私を無理に引きとめたら、今の聖公家には、私以外には特別な力は何もない、と認めるようもの。そんなことを、この父がするはずがない。

 これでマルバシアスに帰れる、と私と殿下は互いの顔を見て安堵する。


「国王陛下も、どうぞしくご健勝であらせられませ。我々はこれで失礼致します」


 私とファウロス殿下は再び恭しく一礼し、この場を辞そうと背を背ける。


「待ってよっ!」


 ふいにポレットが叫んだ。驚いて私はその声に振り返る。ポレットが泣きそうな顔で隣にいたセルジュ王子の制止を振り切り、私に縋りつくように腕を掴んだ。


「ポレット?」


 私も殿下も、そして周囲も唖然としている。


「ダメよっ! お姉様、戻ってきてっ」

「ポレット、何を言っているの?」


 私を追い出したのは貴女でしょう、と心の中で思った。こんな場所で何を急に言い出すのだろうと、私は困惑の気持ちで妹を見下ろす。


「だってお姉様ばっかりずるい! 今だって、キラキラして聖女だって崇められて、隣国の王子にだって大事にされてっ……!」

「……貴女にはセルジュ王子がいるしょう?」


 ポレットは私の話も聞かず、喚き続ける。妹の見事な筈の金髪も愛嬌ある可愛い顔も今は荒み歪んでいた。


「お姉様ばっっかりズルい……! 皆、お姉様と私を比較して、ため息を吐くのよ。酷いわ! 私ばっかり惨めなんてイヤッ!ねぇ、お姉様、私に全部ちょうだい、ずっとそうしてきたでしょう? お姉様のものは全部私のものだったものっ!!」


 ファウロス殿下が不快そうに眉根を上げた。何か言いそうなところを私は視線で制して、私の腕を掴んでいるポレットの手に、私は優しく自分の手を重ねる。


「ポレット、今の貴女が置かれた状況は自分で選んだものよ」


 ポレットは元々、王族に嫁ぐ予定ではなく、おそらく父が見繕ったどこかの貴族を婿に迎える予定だった。だから、そもそも余り厳しく礼儀や躾を指導されたことはない。けれど将来王妃になるなら、自由奔放で無邪気なまま、というわけにはいかない。

 ポレットにはそれが見えていなかったみたい。ただ、王子の婚約者として愛され可愛がられると思っていたのね。


「自分の足で歩いていきなさい。セルジュ様と手を取り合って。他者を敬い、自然を愛し、より良く生きる。それだけで良いのよ」

「そんな能書き聞きたくないっ!」


 私の言葉を聞き入れたくないのか、ポレットは駄々っ子のようにいやいやと首を振る。


「……どうやら、ポレット殿は連日の行事でお疲れのようだ。誰か」


 冷静にファウロス殿下が言うと、どこからかメイド達が現れて、私とポレットを引き剥がした。まだ妹は泣き喚いている。 周囲はまだ騒然としている。その隙に殿下は私の背中を押して、一緒にホールから出ていく。その後ろをイレーナさんとダグラスさんが周囲を目で制しながら付いてくる。

 長い廊下に私達の足音だけが響く。馬車に乗り込んで、ほっと息を吐いた。

「掴まれた腕は大丈夫か、ソフィー?」


 殿下が心配そうに私の腕を見る。掴まれたところが少し赤くなっていた。


「大丈夫です。痛くはありませんから。少し驚いただけで」


  私は少し困ったように笑ってみせた。


「そうだな、私も驚いたよ」

「ごめんなさい、殿下。まさか、あんな風に妹が縋りついてくるなんて」

「大方、やはり君のものが欲しかっただけのようだな」

「そうだったとしても、軽率過ぎます」


 我知らず渋面になる。先ほどのポレットの行いはギルレーヌの王家と聖公家のどちらの顔も潰す行為だわ。


「私から奪うこと以外、それに伴う責任は考えていなかった、ということなのね……」


 自分の妹ながら何だか悲しくなってしまう。そこまで思慮がないとは思わなかった。


「妹さんは君の華やかな、王子の許嫁で皆に丁重に扱われるという部分、だけ見て羨ましい、と思ったのだろう。それまでの君の努力は見て見ぬ振りをした。下の弟妹(きょうだい)にありかちなことだ」


 ……殿下の実感の有る言葉に、私は辛くなる。殿下もそういう経齢があるんだわ。きっとアンナ妃のこと。 けれど思っていることと、それを実際に行動に移すのとでは雲泥の差だわ。


「……殿下もさぞかつらい思いをされていらっしゃるのでしょうね、アンナ王妃のことで」


 私は意を決して聞いてみた。


「義柿上がどうした?」


 ファウロス殿下が怪訝な顔をする。


「だって……お好きなのでしょう、王妃様のこと。気付いておりました。私だけには正直に言って下さい」

「はっ? 何を行ってるんだ、ソフィー?」


 殿下は意味が分からないといった風にとぼけた。何だか却って怪しい気がする。


「私は仮初の妻ですから、殿下のアンナ妃へのお気持ちは受け止める覚悟です……友人ですもの」

「……さっきからに何を言ってるんだ?」

「殿下は、下の弟妹は上の兄姉のものを欲しがるものだっておしゃっていたではありませんか」


  とぼけ続ける殿下に私は言い募った。殿下は疲れたように、ため息を吐く。


「それはあくまで、玩具か何かの話だ。確かに、アンナ義姉上は素晴らしい女性で兄上の相手に相応しい方だと思っているが、別に女性として意識したことはないぞ」

「えっ、でも……」

「でもも何もない。兄姉のものが欲しくなるなんて、小さな子供のうちだけだ。成長すれば、自分のだけのものが欲しくなるものだ。長子の君には分からないだろうが」


 私は今きっとすごく間抜けな顔をしているに違いないわ。


「君は今までそんな勘違いをしていたのか……」


 ファウロス殿下は呆れとも驚きともつかない声で呟く。それを聞いて、私は耳まで真っ赤になった。殿下の言う通り、とんでもない勘違いをしていたみたい。恥ずかしい。 穴があったら入りたい……。


「そ、それではファウロス殿下には好いている方はいらっしゃらない、と」


 私は自分の失敗を誤魔化すように半ば自棄になって聞いた。


「……」


 沈黙が訪れる。道を行く車輪の音がカラカラ聞こえるだけ。

 私……何かマズいことを聞いてしまったかしら……。自分の失態を隠す為に、踏み込み過ぎてしまったわ。


「……君だ」


 そっぽを向いて殿下が恥ずかしそうにポソっと何か言った。


「今、何か……」

「だから、俺が好きなのは君だと言っている!」


  破れかぶれのようにファウロス殿下が叫んだ。


「えっ……」


 言った方の殿下も言われた私も顔が真っ赤だ。


「えっと、その……」


 突然のことで私は上手く言葉が出ない。口がカラカラに乾いて、舌が上手く回らないわ。


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