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第28話 いざ、宮殿へ

 次の日、私はメイド達に手伝ってもらい、マルバシアスから持って来た着替えを済ませて部屋を出る。応接間に既にファウロス殿下が待っていて、寝室から出てきた私をじっと見つめる。


「……どうかされましたか、殿下?」

「 いや、その、よく似合ている……」


 殿下はそれだけ言って、何か照れたように顔を明後日の方向へ向ける。私が着ているのは、乳白色を基調に照明が当たるとオパールのように複雑に煌めくタイプのドレス。ゆったりとしていて、いつも来ている白いローブに雰囲気が似ているので、アンナ妃と相談してこれに決めた。ぴったりとしたドレスではないので、着丈の調整が最小限で済む、というのも大きい。

 そのドレープの美しいドレスのウェストを植物文のベルトできゅっとしぼる。ダンスにはあまり向かないドレスだけれど、踊るのが目的ではないのだし、これで良いわ。


「ありがとうございます。殿下もよくお似合いです」


 ファウロス殿下の燕尾服は改めて見ても惚れ惚れするほど似合っている。殿下は昨年のジュリアス様の名代として、生誕祭に出席されていたときも同じだった。その時も、彼の長身とスタイルの良さと、色の濃い肌が格格良いと思ったもの。

 ああ、この人が私の旦那様なんだわ……今更だけど。私がしみじみとそのことを噛み締めていると、扉がトントンと叩かれる。


  「準備は出来てますかい?」


 ダグラスさんの声だわ。


「ああ、大丈夫だ」


 殿下がそう答えると扉が開き、イレーナさんともう一人が入ってきた。二人とも青色に金のモールが付いた騎士の典礼用の服装をしている。


「まあ、イレーナさん格好良いです!」


 緑色の髪を靡かせすっと姿勢よく立つ長身のイレーナさんは、まさに男装の麗人といった具合で、とても麗しい。私が頬を染めて言うと、イレーナさんは照れたように微笑む。


「いえ……ソフィー様こそお美しいです」

「ううん、イレーナさんこそ、きっと女性達の注目の的になりそうです」


 憧憬を込めて、私はイレーナさんを見つめる。


「なぁなぁ、姫さん。俺のこともホメてくれよな」


 そう言ったのはイレーナさんの隣に立っている騎士で、黒髪を綺麗に撫でつけた20代半ばから後半の男性に見える。その斜に構えたような姿勢と顔には見覚えが……あっ!


「あ、あらっ、ごめんなさい。ダグラスさんだと気が付かなかくて。無精ひげも無かったですし、髪もちゃんとしていて……」


 私の言葉に殿下とイルーナさんがたまらず吹き出した。


「酷いですぜ、それは……」


 ダグラスさんが大袈裟に肩を落としたので、私もついつい笑ってしまう。


「普段から小綺麗にしておかないからだ」


 イレーナさんは呆れたようにため息を吐く。いつものやり取りに私は心が軽くなった。


「何だか緊張が解れた気がします」

「そうだな。あまり気圧ってもしょうがない。行こう。ソフィー」

「はい」

 微笑むファウス殿下が私に手を差し出す。私はそれを自然に取った。男女の愛、ではないかもしれないけれど、私達の間には確固たる友情と絆がある。それだけは誰にも引き裂けない。

 馬車は華やぐ大通りを進み、尖塔が幾つも並ぶ壮麗な官殿へと向かっていく。ギルレーヌの貴族に各国の要人、王保貴族の馬車が次々と宮殿の門の中へと吸い込まれて、私達を乗せた馬車もその列に加わる。宮殿へと至る道に左右対称に広がる整えられた庭、そして宮殿の窓という窓には明りが灯され、宮殿はまるで闇に浮かぶの城のようで、ひどく幻想的だと思った。


「相変わらず、何とも凄いな……」


 圧倒されたようにファウロス殿下が呟く。


「それに中はまるで昼間のような明るさですものね」


 殿下の言葉に私がそう答えた。聖公家の人間として何度か臨席したけれど、いつ見ても壮大だわ。


「……やはり懐かしいと思うか?」


 殿下が少し寂しそうな表情を見せる。


「懐かしい、とは思いません。私はこの国の王妃となるべくす様々教え込まれてきましたが、ここに出席される方々の顔と名前を一致させるのに必死でしたし。何か失礼なことをしでかしてしまうのでは、という心配と緊張で、楽しむ余裕など全然なかったのですから。そんな必要が無くなって、正直ほっとしています」

「そうか……聖公家も大変だな」


 安堵したように殿下は一息吐いて、背もたれに背を預ける。


「はい。ですから。離れられて本当に良かったと思います」


 私は大国の王妃なんて器じゃないもの。それに、これは二度と戻らないための戦い。アンナ妃も言っていたじゃい。ガツンとやらなくては。

 私は気合を入れ直し、ファウロス殿下に手を取られ馬車を降りた。イレーナさんとダグラスさんがそれに続く。宮殿へ入ると、精巧な彫刻が等間隔に並ぶ赤い絨毯が敷かれた長い廊下が続く。様々な人が着飾り微笑を浮かべながら歩いているけれど、目だけはこちらを伺っているように思えた。


「皆、我々がどうなるのか興味深々といったところか。見せ物になったようで落ち着かんな」


 ファウス殿下が呆れたように呟く。


「そうですね、早く決着をつけて帰りましょう」

「万が一、荒事になっても俺達がいるんで、安心して下さいよ」


 ダグラスさんが気軽な様子でウィンクすると、イレーナさんに無言で小突かれた。どこにいても変わらないですね、と私も口元が綻ぶ。


「さて、いよいよだな」


 長い廊下を歩いた先に広いホールがあって、私達はそこへ足を踏み入れる。広いホールの奥で国王夫妻が、三段程高くなっている玉座から招待客の挨拶を受けていた。陛下は金の刺繍の入った豪勢な重いローブを纏っている。六十手前であるにも関わらず体に曲がったところのない、シルバーブロンドに威厳のある表情を見ると、私も懐かしくなった。

 私達も一歩一歩そこへ歩み出る。その度に騒めきが大きくなっているような気がした。


「セルジュ殿と君の妹がいるな」


 国王夫妻の周囲にはギルレーヌの王族方が立っている。その中にセルジュ様とその婚約者に収まったポレットがいる。豪勢な衣装の割に、二人とも緊張しているような表情に見えた。


「それに父も母もいます。向かって左へちに」


 私はファウス殿下に耳打ちし、さりげなく視線を動かす。玉座から近い順にギルレースの有力諸候が並んでいる。聖公家もそこに臨席していた。相変わらず怜悧な表情を父は崩していない。一応、信仰を司る立場なのでシンプルな白いローブを来ている。ただ、生地は最高級のものだけれど。

 否が応でも緊帳が高まる。私とファウロス殿下はついにギルレーヌ国王と王妃の前に歩みでて、恭しく礼をした。


「お招きに預かり光栄にございます。陛下におかれましてはご清栄のことお慶び申し上げます」

「貴国が大変な時によう来てくれた。ファウロス王子。せめてギルレーヌ滞在中は憂いを忘れ過ごされよ」

「ありがたいお言葉にございます」


 国王陛下の青い瞳は、次に私を映す。


「ソフィー、健勝でいるようで、私も嬉しい。そなたのマルバシアスでの活躍、こちらでも耳にしておる」


 一度は父母となるような間柄だった。それがたった半年足らずで全て変わってしまった。


「願わくばその力を、マルバシアスの為だけではなく、聖公家と共に諸国にも発揮してもらいたいものだ」


 国王の口調こそ穏やかだけれど、その実は聖公家の下に戻って来いというもの。


「自分達から手放しておいて何を……」


 ファウロス殿下が私にだけ聞こえる声で苦々しく呟いた。私はそれを開いて、少しだけ笑ってしまった。

 ええ。確かにそう。かっては父母のようにお慕いした方々だったけれど、彼らは私でもポレットでもどちらでも良い言って、ポレット選んだ。


「嬉しいお言葉をありがとうございます。ですが、陛下。恐れながら一つ思い違いをされております」


 私の言葉に周囲がざわついた。


「私のマルバシアスでの働きなどほんの僅かです。実際に人々を助けたのは、現地で救済に当たった神官、兵士、善意で働く人々なのです。私にそこに、ただ一人の神官として居たに過ぎません」


 私は居並ぶギルレーヌの王族をしっかりと見据えた。


「たとえ、私に少々の不思議な力が宿っていたとしても、それは聖女の家系である聖公家の人間なのですから当然かと存じます。ですから、陛下。ご安心下さいませ。ギルレーヌには妹のポレットがおります」

「えっ!?」


 当のポレットが悲鳴のような声を上げて、真っ青な顔でわなわなと震えている。自分に重大な責任を負わせないで、と目が訴えているようだ。私は悠然と微笑む。


「ポレットには私と同じ血が流れております。必ずや陛下の御心に沿える活躍を見せてくれるものと信じております」


 そう。ポレットだって浄化の力に目覚めることもある得る。ただ、それは聖女の血族でなくとも同じだけれど。何故なら “聖女の力”というものは、別に血脈に依存しない。それを知っているのは大精霊に会った私達だけ。それに聖公家は常に自分たちが聖女の血筋だと喚伝してきた。それなら、その責務をポレットもまた果たさなければならない。


「ふむ……確かにそうだな。だか、シルフィスの哀れな民達の為にそなたが無理矢理結婚させられたのではないかと心配になってな」


 何を、と怒りを抑えるように隣でファウロス殿下が拳を強く握る。私としてもそんな言われ方は不本意だわ。


「それは杞憂でございます、陛下。私は私の意思でファウロス様との結婚を選びました。私はファウロス様は常に瘴気との戦いの中、共におりました。学園での友人でもありまたし、支え合いたいと思うのは当然でございます」

「ほう。では愛し合っていると?」


 国王陛下の目がすっと鋭くなる。


「もちろんです、陛下」


 答えたのはファウス殿下だった。私は彼を見つめる。殿下は掌を開いて、私の手を握った。私はその手を握り返す。


「私は聖女だから、聖公家だから、ソフィー殿を選んだのではありません。愛しているから申し込んだのです」


 殿下が私を見て、優しく微笑み掛ける。たとえ、偽りだとしても泣き出してしまいそうなほど嬉しい。


「それに陛下ならお分かりになる思います。愛する者同士が一緒にいる方が良いことは」


  ファウロス殿下の言葉に、ホールに居並ぶ人々が息を飲んだのが分かった。あの噂は本当だったんだ、と囁き合う声が何処からか聞こえてきて、王と王妃だけでなく、父と母、セルジュ様とポレットもぎくりとしたみたいだわ。

 そう。ギルレーヌ王家は、セルジュ王子が望むならと、結婚相手を私からポレットに交代させた。それはセルジュ様がポレットの方が良いと言ったからだ。彼女の方を愛しているから、と。

 それなら、それが私と殿下の間でも通らぬ道理はない。一度は”愛”で変更を認めてしまったのだから。他の結婚でそれを認めないわけにはいかない。

 

 否定してしまえば、自分達の行為を過ちと認めてしまうことだから。

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