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第25話 水面下での準備

「ソフィー、どうしたっ!?」


 先ほど別れたばかりなのに、私が天幕に現れてファウロス殿下はかなり驚いている。


「実は……」

「なるほど……」


 私がギルレーヌ王の生誕祭に出るという話を聞いて、ファウロス殿下は顎に手を当てて何か考えているみたい。私が一時的にとはいえ、ギルレーヌへ戻るのは良い考えではないと思っているのかしら……。

 ファウロス殿下が再び口を開くのを、固唾を飲んで待つ。


「……それなら、俺も一緒に行こう」

「えっ……」

「二人連れだっている方が説得力が増す。それに、聖公家やギルレーヌ王家が強引な手を使ってこないとも限らない。一緒にいる方が安全だ」

「ファウロス殿下……」

「ここのことはハーシズに任せる。穢れの脅威は去ったことだし、あいつならうまくやるだろう。王都の方から増援も来ているし。少しなら離れても問題ないだろう」


 殿下は天幕の外に待機していたハーシズさんを呼んで、今後のことを色々と相談し始めた。その話し合いが一段落すると、ハーシズさんが口を開いた。


「これはちょうど良いきかいかもしれませんね。穢れの脅威が収まった以上、どの道、殿下と我々近衛はいずれ王都へ戻らなくてはなりませんし。シルフィスの復興を次の段階へと進める準備としましょう。差し当って、お二人は準備が整い次第、王都へ行って下さい。諸々の支度はあちらでするのがよろしいでしょう」

「分かった。後のことは頼む」

「お願いします、ハーシズさん」


 ギルレーヌ国王の祝祭まで確かにあまり時間が無いわ。あと一ヶ月ほどだもの。


「そうなれば急ぎましょう。ファウロス様、まずは陛下にこの旨をしたためた手紙を送って下さい。ソフィー様もご準備を」

「分かりました」


 と、私は神妙に頷いたものの、準備をする物はほとんどなかった。荷物と言えば、家から持ってきた鞄一つだけ。とりあえず、イレーナさんに私の荷物を修道院から持って来てもらうついでに、私が王都に向かうことをアンリさん達に伝えてもらった。

 それから数日後、私と殿下は、少数の護衛をつれてまずは王都へと向かった。宮殿で出迎えてくれたのはアンナ王妃で、挨拶もそこそこに私の腕を引っ張ってある部屋へと連れていく。


「あの、陛下へのご挨拶がまだ…」

「それはあとで良いわ。今頃はファウロスが行ってるているだろうし。今は時間がないもの。さ、選んで」

「選ぶ?」


 私はそう言って部屋の中を見た。部屋の中には形も色の違うドレスがずらり、と並んでいる。


「あの、これは?」

「とりあえず宮殿にあるものと、私の手持ちのものを集めておいたの。時間がないから、これから作るのは無理だもの」

「それはどういう……」


 王妃様は何故か意気込んでいらっしゃるけれど、何故ドレスがこれほど必要なのか私には分からなかった。

「あら、国王の生誕祭にかこつけて、ギルレースの王宮では各国の王侯貴族を集めて舞踏会を開くのではなかったかしら?」


 王妃様はどこか楽しそうに言う。


「はい。確かにそうですけれど」

「それなら気合いを入れて選ばないと」

「待って下さいっ。私はそんな着飾って出るつもりは……」

「何を言っているの? 貴女達はマルバシアスの代表としても出席するのよ。みすぼらしい格好では行かせられないわ。それに卒業パーティーでガツンとかられたのでしょう。聞いたわ。それなら、こっちは舞踏会でガツンとやらないと!」

「ガツンって……」


 王妃さきは意外とアグレッシブだわ。きっと王様もファウス殿下も王妃様のこの明るさと強さに惹かれたに違いないわ。ほんの少し切なくくなる。シルフィスでファウロス殿下と共に頑張ってきたけれど、殿下は王妃様を思っている。その事実を改めて思いだして、私の心は苦しくなる。

 そう、私と殿下はあくまで友人。どうして苦しいのかしら。ううん、本当は分かっている。けれど、それは決して口に出来ない。この結婚はそもそも契約。この国と国民を救う為の。

 だから、家に連れ戻されるわけにはいかない。ここで人々を救う仕事がまだ残っている。愛は無くても、使命が私にはある。それが殿下と私を繋いでいる……それだけで充分。愛だの情だのの結びつきを嫌ったのは私だもの。当然の展開だわ。


「ソフィー、どうしたの?」

「いえ、ちょっと考え事を。確かに私の未来もかかっていることですから、気合を入れないといけませんね」


 王妃様が必配そうに声を掛けてきたので、私は何でもないです、と微笑む。


「こうでなくちゃね。さぁ、気合を入れて選びましょう。髪の色に合わせるなら青かしら? それとも情熱的な赤も悪くないわ。白が黄色もイメージに合うわね……」


 王妃様はまるで着せかえ人形で遊ぶように、ドレスを私にあてては、あーでもないこーでもないと言う。私は正直、どんなドレスでも構わなかったので、ドレス選びは王妃様にお任せすることにした。数日で慌ただしく準備をすませて、私と殿下は馬車にのり込む。


「大変だったようだな、ソフィー」


 隣に座ったファウロス殿下が苦笑する。馬車がゆっくりと走り出す。


「え……?」

「王妃に散々付き合わされて」


 殿下の瞳に悪戯っぽい色が浮かんでいる。王妃様への親愛が見て取れて苦しくなる。


「……いえ、私も楽しかったです」


 私はそれを悟られぬように微笑む。


「ところで、殿下。生誕祭までもう余り日がありません。段取りを確認したいのですけれど」


 私はそれ以上、王妃様の話は続けたくなくて、半ば強引に話題を変える。

「その件についてなんだが。実は君と面会したいという手紙を方々から届いているんだ」

「そうなのですか?」


 驚く私に殿下は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

「聖女の話が広まっているんだろう。君を取り込もうと画策しているのか。あるいは、ご機嫌を取って何か旨味でも得ようと思っているのか……どうする? 会うか?」

「いいえ。全て断って下さい」

「分かった。では全て断っておこう」


 相手にどんな思惑があるか分からない以上、危険は冒せないという私の意思を汲んで、殿下が頷いた。


「ああ、でも読書クラブの皆に会えたら嬉しいのですけれど」


 学園で過ごした懐しい友人達。他のどんな地位のある人よりも彼らに会いたい。


「そうだな。長くは滞在出来ないが、どこかで時間を持てたら良いな」


 ファウス殿下も懐かしいた顔を思い出したようで表情がや柔らかくなる。

「皆に手紙を出しましょう。私、書きます」

「それなら俺も。二人で手分けして書けば、時間もそう掛からないだろう」


 一時的にとはいえギルレーヌに帰るのは気が重いけれど、友達に会えるなら楽しみではある。勿論、実際に会えるかは別にして。けれど、期待するだけなら問題ないはずだわ。


 私は殿下と微笑み合った。


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