第24話 聖女の困惑
なんだか妙なことになってしまったわ。私はため息交じりに、アンリさんに会いに図書室に向かう。
「あ、ソフィー様、こんにちは!」
図書室の扉を開けたところで、ティレニくんが立っていた。彼の手には一冊の本が握られている。
「ティレニくん。どうしたの、その本?」
それが目に付いたので、私はティレニくんに尋ねた。
「皆さんが頑張っているのを見て、僕もいつか立派な神官になりたいって思って。それで思い切ってアンリさんに相談してみたんです。そしたら、書庫から本を見繕って下さって。まずはこれを読んでみなさいって」
照れたように話すティレニくんに対し、私は誇らしい気持ちになった。ここで活動する神官を見て、そんな風に思ってくれるなんて。
「まぁ! きっとティレニくんなら素晴らしい神官になれると思うわ」
「僕にどこまで才能があるかは分からないですけど……」
「才能の有無なんて、どうでも良いことなのよ」
ティレニくんの言葉に私は首を振った。
「ただ只管、自分に出来ることを頑張れば。人を敬い、自然を愛し、より良く生きる。それだけで良いの」
「ソフィー様……」
「頑張ってね。私も応援してるから」
私とティレニくんが笑い合っていると、一階の治療場から続く階段から誰かが上がって来る音がした。足音からすると複数いるみたい。その人達は私に気が付くとずんずんと近づいて来る。
「聖女様!」
「おお! 神々しいお姿っ」
「ありがたや……」
老若男女が集まってきて図書室前の廊下を埋め尽くし口々に私に話し掛けてくる。ある人など涙ぐみながら跪く勢いなので、すっかり困ってしまった。
「あの……皆さん、落ち着いて下さいっ」
私は皆を落ち着かせる為に声を掛けるけれど効果はないようで、私もティレニくんも途方に暮れてしまう。私達が立ち尽くしていると、図書室からアンリさんが出てきた。
「皆さん、用も無いのにそのように詰め掛けては”聖女様”も困ってしまうでしょう。さぁ、戻って下さい」
アンリさんの冷静な声で皆我に帰ったのか、気まずい表情でいそいそと階段を降りて行く。アンリさんは一つため息を吐いて、私を見た。
「貴女はもうここに留まらない方が良いでしょう。有名になり過ぎた」
「そんな……」
「僕もそれが良いと思います」
「ティレニくんまで」
二人に邪険にされたようで、私は弱り顔になった。
「シルフィスの泉は力を取り戻しました。穢れも怪我も水の力でゆっくりとではありますが治せます。貴女がここに居なくても問題ありません」
「……」
暗に必要ないと言われてしまって、私は悲しくなる。アンリさんの言うことが最もなのは分かるけれど。
「貴女には今、別のところでやることがあるでしょう」
「やること?」
「ええ。ギルレーヌから干渉があるのでしょう?」
アンリさんの言葉に私ははっとした。私は声を落とし、アンリさんに尋ねる。
「……アンリさんのところにも何か届いたのですか?」
アンリさんは私と同じギルレーヌ出身で、アンリさんは聖公家の命を受けてここに調査に来ている。だとしたら、聖公家から何がしかの働き掛けがあってもおかしくない。
「ええ。帰って来るように説得しろ、とね」
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
私と家のゴタゴタにアンリさんを巻き込んでしまったわ。
「まったくです。実のところ、ファウロス殿下と離縁して聖公家に戻るつもりはおありで?」
「いいえ。家には絶対帰りません」
アンリさんの揶揄するような質問に私は首を振る。それを見てアンリさんが皮肉気に片眉を上げた。
「それならここで人々に追い回されている暇はないでしょう。ギルレーヌと聖公家が本気になる前に、貴女にはやるべきことがあるのではありませんか」
「アンリさん……」
辛辣ながら私に発破を掛けようとしてくれているみたい。
そうね。ギルレーヌ、聖公家、マルバシアスのいざこざが大きくなる前に何とかしないと。この揉め事は誰の為にもならないもの。
そうなると、こちらから撃って出る必要があるかも……。
私にある考えが浮かんだ。
「分かりました。ここのこと、皆のこと、よろしくお願いします」
私は覚悟を決めて、アンリさんに頭を下げた。
「表から出てはまた人に群がられるでしょうから、裏手から出て下さい。ティレニくん、護衛の二人に馬を裏に回すように言って下さい」
「わかりました!」
アンリさんの指示に従って、元気よくティレニくんが階段を降りていく。
「アンリさん、ありがとうございます」
「これで私も落ち着いて記録を書くのに専念出来ますから、お構いなく」
相変わらずさらっとした、その言い草に私は微笑んだ。
***
「それで、具体的にどうするおつもりですか?」
私とイレーナさんとダグラスさんは、取り合えずファウロス殿下のいる天幕を目指していた。穢れが無くなったので、騎士団はシルフィスの街の近くに場所を移している。街の中は破壊しつくされ、瓦礫が散乱し、長期で滞在するにはまだ整備が必要だった。
「もうすぐギルレーヌの国王陛下の誕生日で、国内の貴族だけではなく、各国の王族や貴族も招待して盛大な祝賀パーティーが開かれるんです。街もそれは華やかに飾られて、あちこちで特別な市や祭りが開催されるのです」
「それが、何なんです?」
私の説明にダグラスさんもイレーナさんも首を捻る。
「私はそれに出席しようと思います」
「ギルレーヌに戻られるのですかっ?」
イレーナさんの顔が青くなった。
「そうです、イレーナさん。でもそれは家に戻るということではありません。公衆の面前ではっきり帰る気はない、と示さなければ、きっといつまでも燻り続けると思うのです」
「なるほど。ガツンとかましてやるってワケですね」
愉快そうにダグラスさんが口笛を吹く。
「下品な言い方をするな」
イレーナさんがきっとダグラスさんを睨み窘めると、ダグラスさんはへらっと笑う。変わらぬ二人に私も頬が緩むけれど、ダグラスさんってイレーナさんに厳しいことを言われるのが好きみたいだわ、とふと思ってしまった。
「で、勿論それにはオレ達も連れて行って下さるんですよね?」
「えっ……」
「私達は貴女の護衛です。当然、ご同行させて頂きます」
「ダグラスさん、イレーナさん……ええ。お二人が一緒ならとても心強いわ。殿下にもお願いしてみます」




