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第20話 ファウロスの思い

 それから私は一層熱心に、ダグラスさんとイレーナさんを伴って周囲の土地の浄化に出掛けるようになった。休みもほとんど取らずに私は突き進んだ。たぶん、余り考えたくなかったのだと思う。時間があると、殿下のことや結婚のことを考えてしまうから。暇になるのが嫌だった。

 そんな日々が一ヶ月程続けていた、ある時。私は眩暈を感じて、立って居られなくなった。血の気が引いていくのを感じて、私は倒れ込む。

 何かに引き込まれるように意識を失った。


***


「何、ソフィーが倒れた!?」


 ハーシズから報告を聞いて、俺は思わず叫んでしまった。


「どうやら過労のようです」

「無理をするなとあれほどっ……」


 俺は渋面になって、指で眉間を抑えた。過労だと言うが、一体どれほど彼女は自分を酷使したのだろう。


「お見舞いに行かれますか?」

「いや、それは……」


 ハーシズの提案に俺は躊躇した。会いに行きたい気持ちは重々ある。だが、俺が見舞いに行ったとて、何かしてやれることがあるわけではない。


「行って下さい。そんな怖い顔でウロウロされては部下達の士気に関わります」

「お前な……」


 ハーシズの明け透けな言い方に、俺は彼を睨んだ後、ため息を吐いた。

 毒気のある言い方だが、ハーシズはこちらに構わずソフィーに会いに行けと言ってくれている。感謝すべきなのだろうな。


「……まぁ、良い。後は頼む」


 そう言って俺は天幕を出て、馬を走らせた。夕暮れが近づいてきて、大地を橙色に染めている。俺は眩しさに目を細めて、修道院に向かう。到着する頃には陽が沈みかけていた。

 俺の姿を見て、ダグラスとイレーナが恐縮したように佇んでいる。


「申し訳ございません。我々が一緒に付いていながら……」


 イレーナが後悔を滲ませながら言った。


「いや……それよりソフィーの様子が知りたい」


 俺は二人を怒る気になれなかった。それよりもむしろ自分の不甲斐なさに腹が立っていたからだ。傍に居られない立場にも。

 二人に案内され、俺は修道院の中に入った。ガラスが割れたままの窓から風が入ってきて、肌寒く感じた。

 ソフィーが寝かされている部屋まで来ると中に黒髪の若い女の神官ともっと年少の少年が寝台の傍に居たが、俺を見て一礼すると二人とも部屋から出て行った。恐らくソフィーの看病をしていたのだろう。揃って憔悴しているようだった。


「ソフィー……」


 粗末な寝台に寝かされているソフィーを見て俺は胸が張り裂けそうだった。やつれた顔をしている。金色の髪も艶が無い。俺は彼女の頬に手を伸ばした。そしてそっと撫でる。

 俺が彼女をここまで追い詰めてしまった。 マルバシアスを、人々を、助けて欲しいと頼んだから。

 無理をするな、と言ったって努力家のソフィーなら自分の身を顧みずに行動するなんて、分かりきっていたことじゃないか。


 ……分かっていながら利用したんだ、俺は。聖公家と距離を置きたい彼女の気持ちを知って。彼女の置かれた立場を知って。逃げられないように囲い込んで、無理矢理な理屈を並べて結婚を承諾させた。愛だの恋だのより、きっとソフィーを納得させ易いだろうと思って唆したんだ。

 ソフィーの気持ちが俺に無いのは知っていたから。何せ彼女は生まれてからほとんどの時間をギルレーヌの王子の婚約者として生きてきたのだから。俺がどれほど望んだとて、気持ちを伝えることさえ許されないだろう、と思っていた。

 だから、栞に自分を託した。彼女が本を開く度に俺のことを思い出してくれる。俺のことを忘れないで居てくれるだろうから、と。


 しかし、彼女はここへ来た。マルバシアスに。俺の目の前に再び現れた。それでどうして、放って置けるだろう。

 そうだ、俺がやったことは、聖女を無理矢理娶って国家と縛り付けた昔のギルレーヌの大公と一緒だ。離婚にも応じるなど、心にもないことを言って。昔は聖女と王族の結婚なんて、所詮聖女を繋ぎ止めるために無理矢理大公を宛がったのさろう、と蔑んでいたのに。思わず嘲笑が漏れた。

 だが、今なら分かる。故郷が大変な時に、王宮でのうのうと過ごすなど出来はしない。我が身を顧みず献身的に力を振るう聖女を心配し、きっとまた惹かれていたに違いない。彼女を守りたい、と思っただろう。

 今の自分と同じように。それなのに、俺は……。


「ソフィー、すまない……」


 俺は眠る彼女の横で項垂れた。どのくらいそうして居ただろうか、部屋はもう真っ暗で、サイドテーブルに置いてあるランプだけがほんのり光を提供している。そんな中で微かにソフィーが身動ぎしたような気配がした。


「ソフィー?」


 俺は顔を上げて彼女の名を呼ぶ。


「ファウロス、さま……?」


 ソフィーがゆっくりと瞼を上げ、傍に居る俺を見て怪訝そうな声を出す。ソフィーは自分が今どうなっているか理解出来ていないようだ。


「あの、ここは……」

「君は修道院の中で倒れたんだ。覚えてないか?」

「そう言えば……視界がくるくる回って……私それで……」


 ソフィーが眉間に皺を寄せ考えるように額に手を当てる。


「そうだ。倒れたんだ。過労だそうだ。無理をするな、と言っただろう」


 つい心配から小言めいたことを言ってしまった。もっと優しい言葉を掛けるべきだったのに。俺は……。


「ファウロス様……すみません」


 案の定ソフィーは申し訳なさそうに謝ってきた。


「いや……謝って欲しい訳じゃないんだ。ただ、自分を大事にして欲しいだけだ」


 ソフィーはもぞもぞと動いて、上体を起こそうとするので、俺は慌てて押し止める。


「ソフィー、無理をしては駄目だ」

「大丈夫です。少し疲れが溜まっただけですから」

「こんなにやつれてるじゃないか」


 俺は険しい顔を彼女に見せる。


「殿下だって、学園に居た頃より私から見たらやつれてます」

「俺のことは良いんだ。ソフィー、これ以上無理したら君をギルレーヌへ送り返すぞ」


 これ以上君が傷つかないようにする方法が、これしかないのなら。


「それは絶対に嫌です。私はここに居たいのです。ここで役に立ちたい……」


 ソフィーは首を振って拒む。本気で嫌がっているようだ。だが、彼女の身を考えれば、俺はそうする覚悟がある。


「それなら頼むからこれ以上無理しないでくれ……」


 俺の言葉にソフィーは不思議な笑みを浮かべた。透明で慈愛に満ちていて、それでいて決意を秘めたような、そんな笑みだ。


「ファウロス様、私最近思うことがあるんです」

「何だ?」

「きっと聖女様も初めから聖女だったわけじゃなかったんだって。きっと、傷ついた人々や故郷を憂い、己の無力さに何度も歯噛みして、それでも何とかしたくて一生懸命だったに違いない、と。今の私と同じように、なんて烏滸がましいけれど。それでも、私はそう思うんです」


 奇しくもそれは俺が思っていたことと同じだった。


「実は俺も同じことを考えていたんだ。聖女と大公の結婚に周囲の打算の要素が無かったとは思わない。けれど、きっと本人達は真剣だった。本気で人々を救いたいと思ったはずだ、と」

「殿下……」

「だからと言って、今回みたいに倒れるまで働くのは止めてくれ。俺の心臓が持たない」


 ソフィーは俺のことなどただの契約相手くらいにしか思ってないだろうが、俺は違う。ソフィーに何かあったら、心臓が張り裂けそうだ。


「はい……気を付けます。だから殿下も私をギルレーヌに送り帰すなんて言わないで下さいね」

「ああ。分かった。長話をしたな、すまない。ゆっくり休んでくれ」


 俺は労わるように笑んで、ソフィーの頭を撫でる。ソフィーはゆっくり目を閉じた。少しして安らかな寝息が聞こえてきて、俺はほっと安堵した。

 だが、俺は彼女にしてやれることなどほとんどない。疲れを癒すことも、怪我を治すことも、穢れを浄化することも出来ない。彼女の為には何の手助けも出来ない。

 もう少し一緒に居られるようにハーシズに相談してみようか……それだって大したことは出来ないだろうが。

 だから、せめてソフィーの無事を祈ることだけは、許してくれ。


 俺は再び眠るソフィーを前に首を垂れた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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