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第18話 浄化作戦開始!

「では、この周辺に穢れの溜まっているところはどこでしょう?」

「今から行くのか?」

「はい。殿下や皆さんの安全を早く確保したいのです」

「ソフィー……それなら俺も一緒に行こう」

「え? でも……」


 驚く私に殿下が紫紺の瞳を細めて微笑む。


「行くさ。俺は君の夫になる男だからな。それに危険だと分かってるのに、はいそうですか、と行かせられない」

「殿下……」


 私の身はどうでも良いけれど、もしファウロス殿下に何かあったら、そちらこそ大変だわ。

 私は困ってファウロス殿下の後ろにいるハーシズさんに視線を向ける。ハーシズさんは仕方ない、と首を振った。


「すみません、ソフィー様。言い出したら聞かない方でして……」

「……分かりました」

「ハーシズ、あとは頼む」

「はい、殿下。くれぐれもお気をつけて」

「分かっている」


 私と殿下はハーシズさんに見送られ出発した……のだけれど。


「あの、ファウロス様……」

「なんだ?」

「どうして馬に二人で乗らないといけないのですか?」


 そう、私は今殿下の愛馬に殿下と二人で騎乗している。殿下の前に私が座る形だ。護衛の騎士達に見られていると思うととても恥ずかしい。私は顔どころか体まで熱くなってくる。


「何かあったら困るからな。一緒なら問題ないだろう」


 後ろでファウロス殿下がいけしゃあしゃあと宣う。私を揶揄って楽しんでらっしゃるに違いないわ。


「馬なら一人でも乗れますっ」


 貴族女性として当然乗馬も習っている。人並みには乗れる自覚もあるわ。


「それは女性が乗る横座りで、だろう。この方が安全だ」


 それはそうなのかもしれないけれど……本当かしら? それにしたって私の心臓が煩い。殿下は揶揄ってるだけなのに。私は平静を装うので精一杯だわ。 


「馬だって二人も乗ったら重いと思いますけど」

「この馬は頑丈だから心配いらない」


 むぅっと私は不満顔をしたけれど、殿下はどこ吹く風だった。護衛の騎士達に笑われてないと良いわ。

 私が羞恥に耐えながら進んでいくと、確かに嫌な臭気が漂ってくるのが分かった。私は思わずその嫌な気配に、顔を顰めた。

 重い空気が周囲を包む。


「あれが、炎……」


 私は呆然と前を見つめた。黒く燻った大地と崩れた建物。ドラゴンの炎の残滓から生まれた荒廃がここにはあった。瘴気を放つ黒い煙から重く苦しい気配がする。どこからともなく嘆きの声が聞こえた気がした。

 それはきっと大地の叫び。大地の自らを癒そうとする力を阻害する穢れ。放っておけば何十年も何百年もそのまま大地を穢し続けることになる。

 私は殿下から馬から下ろしてもらい、穢れが残る大地に立った。そして両手を組んで目を閉じる。私は静かに祈り始めた。

 閉じた目の、真っ暗になった視界に光の粒子が降り注ぐ。それは細く、今にも消えかかりそうにささやかではあるけれど確かにここにある。弱々しいけれどまだ途切れてはいない。

 どうか、精霊よ。穢れの軛を断ち切って。

 その祈りと共に私の中に微かに流れ込んだ光は輝きを増し、溢れ、周囲に広がって行く。瞼を持ち上げれば、足元から黒い大地に新芽が芽吹き、周囲に淡い緑の絨毯を作り出していた。


「聖女の力、か……」


 ファウロス殿下が呆けたように呟く。


「きっと、そうなのでしょうね。私にはあまり自覚はありませんけど。私は祈っただけで、光は私を通り抜けていくだけだから……けれど、上手く出来たみたいで良かったです」


 私は笑みを浮かべた。勿論、浄化出来たのはほんの些細な一部分だけだけれど。確かな一歩だわ。


「俺が祈っても何も起きないのだから、これは君自身の力なのだと俺は思う。ピオじいやアンリ殿が興味を示す訳だ」

「アンリさんをご存知なのですか?」


 私は意外な繋がりに目を見張る。


「無論だ。人々の様子を把握するのも俺の仕事だからな。治療や物資の管理を担当するアンリ殿のことも知っている。彼から修道院でのことは報告をもらっているし。馬車も貸した。まさか、君を迎えに行く為だったとは思わなかったが」

「まぁ……そうだったのですね」


 言われてみれば確かに、修道院の物資の乏しい中で馬車なんて用意出来るわけ無かったのよね。私ったら本当に甘かったわ。自分の至らなさに、思わず自嘲的なため息が私の口から漏れる。


「ソフィー?」

「いえ、何でもありません」


 心配そうなファウロス殿下に私は首を振った。


「私が聖女だろうと何だろうと、やるべきことをやるだけだと思って」

「無茶だけはしないでくれ。魔物だっていつ現れるか分からないからな。今日みたいに一緒に行ければ良いが……」

「お気持ちだけで充分です。ここに住む人々を守るのが殿下の務めですもの。気を付けます」


 私の身を案じてくれる殿下の言葉に私はしかと頷いた。


「だが、しばらくはこの辺りにいるのだろう? せめてその間くらいは一緒に居させてくれ」

「殿下……」


 それから数日、私は騎士団が宿営している丘周辺を見て回り、穢れが残っている場所を見つけては浄化していった。

 言葉通り、ファウロス殿下はその間もずっと一緒に居てくれた。

 ……殿下はやはりお優しい方だわ。私はただの、契約上の妻になるだけの、友達なのに。

 それから数日、私は騎士団が宿営している丘周辺を見て回り、穢れが残っている場所を見つけては浄化していった。


 ***


 私は騎士団の宿営地から修道院に戻り、図書室のアンリさんを訪ねた。大地の浄化の件の相談をする為に。


「まずは、やはり人の多い場所から始めるのが良いと思います。王都とシルフィスを繋ぐ街道の周辺からが適切かと。街道周りが、完璧でないにせよ、安全になったら王都から物資や人が行き来し易くなりますから。ただ……」


 アンリさんはそこで言葉を切った。


「ただ、何でしょう? 特に問題ないかと思いますけど……」


 シルフィスは精霊の力の強い場所として巡礼地になっているから、王都からしっかりした街道が通っている。その街道沿いには巡礼者の為の、食堂や宿屋が点在しており、近くには民家もあると聞いたわ。勿論、今はほとんどが破壊され人々は幕屋を張って不安な日々を過ごしているのだもの、アンリさんの提案は正しいと思うけれど。

 アンリさんは無表情に地図を広げる。


「残念ながら、穢れがどのくらい広がっているのか、全容は把握出来ていないことです。私が調べたり聞いたりした範囲ではここと……」


 そう言いながら、アンリさんは地図に小さなピンを刺していく。それが10箇所ほどになった。


「私が記録している限りはこれだけです。基本我々は修道院に掛かり切りですから、仕方ありませんが……現実にはもっと多い場所に穢れが蔓延しているでしょう」

「ちょっと良いか。ピン貸してくれ」


 ダグラスさんはイレーナさんと話しながら、ピンを手に取って次々に地図に刺していく。騎士団は神官達よりも行動範囲が広いから、穢れが広がっている場所もよく知っているのね。ピンは30箇所以上になった。


「大体こんなモンか」

「多いな……」


 イレーナさんが渋面になった。

「そうですね……」


 改めて見ると、被害の広さが分かる。これらを全て回って浄化しなくてはいけないのだわ。気が遠くなりそう。


「けれど、私達以外やれる人が居ないのだもの。一刻早く始めなければ」

「では、まず街道に近いこの辺りから行ってみては?」


 アンリさんが地図を示す。


「そうします」


 私が頷くと、アンリさんが表情を引き締めた。


「気を付けて下さい。これらはあくまで我々が把握している分だけです。どこに穢れが残っているのか、全貌は分かっていませんから」


「おう、気を付けるぜ」

「ソフィー様は我々がお守りします」

「二人ともありがとう。準備を整えたら早速行きましょう」


 頼もしい二人の言葉に私は微笑んだ。

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