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第14話 教会へ

「ソフィー、疲れているのか?」


 ぼんやりしていたので、殿下を心配させてしまったわ。


「いいえ、大丈夫です。ごめんなさい」


 私は何でもない、と微笑む。


「二人ともお疲れだったわね。私ったら気が付かなくて。ソフィーさんにもお部屋を用意してあるから、ゆっくり休んで」

「ありがとうございます。あの、でも、私は出来たらこちらの教会に赴きたいのですが……」

「え……」


 ファウロス殿下とアンナ妃が驚いたように私を見た。


「調べたいことと、こちらの教会の方への御挨拶も兼ねて伺えればと。いきなり行っても大丈夫でしょうか?」

「それは大丈夫だと思うけれど……疲れているしょう?」


 アンナ妃の気遣う言葉に私は首を振る。


「私ばかり休んではいられません。こちらに来たからには出来る事をしておきたいのです。よろしくお願い致します」


 私は頭を下げた。


「分かったわ。聖堂までの案内を誰か付けましょう」

「いや、俺が同行しますよ」

「ファウロス様……」


 ファウロス殿下の突然の言葉に私は驚いて彼を見た。


「君が行くというのに俺ばかり休んではいられないからな」

「ですが……」

「いいんだ」


 そう言ってファウロス殿下は微笑む。そこで私は殿下の案内で、マルバシアスで一番大きい教会へ行くことにした。イレーナさんとダグラスさんも付いて来てくれる。


「ごめんなさい。皆さんお付き合いさせてしまって」

「護衛ですので、お気遣いなく」


 イレーナさんがさらっと答える。頼もしいわ。


「ありがとう。二人とも。それに殿下も」

「いや、気にしないでくれ」


 私達は再び馬車に乗り、石畳の路を行く。宮殿から南西の方向に丸いドームが特徴的な聖堂が見えてきた。


「あれが、マルバシアスで一番大きな聖堂だ」


 ファウロス殿下の言葉に私は頷く。尖塔が何本も立つギルレーヌの教会よりシンプルな形がマルバシアスの質実剛健さを際立たせている気がした。敷地の前で馬車を降り、門をくぐる。聖堂の庭には、木箱や麻袋が雑然と並んでいた。その傍には白いローブを着た神官達がリストを見ながら何かを話し合っていたり、荷物を運び出したりしている。


「こちらは支援物資のようですね。各地の教会から集められた物資をここに集めて、ここからシルフィスへ送っていると聞きました。シルフィスの教会は機能していないので」


 イレーナさんが淡々と教えてくれた。確かに壊滅状態のシルフィスではとても支援物資を分配したり管理したりをする余裕はない。


「騎士団の方でも、国や地方からの物資を管理している。だが、やはり魔物相手に人を取られている所為でなかなかスムーズにはいっていないが」


 ファウロス殿下が苦々しく言ってため息を吐く。

 結局全てはそれが原因なのね。瘴気を取り除かなければ復興も夢のまた夢。なんとか大地から瘴気を取り除く方法が見つかれば良いのだけど。

 私が考え事をしていると、若い人参色の髪の神官が殿下の姿に気が付いて驚いたような顔で固まっている。


「ファウロス様!? シルフィスにいらっしゃるのでは……」

「ああ。所用があって王宮にな。明日にはシルフィスに戻る」

「そうでしたか。それで当方に何か……」

「用があるのは俺ではない。こちらはマルシーヌ聖公家のソフィー殿」


 私の名を聞いて、周囲の神官達が一斉にこちらを見て驚愕の表情をする。

 ……私、もしかしてここに来ては行けなかったのかしら。迷惑だったかもしれない、と困惑しているところで、先ほどの人参色の髪の神官が私に向かって頭を下げた。


「よくぞ来て下さいました!どうぞ、こちらへ」


 興奮気味に私達を教会内へ案内する。広い礼拝用の空間が広がっていて、そこには多くの人が祈っていた。


「皆、犠牲者がこれ以上増えぬよう祈っているのです」

「立派なことです。その祈りはきっと精霊もお聞き届け下さると思います」


 神官の説明に私は頷く。純粋な祈りはきっと力になる、と私は信じたい。


「ありがとうございます。ソフィー様のお話しは伺っております。浄化の力がある、と」

「上手く説明出来ませんが、私はただの通り道に過ぎないのです。こちらにも穢れに苦しんでおられる方がいるのですか?」

「はい。神官が何名か」

「神官達だけ、ですか?」


 私が怪訝な顔をしたので、その神官は少し困ったように眉を下げた。


「勿論、穢れを伴わない怪我を負った人々には治療を施しております。臥せっている神官達はドラゴン襲撃直後から人々の為に働いておりました。しかし、瘴気から穢れに蝕まれてしまって……」

「それでこちらへ?」

「はい。動けない自分達が居ても皆の迷惑になるから、と。穢れに冒されながら歩きてここまで来た者も居て。中には既に亡くなった神官もおります」

「そんな……」


 私は口に手を当てた。苦しみもがいて亡くなっていった神官を思うと、腹の裡がずんっと重くなる。


「今残っている者達も自分の手当は不要と、人々を救えと……」


 神官は悔しそうに唇を噛んで、そして頭を下げた。


「どうか、仲間達を救って下さい!」

「頭をあげて下さい。出来る限りのことはするつもりです。皆様の献身に、聖公に代わって感謝致します」

「ソフィー様……」


 神官の瞳には薄ら涙が浮かんでいる。


「取り乱して失礼いたしました。こちらへどうぞ」


 私達は渡り廊下を抜けて、繋がっている別の建物に案内された。こちらは主に神官達が寝起きするのに使っている棟らしい。その中の一室に私達は入った。そこは病室のように寝台が規則正しく並んでおり、神官達が臥せっていた。傍には世話を担当している神官達の姿もあった。

 穢れの気配を感じる。言い知れない空気の淀みがここにはある。

 私は目を閉じて、光の流れを感じ取る。奔流が四方へと迸った。その瞬間、淀んだ空気が吹き飛び、清浄な光に包まれるのが分かった。


「これはっ……」


 私達を案内した神官が驚いたように目を見開き呆然としている。看護をしていた神官達も臥せっている人達の体から瘴気の痣が消えて驚いているみたい。


「前より威力が上がっているみたいっすねぇ……」


 ダグラスさんが感心しつつも驚いたように呟く。


「確かに。私が治療を受けた時よりもずっと強く感じます」


 イレーナさんの言葉に私は、うーんと考える。


「慣れ、みたいなものかしら。毎日祈っているから。体に馴染んでくる、というか」


 自分自身でも上手くは説明出来ないけれど、光の流れを掴み易くなっているのは確かかもしれない。


「ソフィー様ありがとうございます! まさに噂通りの聖女様です」


 神官達が土下座するような勢いで私に頭を下げる。


「いえ、あの、頭を上げて下さい。聖女だなんて、そんな神聖な存在じゃないんです……」

「いいえ。このような強力な浄化の力を持つ方は大変稀です。聖女様以外にありえません」

「とりあえず皆様の穢れを祓えて良かったです。後は養生すれば大丈夫だと思います」


 聖女かどうかの話を余り掘り下げて欲しくなかった私は違う話題を振る。


「あの、もし何か知っていることがあれば教えて欲しいのですが、穢れから生まれる魔物は何か、他の魔物とは違うようなのです。何か知っていることはございませんか?」


 私が尋ねると、治療に当たっている神官は皆互いに顔を見合わせたり困ったような表情になった。どうやら誰も知らないみたい。

 アンリさんも言っていた通り、記録が無さすぎるのよね。知る限りでもドラゴンの襲撃が遭ったのは直近でも50年前、それも他の大陸のことで風聞で聞いただけ。ギルレーヌにいる間でもそんな話聞いたことないもの。


「生憎我々にはそのことはよく分かりませんが、図書室に行けば何か分かることがあるかもしれません。生き字引みたいな古株が居ますから」


 人参色の髪の神官が今度は図書室へ案内してくれると言うので、再び渡り廊下に出た時だった。ちょうど向こうから何名か急ぎ足で近づいて来る。その集団は私達に気が付いて足を止めた。黒髪の背の高い厳つい顔をした50代くらいの神官が私達の前に歩み出てくる。

 威厳と凄みを感じる佇まいに私は、何か自分が不味いことをしてしまったのかしら、と不安になる。


「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません、ソフィー様。私はマルバシアス教区を預かるアザーフと申します。同胞をお救い頂いてありがとうございます」


 アザーフ教区長は小さく微笑む。その顔には疲れが見えた。後ろに居並ぶ神官達もそう。連日、人々の治療や物資の管理輸送に忙殺されているのね。


「神官の皆さんは私にとっても同胞です。助けることが出来て本当に良かったです。シルフィスでの皆さんの献身には私の方こそ頭が下がります」


 シルフィスに居るミラや他の神官達の顔を思い出す。私は頷く。


「聖公家の方にそう言って頂けるとは身に余る光栄です。殿下もよくお越し下さいました。先に連絡して頂ければ、お迎えにあがりましたものを」

「いや、我らが勝手に来たのだ。気を遣わないでくれ」

「ファウロス殿下の仰る通りです。私が無理をお願いして連れて来て頂いたのです。私の方こそ皆さんのお仕事のお邪魔をしてしまって……」

「そのようなことはお気になさいますな。それで、何故こちらへ?」

「実は……」


 そう問われて、私は先ほどと同じ説明をした。


「それで図書室へ……しかし、あそこは……」


 アザーフ教区長の眉間に皺が寄るのが見えた。図書室に行って欲しくないのかしら……聖公家に見られたら困る物があるのかもしれないわね。


「あそこは雑然とし過ぎていて、とても外部の方にはお勧め出来ません。談話室にご案内するのでそこでお待ちください。そちらに人をやるので」

「いえ、そんな。こちらがお邪魔しているのですから、私達が出向きます」


 私の言葉にアザーフ教区長は弱ったというような表情になった。

 ……そんなに酷い有り様なのかしら?

 ちょっと不安を感じるけれど、時間が惜しいもの。出向く方が早いわ。


「恥部を晒すのは気が引けますが……ご案内しましょう。どうぞこちらへ」

 若い神官に代わり、アザーフ教区長が私達を図書館へ連れて行ってくれるみたい。

 回廊を渡り、聖堂の更に奥へ行くと、重そうな木製の扉の前に来た。


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