癖者の警察官
「もう大丈夫そうかな?」
あ、ヤルガヌさんの存在忘れてた。
「あの、なんて言うか、その、ありがとうございました」
サク達が立ち上がってヤルガヌさんに頭下げてる。なんか動きがぎこちないな。
僕も挨拶しとかなきゃ。
「ヤルガヌさん、いろいろ話を聞いてくれてありがとう」
「いやいや、話し合いですんでよかったよ。あ、あとね、ここ、俺達の巡回ルートに入れる事になったから」
「え、巡回? 俺達?」
「そう、通報があったからね。君達が話している時に署の方へ報告したんだけど、君の状況を知った上司が決めたんだ。大体三日に一度で巡回してて、ここに来るのは三日後のお昼過ぎから夜八時くらいになるかな」
「時間の幅が広い。あの、ここって一日を時間で言うと二十四時間?」
「あ、君のとこもそうだった? ここもそうだけど一日が二十四時間って世界は結構多いんだよね」
「そうなんですか。やっぱり異世界って沢山あるんだ」
「なるべく季節とかが似ている世界を担当する様にされているけど、時々巡回する世界が夏から冬だったりするとちょっと驚くよ」
「うわ、暑いのから寒いとか風邪ひきそう」
「ふふふ、この服は万能だからね。外部の影響は受けないですむから病気知らずなのだ!」
「おー、凄い便利な服」
「自分の不摂生が原因だと服着てても病気にはなるんだ」
「そこまでの面倒は見ない服」
ヤルガヌさんが得意げに胸に手を当てて顔をすましているので拍手してみる。
ちょっと嬉しそうにしてて面白い。オチもちゃんとあるのか。
「時間の幅を広くしているのは、きちんとした時間を決めちゃうと、他の巡回ルートの対応次第で時間がずれる時があって後で揉めたりするから、時間の余裕を持たせるのがうちのやり方かな」
「他の世界にも僕みたいなのいますか?」
「俺達が担当している中に、君みたいなタイプはいないかな。あ、おい、黒右崎。そろそろ次に行くから挨拶しときな」
「くろうさぎ?」
ヤルガヌさんが見てる方に視線を向けて驚いた。ちょっと離れた場所に、どうして今まで気づかなかったのか分からないくらい目立つ人達がいた。
警察官の服装をした男の人が一人とそれぞれ違う容姿で派手な服装をした女の人が四人。
男の人には首輪がついてて、首の後ろから伸びてる頑丈そうな鎖を女の人達がそれぞれ持ってる。鎖は四本とも種類が違ってる。凄い。
やばい、初めて見た。あんな事してる人達って漫画とかでは見たけど実在してるのか。しかも複数でしてる。
多分くろうさぎって呼ばれた男の人が近づいてくる。その後ろから女の人達がついてきてるけどどうしたらいいの。
「ども、黒右崎慎吾って言います。慎吾って名前、あんまり好きじゃないんで黒右崎って呼んでください」
「あ、分かりました」
僕が呆気にとられてじーっと見てるとわざわざしゃがんで警察手帳を見せてくれた。黒右崎さんはしゃがんだのに、後ろの人達は立ったまま。黒右崎さん、首輪は苦しくないのかな。
後ろの人達は何もしてないけど、ヤルガヌさんやサク達が何も言わないのがホラー。異世界ではこんな人達がいるのって普通なのかな。嘘でしょ。
黒右崎さん、見た目は僕より少し年上って感じ。黒髪で清潔感がある爽やかな感じの人。けど、ちゃんと見るとなんか気だるい態度がそれを打ち消してる。兄ちゃんほどじゃないけど大学生って言われたら納得しちゃう年齢っぽい。
ヤルガヌさんと違って帽子を被ってる。ぱっと見では真面目な人にしか見えないけど、首輪と鎖がそれを裏切ってる。
後ろの女の人達はずっと笑顔だけど目が笑ってないし何も言わない。怖い。
右から金髪、青髪、紫髪、ピンク髪と髪の色も派手だ。服装は男の人と違って、ドレス姿と冒険者みたいな格好。
金髪の人はこれでもかってくらい赤いドレスが派手。アクセも凄い豪華というか、重そう。
青髪の人は金髪の人より控えめに見える水色のドレスだけど、よく見るとなんかキラキラしてる。アクセもキラキラ、重そう。
紫髪の人はレースが凄いひらひらしてる黒いドレス、刺繍されてるのか模様が凄い。アクセは真珠がずらりと並んでて、重そう。
ピンク髪の人は冒険者みたいな格好。露出度が誰よりも凄い。背中と腰に弓矢と剣を装備してて、重そう。
黒右崎さんは名前的に日本人かなと思うけど、後ろの人達はどう見ても日本人には見えない。黒右崎さんしか自己紹介がないので、どう接すればいいのか分からない。
「世界樹さんって呼んでいいですか?」
「あ、はい。世界樹です。人間だった頃の名前は分かりません」
「あ、事情は通報者の方から聞いてるので大丈夫」
「あ、はい。あの、もしかして日本人ですか? 僕も日本人なんですけど同じ世界の人ですか?」
「日本人だけど、多分世界樹さんとは違う世界だと思う。世界樹さんの世界に魔法は無かったんだよね?」
「え、黒右崎さんって魔法が使えたの?! 日本で!?」
「そう、俺の世界は魔法技術が主流だったんだ。だから、世界樹さんとは違う世界の人間なんだ。ごめんね」
黒右崎さんめっちゃ丁寧。見た目で判断して少し警戒してたの反省しないと。
「あ、あの、その、今度時間があったら黒右崎さんの世界の話、聞いてもいいですか?」
「うん、大した話はできないけどそれでもいい?」
「もちろんです。ありがとうございます」
「じゃあそろそろ俺達行くね」
黒右崎さんとの挨拶も無事にすんだので、ヤルガヌさんが別れの挨拶をしてくれた。
「はい。ヤルガヌさん、黒右崎さん、また来てくれるの待ってます」
「本当は、俺達みたいな警察官とは無縁な方が一番平和でいい事なんだけどね」
ヤルガヌさんが苦笑して手を振りながらあっさり消えた。黒右崎さんと後ろの女の人達も消えてる。
何だか少し疲れてきたかも、精神的に。
「あー、怖かったわ!」
「死ぬかと思いました」
「二人に同意」
サク達も緊張が解けたのかそれぞれ背伸びしたり屈伸してる。
「サク、自分で通報しといてその態度はないんじゃない?」
「異世界人の事で困った事があったら頼れって言い伝えがあってな。通報したのもお前と話が通じないし、長は倒れるしで、どうしようもないと判断したんだ」
「通報して来てくれたじゃん」
「そう、実際に来てくれたのには感謝しかないが、あんなに強い異世界人が二人も来るなんて思ってなかったから、もう生きた心地がしなかった!」
「強い異世界人?」
「ん? ……俺達は警戒されていたんだろうな。話してる途中も圧が凄かったぞ」
「へー、僕はそんなの感じなかったけど、人を選んで圧をかけるって凄いね」
「そうなんだよ! それをしれっとやってるのが二人もいて、下手したら死ぬって覚悟決めてたぞ」
「けど女の人達はそこまで強いと思わなかったの?」
あの四人も結構すごい感じがしたんだけど、首輪と鎖のインパクトもあったし、僕の気のせいだったのかな?
僕の質問にサク達は首を傾げる。
「女? 人達って何を言っているんだ?」
「え、黒右崎さんの後ろにいた女の人達。四人いたでしょ?」
「いや、見てないが、だよな?」
サクだけじゃ無くアルとレンも見てないって。
じゃあ、あの女の人達は何なの。
「もしかすると、黒右崎さんが持つ能力なのでは? 俺達が見えなかったのは、契約している人型の精霊や召喚獣の類いだからあえて俺達が必要以上に警戒しないように見えなくしていたか、そもそも俺達には見えない存在だったのでは? 君に見えたのは世界樹だったからではないでしょうか?」
アルが言ったので正解なんだろうか。けど、見た目的に反対な気がする。ああいうのって鎖持ってる方が主人なんでしょ?
「そうなのかな。黒右崎さんの首輪から伸びてる鎖を女の人達が持ってたんだけど」
「ちょっと待て。その、特徴とか詳しく教えてくれないか」
サクの待ったで、僕が見た通りの話をした。皆んな引いてた。良かった、あれはこの世界でも普通じゃなかったみたい。
「なるほど、だからお前はあんなに不審そうな顔で見ていたのか」
「え、そんなに分かりやすい顔してた?」
「してたしてた。話している途中ですまなそうな顔になってもいた。何であんなだったかさっきの話で腑に落ちた」
「えー」
「確かにちょっとだけ警戒する猫に似てましたね」
「アルまでそんな事言うなんて」
「その女性達の存在を、あの人達に聞くのはやめといた方がいいのかもな」
「俺達には見えていなかったですし、こちらに害は無い様のなら黙っていた方が懸命ですね」
「そうだね、僕も気をつけとこ」
「……ちょっといいだろうか」
僕達がわきゃわきゃしてたら、レンが手をあげてた。何だろう?
「レン、どうしたの?」
「そろそろ世界樹殿の呼び名を決めないか?」
「呼び名? 別に世界樹でよくない?」
「世界樹は長い」
「え? せ、か、い、じ、ちっさいゆで五文字だよ? じゅにしたら四文字だし」
「世界樹殿の言葉では四文字五文字でも、こちらではせ、か、い、じゅと十四文字ある。長い」
十四文字?
そうは聞こえなかったけど、もしかしてこれが翻訳の力!
「え、待って、もしかしてサク達の名前って二文字じゃない?」
「いや、二文字だ。本名の後ろ二文字を呼び名にしている。そして、本名は親しか知らない」
「え、自分の本名知らないの?!」
「本名を知らないのは魔除けなんです。悪き物に付け入れられない様にする俺達一族特有の風習です」
「へー、そう言う風習があるんだ」
「世界樹の引き継ぎには無い知識だろうな」
「そりゃそうだよ。人の風習なんて世界樹がどうやって知るのさ」
「風習もそうだが、呼びやすさも鑑みて世界樹殿の呼び名が必要だ」
「えー、別に無くてもよくない?」
「……そんなに嫌か?」
サクに心配そうな感じで聞かれるが、なんとなく要らないって感じとしか言えない。
「嫌というか、なんとなく必要ないって思う。どうしても世界樹以外で呼びたいなら、千代目でいいじゃん」
「世界樹殿がそう言うなら、千代目から後ろ二文字でセン殿と呼んでいいだろうか?」
「レンがそう呼びたいならそれでいいよ。千代目のせんだから違和感ないし」
「では、俺もセン様と呼ぶか」
「様づけはちょっと嫌かも。てかお前って言ってたのに様とかつけないでよ。なんかむずむずする」
「……お前とは、こちらでは名前を呼べない目上に対して使うのだが、そちらでは違うのか?」
「翻訳の力が仕事しすぎなのか、僕が言葉を知らないだけなのか分からない!」
サクはずっと気の良いおじさんだと思ってたけど、僕に対して敬意があったのか。話し方が他の二人と比べて雑な感じだったのも、もしかして翻訳の力が僕に分かりやすくしてたのか。最初の叫びが印象深かったせいでもあるかも?
それにしてもまさか話し方一つでこんな解釈違いが発生するのか。だけどまあ、話しやすい方がいいよね。うん。
今後は人の話し方とかあんまり気にしない方がいいのかも。解釈違い起きても僕世界樹だしで押し通そう。
「君と呼ぶのは、親しみを込めた呼び方ですね」
「俺は個人名にも使っているが、殿は大体種族名の敬称に使われているな」
「そうなんだ。翻訳の力って凄い」
「センさんはどうだ?」
サクが聞いてくる。別にセンって呼び捨てすればいいのにそれは駄目っぽい。まあ、サクがそれでいいならさん付けでもいいか。
「いいよ」
「では俺もセンさんと呼びますね」
「うん。僕から名乗りはしないけど、好きに呼んで」
別に呼び名なんて必要無いと思うんだけどな。