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第6章 園内で交戦中〈3〉

 誰もが言っていることを呑み込めなかった。

 それがわかった天風(てんぷう)だから慌てて付け加える。


「あ、でも全部じゃないです。そうですね、どうか腕か脚のどちらかの一本にしてもらえませんか」


 はっと意識を覚ましたかのように白き妖狐(ようこ)バドが応じる。


「なにを言っているんだ、咸固乃天風(みなもとの てんぷう)

「ずいぶんクンくんのお父さんは食べたくて苦しんでいるようではありませんか。これが最後と約束してくれるなら、僕は構いません」


 ダメだよ、と激しく上げる肩上の白き妖狐クンだ。


「天風はもう充分なほど我が父にその肉を与えているんだ。それに腕や脚のどちらにしろ、両方を失うことはかなり生活上において不自由が生じるはずだ」

「けれども僕の件でクンくんの家族は亀裂を起こしそうです。仲が良さそうなのに、このままでは喧嘩レベルではすまない状況へなりかねません。腕や脚の一本でクンくんたちが以前のままでいられるなら、それでいいと思うのです」


 お、おまえ……、と白き妖狐バドが絶句している。白き妖狐の弟たち二匹も唖然の態だ。


 末弟のクンに至っては叫んできた。


「ダメだ、ダメ。天風、この前ボクが言っただろう。お人好しすぎは危険だって、自分の身体を食べていいなんておかしすぎるよ」

「だけど僕は家族の有難さを知りました。腕や脚を失っても妻や娘のおかげで不自由を感じなくなりました。それどころか良かったとさえ思わされています。だからクンくんの家族を崩壊させたくないです」


 ふと天風は震えに気がついた。左の手から伝わってくる。鉄腕とされる義手のほうであれば感覚は鈍いはずなのに、希愛(のあ)がつかむせいか仔細な動きまで感じ取れる。説明がつかない現象でも、大事にしたい感覚だった。


 白き妖狐クンを肩にしたまま天風はしゃがむ。小さき愛娘(まなむすめ)と目線を合わせるためだ。希愛にはいつも寄り添っていたい。

 だが泣き出しそうな顔をしている今の気持ちはわからない。


 どうしたの? と少しうろたえながらも優しく訊く。


「……テンプ、コワれるの……ヤダ……」

「僕は大丈夫だよ」

「でもテンプがくるしいと……のあとメリシャン……泣く……」


 懸命に涙を堪えて訴える希愛の頭に、ぽんっと天風は手を置く。 


「そうか、そうでした。ごめん、僕はとんでもない思い違いをしていた」


 立ち上がった天風は晴れ晴れした顔を白き妖狐三兄弟へ向ける。


「すみません。やはり先ほどの話しはなしにしてください。まず何より自分の奥さんと娘を泣かしてはいけませんでした。頑張らなければいけない優先順位を取り違えていたようです」


 白き妖狐のクンを除いた三兄弟が顔を見合わせている。思案から結論へ至るのは早かった。


「まぁ、当然だよな」とネマが、「考えるまでもねー」とするジャギである。

「我々はこれで引き揚げるとする」


 上空にある鳥類鷲系魍獣オジロ三匹へ目をやるバドだった。


 じゃあ、ボクも、とクンが一緒の帰りを願う。


「クン、おまえはここに残れ。父ギンの考えがわからない今は……」


 悲しそうな様子は見せたが抗議しないクンを肩にする天風へ、バドの視線は向く。


「咸固乃天風。情勢の方向が見えるまで、我が弟クンに多少でいい、力になってもらいたい」

「わかりました、お任せください。クンくんは僕が預かります」


 あまりの即答に、他の誰よりも当人である白き妖狐クンがおいおいとなった。


「いいのか、天風。(あやかし)に属するものがシティにいることは禁止なんだぞ。それを破る者は社会的に立場が悪くなるに違いないんだ」

「大丈夫です。これでも僕は実績のある戦闘員ですし、分隊長なんかもやってます。それに何と言っても仆瑪都(ふめつ)くんじゃないや、本部長がいます。とっても心強い人がいるのです」


 とても前向きな天風は第七分隊戦闘員三人へ「そうですよね」を同意を求めた。

 チーフの仰る通りです、と栞里(しおり)が力強く返している。

 他の二人はとても微妙そうだ。ははは、とロスストは渇いた笑いを浮かべ、イーニスは心の底から仆瑪都に同情していた。


「ほら、みなさんもそうだと言ってくれてます」


 良いように解釈する天風だが口調は力強い。本気でそう信じている。白き妖狐四兄弟を納得させるくらいの思い込みをしていた。


 まだ紅へ染まるにはまだ遠い空を三つの影が飛び去っていく。

 翼を広げる鷲系魍獣は大柄な人間ほどある三匹の狐を脚でつかんで山へ目がけて飛んでいく。


「やれやれだね、なんだか今日はこっちがメインみたいなもんだったよ」


 見送るロスストの横で、「だな」とイーニスが、「ですね〜」と栞里が発した。


「寄り道などするからでしょう。自業自得です」


 答えた声は聞き慣れたものだが、今ここにあってならないものであった。

 げっ、とばかり三人が振り向く。


 副チーフが穏やかならざる表情で立っていた。

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