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第6章 園内で交戦中〈2〉

 ちっきしょう、と天風(てんぷう)が思わず叫びかけた時だった。

 銀杏(いちょう)の樹から降下してくる影があった。体毛は白く、姿は狐のそれだった。何よりも見憶えがある。


 クンくん! と天風が呼んだ時点で、希愛(のあ)の襟を咥えて飛んでいた。小動物とする形容が当てはまる体長でありながら、自分より数倍もある女児を軽々と運ぶ。

 白き妖狐クンは天風の近くで着地し、希愛の襟から口を離した。


 希愛、と天風は名を呼んだ相手を胸へかき抱く。


「大丈夫かい、怪我はない?」

「……ダイジョブ……のあ、ブジソクサイ……」


 天風は希愛の脇を両手で持って身体を離し、正面から顔を見合わせた。


「希愛、無事息災なんて難しい言葉をよく憶えましたね。凄いです」


 感心しきりな天風に、希愛が頬を染めて照れている。

 血はつながらなくても父と娘。素晴らしい場面ではあるが、状況が状況だった。


「おい、天風。そんなのんびりしていられないぞ」


 たしなめるは襲撃者と大きさが違うだけで姿形はそっくりな白き妖狐だ。

 そうそう、と天風は顔を向けた。希愛を助けてもらったお礼をまだ言っていない。

 けれども感謝を阻む怒声が上がった。


「どういうつもりだ、クン。我らを裏切るつもりか」


 天風と対峙していた白き妖狐が他の二匹に特務隊(とくむたい)との戦闘を任せやってくる。


 バド兄さん、とクンが呼んだ。


「父や兄さんたちを裏切るなんてしません。でも今回ばかりはやっていることがおかしい。兄さんたちだって、そう思っているでしょう」

「我らは父に従う。これまでそうしてきただろう」

「だけどやっぱり変ですよ。元々ヒトとは良い関係を結ぶよう心がけてきた父です。ただ咸固乃天風(みなもとの てんぷう)は人間ではないからと聞かされてきましたが、その家族を狙えなんて命令には疑問を持つべきです」


 毅然としたクンの訴えに、やや押されているバドだ。だが簡単に了解とするわけにもいかないようだ。


「我らの父ギンがこれほどの執着を見せるのは、咸固乃天風を食す、ただその一点だけだ。家族を盾にして余計な犠牲を出さないようとする意図は理解できないことでもない」

「できません。ずっと九尾(きゅうび)聖獣(せいじゅう)を生み出す一族としての誇りを持つよう教えられてきたのです。今回ばかりは例外とするなんて、やっぱり考えられません」


 白き妖狐兄弟の議論が融点を超えて激流化しそうになった。


 キューン、と狐特有の鳴き声が起こる。

 どうした、と白き妖狐バドが振り返れば、他の二匹が向かってきていた。酷いダメージを受けているのは一目瞭然だ。


「大丈夫か、ネマ、ジャギ」


 傷だらけの二匹は白き妖狐バドの弟であることを報せる返事があった。


「兄貴、こいつら強い」「やべーよ、あにぃー」


 追って取り囲む特務第七分隊の三人へ怯みの色が隠せない。

 ここまでか、と白き妖狐バドは上空で羽ばたく鷲系魍獣へ目を向けた。


「待ってください、兄さんたち」


 白き妖狐クンが天風の右肩へ載った。体長が大きめの猫くらいにしかなければ、二メートル級の兄たちに目の高さを合わせる行動だ。それだけ両者の距離は縮んでいた。


「なんだ、クン。もう我らと違う道をゆく者が、なにをしゃべる」


 冷たく突き放す白き妖狐バドである。

 けれども、と天風は考える。本当に聞く気がないなら、さっさと鳥類鷲系魍獣を使って飛び去れるはずだ。しないというのは、やっぱり兄弟の絆は切れていない。


「ボクはこのままでは白き妖狐が不毛な争いによって絶滅へ追い込まれないか、危惧しています」


 必死に、白き妖狐クンが切実に訴える。

 白き妖狐バドの動きが止まる。その耳へ「兄貴、早くしないと」と白き妖狐ネマが囁く。第七分隊三人の戦闘員が、じりっと近づく様子を見せていた。


 気がついたのは天風もだった。


「すみません、みなさん。ここはクンくんに兄弟の話しをさせてあげてくれませんか」


 チーフの頼みに、意表を突かれる戦闘員三人だ。

 くんくんって名前かね? とするロスストの問いに、天風が肩に乗る白き妖狐を指差す。

 了解です、と栞里は相も変わらず一もにもなく賛成を表明する。

 イーニスは苦笑いしながら肩をすくめていた。


 クン……言うか……、と天風の左手をつかむ希愛は新たな名前をインプットしたようだ。


 襲撃者である白き妖狐たちからすれば、なんだか妙な具合になってきた。だからこそ話し合いに応じる気になったのだろう。長兄と思われる白き妖狐バドが話すよう促してくる。


 ありがとうございます、と白き妖狐クンが向けた先は留まってくれた兄弟だけでなく、天風以下第七分隊の者たちも含めてであることは充分に感じ取れた。


「ボクを含めて兄さんたちがいくら咸固乃天風は人間に非ずとしても、周囲を説得できる証左を持ち得ません。むしろこのまま父に喰らわす真似は妖狐一族を壊滅させる事態へ発展しかねません。それだけの立場にあるのです、この人物は」

「咸固乃天風は特殊な体質より実験体とされ、今や社会にとって厄介な存在になっているわけではない、と」

「むしろその存在を傷つけることは、ここの戦闘組織に狐狩りへ乗り出させる事態を招きかねません。それは今、身をもって実感したはずです」


 うむむ、と考え込むは白き妖狐バドだけでなくネマも含まれた。ムズカシすぎてわかんねー、とジャキだけは蚊帳の外にいた。


「バドの言い分はよくわかった」


 しばしの沈黙後、白き妖狐バドが答えた。

 それじゃ、と白き妖狐クンが目を輝かせた。が、続けられた回答に色を失くす。


「だが我らは父の命に従う。咸固乃天風を求めるあまり苦しむ我が父の姿は見ていられないからな」


 確かにそうなのですが、と白き妖狐クンがやや怯む。苦しみ父の姿を目の当たりにしていれば、長兄の選択は痛いほど理解できる。

 でも、それでもやはりクンは種族を巻き込む真似は選べない。

 天風を傷つけたくないとする気持ちも生まれていた。

 だから反駁しようといしたその時、横にある当の本人がすらり述べる内容に驚いた。


「そんなに食べたいなら、いいですよ」


 標的とされた天風が自ら許可の発言をしてきた。

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