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第4章 疑惑発生中〈2〉

 本日の特務隊(とくむたい)庁舎の食堂で、真面目に苦悶する者が一人だけいた。


仆瑪都(ふめつ)くん、この頃は難しい顔してるわね」


 食堂のおばちゃん自ら持ってきたデザートに、少し目許が和らぐ。


侖田(りんだ)さん特製プリンだけが、今の俺には安らぎですよ」


 オーバーね、と侖田が返すなか、両手を合わせてからスプーンですくう。イケメンで地位のある人物が子供のように喜んで食べている。ギャップある姿は多くの女性に好意を抱かせるだろう。

 現に侖田は食堂へ誰もいないことを幸いとばかり放っておかない。


「仆瑪都くん、食べている時はかわいい。おばちゃん、ネタにしたいくらいだわ」


 侖田のBL趣向を知っている仆瑪都は笑うだけだ。余裕を崩さない態度こそ本来の姿である。


「この頃は侖田さんにときめいてもらえないほど冴えない限りですけどね」

「珍しいくらいお疲れモードよね。今度入ってきた子たちが元気いっぱいだもんね」

「元気ありすぎですよ。特務隊組織丸ごとで恩を売れるなんて思った自体、読み間違えもいいところでした。俺もまだまだと思い知りましたよ。しかもそこにまた天風(てんぷう)が……」


 黙る理由はためらいだと判る口の閉じ方だった。長きに渡って食堂のおばちゃんとして特務隊に勤務する者たちを関わってきた侖田である。心得たとして、この場から離れていこうとした。


 実は……、と仆瑪都が切り出してきた。どうやら聞いて欲しい感じがする。

 お盆を手にした侖田は、じっと立ち尽くして言葉を待った。


「天風が娘に嫌われているかもしれない、と騒ぎだしたんですよ」

(てん)ちゃんが? 子供に嫌われるなんてとても思えないけど」

「そうですよね。でもあいつが言うには幼稚園の送り迎えをしようとしたら絶対ダメと拒否されたそうです」


 確かに意外だ。侖田は知識と経験から照らした質問をする。


「それに対して奥さんは、なんて言っているの?」

「しょうがないの一言で済まされたそうです」


 侖田が考えるに、愛莉紗の対応は天風を煩わせるほどの問題ではないと判断してか。それとも他に事情があるのか。ただ解ることと言えばである。


「あの天ちゃんが、そうですかと引き下がらなそうね」

「天風のやつ、仕事にかこつけて何とか娘の様子を探るべく幼稚園へ行こうとしているのが見え見えで。業務に支障を来しているような……いや来しているよな、あれ」


 最後のほうは独白に近い仆瑪都に、ちょっと笑ってしまいそうな侖田だ。他の者ならばはっきり文句を言い放つだろうが、やはり天風は別格らしい。


「でも今の第七分隊の人たちなら、天ちゃんを支えてくれるじゃない。前の人たちだったら不安だったけど」

「ああ、あいつらは酷かった。敵わないと見るや住人を置いて逃げ出そうとするなんて、あそこまで腐っているとはさすがに想像つかなかったですよ」


 苦い顔をした仆瑪都の一方で、侖田は対照的だった。ふふふ、と定年までそう遠くない年齢でもかわいい笑みを洩らす。


「ひどい言い方だけれども、前の男の子たちより今回の女の子たちに代わって良かったんじゃない」


 そうですね、と仆瑪都は一度は答えたもののである。直後に激しく首を横に振る。


「いや、やっぱり、そう変わらないな。どっちにしろ俺の首元は寒いですよ」

「でもほら、娘のことで悩める天ちゃんは前に比べたら状況はずっと良くなっているんじゃない。仆瑪都くんが家族実習を勧めたおかげよね」


 侖田としては笑いへ持っていける話しをしたつもりだった。


 ふぅー、と仆瑪都が吐く息はなにやらずいぶん深刻さを滲ませている。まったく次から次へと降って湧いてくるよ、と嘆き節まで口にしてくる。


 どうしたの? と当然ながら侖田は訊く。


 まだ天風には内緒にしていて欲しいんですが、と仆瑪都が重大事を告げたいようだ。正直なところ聞きたいとしている侖田である。神妙な様子を見せながらも好奇心に押されるまま耳を傾けた。

 お茶を一口飲んで仆瑪都は潜めた声で教えてくる。


 もしかしたら天風の奥方、不倫しているかもしれないんですよ、と。


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