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第7章 ニセモノと言われても<1>

 暗い廊下に固い足音が響き渡っていく。


 胡奕(ふーいー)の調べで潜入は容易だった。裏口から忍び込み、目指す場所へ繋がる地下道はすぐに踏み込めた。


 それからが長かった。

 地下へ向かう道は階段などなく緩やかなスロープとなっている。大した深さではないわりに辿り着くまでの距離はありそうだ。


「ああ、もう。なんて造りなのよ。身体が不自由な人のため、なんて施設じゃないんでしょ」


 駆けている最中に焦れだす愛莉紗(めりしゃ)であった。

 彼女の肩に載る三毛猫ニンがいつもの口振りで応じる。


「身体が不自由な者を運び入れやすいように、じゃもな」


 運びこまれていくその先に待つ運命が想像つくから、愛莉紗は顔をしかめる。


「ホント、吐き気がする連中よね。そいつら」


 運ぶ足がいっそう忙しくなった。急がねばならないとする気ばかりが胸の内となっていた。

 走っていくなか、不意だった。


「すみません、メリさん」


 天風(てんぷう)の謝罪は突然すぎて、愛莉紗は何のことやらである。


「どうしたの、急に」

「僕はヒドい男です。夫や父親なんて、やってはいけない役目だったと、今、思いつきました」


 深刻に応じてあげたいと思う愛莉紗だが笑いを堪え切れない。 


「たった今、思いついちゃったわけね」

「はい、たった今です」


 天風は変わらず生真面目だ。楽しそうでさえある愛莉紗の態度は関係なしで自分を責めているらしい。


「それで、天風は何を思いついたの」

「僕はメリさんと希愛(のあ)を捨てた行動を取っていたことです」 


 なんだろ? とした顔をしたのは愛莉紗だけでなく三毛猫ニンもである。

 僕はダメなヤツなのですー、と天風は頭を抱える。ただ現状を見失うことなく駆け足は止めない。


「あたし、なんかされたかしら?」

「いえいえ、メリさんや希愛のためにしなかったから、僕はダメなのです」

「さっぱりわからないんだけど」

「僕はジェヴォーダンを倒すため、ファイヤーナックルとヒバラシラキックを使いました」

「そうね、凄いって改めて思ったわ」

「でも僕はその後のことをぜんぜん考えていませんでした。必殺技を二発も失うことは、これから向かう先で大きな痛手です。なのに職場を優先していました。家族を構わず仕事のことしか頭にない悪い夫であり、父親です」


 う〜ん、と愛莉紗だけではない。三毛猫ニンまで唸っている。ドラマか何かの影響でも受けたか。家族実習に入ってからテレビを観るようになったと晩酌でした会話を、妻とペットは同時に思い出していた。


 ねぇー天風、と愛莉紗は努めて冷静な態度を取った。


「どうして天風はそう思うようになったの。何か参考にしていることがあるんじゃない」

「あ、わかります。さすがのメリさんです」


 ちょっと照れたように頭をかきだす天風である。

 つい足の運びが緩みそうになるくらい脱力を覚える愛莉紗だ。なんとか速度を保ちつつ尋ねる。


「それで、天風はなんで仕事のことしか考えていない父親だと思ったわけ」

「それは仆瑪都(ふめつ)くんのお父さん……第二分隊の渓多(たにた)チーフが言っていたからです。仕事を言い訳にして妻や子のことを顧みずに生きてきたって。家族の誰かが病気の時だって任務に就いていたって、それは辛そうでした」 

「それと同じことを天風はしたって思ったわけね」

「そうなんです。僕はあの時、特務隊のことしか考えていませんでした。情けないことにメリさんや希愛、ニンじゃもについてはこれっぽちも……」


 ん? と天風が気づくほど肩を並べて走る人と一匹の異変を見せた。

 身体を震わせ懸命に堪えている様子が有り有りだ。

 やっぱり怒ってます? と天風が恐る恐る訊けばである。


「うん、もぉ。笑わせないでよ」

「まったく天風殿はおもしろいじゃもな」


 そうなんですか? と怒るより不思議がる天風だ。

 だから一人と一匹は笑いが止まらない。


「そんなに、僕、おもしろかったですか」


 人の善いままの天風に、愛莉紗のほうが少し表情を改めた。


「だって冷却カスタムを天風が受け取った時、その場で使うって信じて疑わなかったもの」

「もう一発となれば、ここでやるなと確信したじゃもよ」 


 そうですか、と天風は参ったなとばかりの顔だ。


「僕のやることなんか、お二人にはお見通しってわけですか」

「そうそう。だからこれから戦力ダウンしたせいで苦しい目にあったとしても、それはあたしたちも承知のうえよ。天風だけが気に病むことじゃないの」

「そうじゃも。それに身体を張ってくれた彼らの行動をこれ幸いとする天風殿ならば、むしろ希愛殿を取り返せるかどうか不安になるじゃもな」


 うーん、と天風は唸ってからである。


「そういうものですか」

「そういうものよ」

「そうじゃも」


 そうかぁ、と笑顔になった天風である。


「それにあたしたちも役に立ちたいと思っている。例えば……」


 言葉を切った愛莉紗の前方に複数の人影が現れた。

 格好からガードマンとわかる。ただ手にした警護棒には光る突起が付いている。人間の肉体なら引き裂けそうだ。


 天風が出ようとした、それより早くである。


 飛び込んでいく愛莉紗はガードマンの攻撃を軽やかに交わしつつ、拳による突きや蹴りを鳩尾を初めとした急所へ叩き込んでいく。反撃へ出ようとした相手には、三毛猫ニンの爪が顔を引っ掻く。妻とペットのコンビネーションは見事で、あっという間に敵全員を伸した。


「かっくいー、かっくいーです。メリさんに、ニンじゃもも凄いです」


 少年の輝きをもって感激する天風である。

 パンパンと手を叩き払う愛莉紗は肩の三毛猫ニンへ「やるじゃない」と声がけして、それから天風へ向いた。


「さすがに化け物には敵わないけれど、一般相手ならそこそこにやれることはわかってくれた?」

「はい、メリさんが格闘術を体得していたなんて、びっくり仰天です。侖田(りんだ)さんから、ヒロインはキャラと境遇でどうにかなるけど、悪役令嬢は完璧になんでもこなせる人じゃなければいけないから大変なのよ、と言われた意味がよく解りました」

「これでわたしたちも天風の力になれるって思ってくれる?」


 愛莉紗の笑顔でする訴えが天風の心の奥底へ沁みていく。

 この人こそ、とする想いがよぎっていく。

 自然と笑みをもって返していた。


「出会った時からずっと力はいただいてます。だって僕たち……」


 ちょっと赤くなって口ごもる天風だ。


 僕たち? と愛莉紗に訊かれれば、思い切ったように口を開いた。


「夫婦なんです、家族なんですから!」


 真っ赤っかになった天風の胸を、ぽんっと愛莉紗が叩く。


「もぉ、照れなくていいの。だ・ん・な・さま」


 つくづく天風は思う。

 鼻血が出なくて本当に良かった。

 さすがに格好良く決められなくても、みっともない姿は晒したくない。

 しっかり娘を迎えにゆきたい。

 目指す本拠地はもうすぐだ。

 夫婦とペットで力を合わせれば、どんな難局も乗り越えられそうな気がする。


 けれども目的の部屋へ辿り着けば、天風は妻とペットをかばう以外の行動が取れなくなっていた。

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