第6章 救いたいと言われても<6>
油断はあったかもしれない。
けれども家族実習を行うまでは戦闘員として能力を研鑽するだけの日々だった。しかもウィンダム三類と一見にして判別できる、よく相手にしている樹木の魍獣だ。拘束の蔦を躱せなかったとしても察知すらできなかったなんて今までなかった。
蔦に絞められて身体が宙に浮くなか、天風は敵が通常とは異なることを認識した。
「ニンは大丈夫じゃもから、天風殿は気にせず動くじゃも」
頭の上から三毛猫ニンの宙に舞う姿が目に映った。どうやら魍獣が伸ばす蔦を潜り抜けられたようだ。じゃもぱらりん、と言いながら身体を一回転させながら地面へ無事に着地している。
ならば、と天風は左腕としてはめた武装人工器官を起動させた。相手は植物系だ、機能である灼熱をそれほど上げる必要はない。三毛猫ニンが頭上から消えていれば、一気に絡みつく蔦を灼き斬った。
派手に体勢は崩れたもの、落下していく間に身体の向きを変えた天風は背筋を伸ばす格好で降り立った。だが事の次第は急を告げてくる。
「天風殿、愛莉紗殿が!」
走り寄ってきて叫ぶ三毛猫ニンに、天風も顔を向けた。
暗い宙に浮かぶ愛莉紗に幾本もの蔦が巻きついている。
問題は首を絞め上げていることだ。意志なき樹木の魍獣である。絡みつく箇所は偶然にしても、運が悪い。考える能力がなければ忖度が働くはずもなく、簡単に絞殺へ及ぶだろう。危急を要していた。
ウィンダム三類とされる植物系魍獣ならば、天風のファイヤーナックルの一撃で確実に倒せる。だが同時に鉄腕が使い物にならなくなる。こんな早々では希愛の許どころか、施設へ辿り着く可能性すら奪われかねないダメージになる。
咄嗟にリスクを把握したが、天風に迷いはなかった。愛莉紗の身が何よりだ。音声能力による火力化を試みかけた。
不意に愛莉紗の顔がこちらを向いた。首を絞められて声が上げられないのだろう。苦しそうであるが顔を横に振ってくる。目で攻撃不要を訴えてくる。これから先が大事と声なく訴えてかけてくる。
天風に愛莉紗を犠牲にするという選択肢はない。考えなしと誹りを受けても、今ここで繰りだすことに躊躇はなかった。
ファ……、と音声入力しかけた。
一瞬、頭に熱いものが通りすぎていくのを感じた。
ん? と思う天風の視線の先を火球が飛んでいく。
前方を塞ぐウィンダム三類とされる植物系魍獣へ着弾した。
樹木の姿は燃え、すぐに派手な音を立てて爆発を起こす。
木片が舞うなか、天風は鉄脚の機能を借りて飛ぶ。
爆風でさらに上空へ舞う愛莉紗を抱きかかえた。
「チーフ、そのまま下へ!」
聞き覚えがある女性の声だ。ちらり下方へ視線を滑らせれば、了承した。
愛莉紗を胸に天風は落下する。
信頼に値するドライビングテクニックで、後部座席のクッションへ見事受け止めきってくれた。
身体の弾みが治まる共に天風はジープを運転する人物へ声を向けた。
「凄いです、|胡奕《ふーいーさん。なんでも一流の人です」
ステアリングを離さない戦闘用スーツに身を固めた男性は苦笑で答えた。
「チーフこそ咄嗟に事態を呑み込んでそのまま降下していただけましたから、こちらは楽でした。それよりも……」
運転中の胡奕は、ちらり助手席へ目をやる。ロケットランチャーを肩に立つミディアムヘアをなびかせた女性戦闘員を視野の片隅に置きつつ続ける。
「間一髪のところに助けへ入ったつもりが、チーフの命を間一髪にしてしまったことは深くお詫び致します」
「ちょっと、胡奕さん。もしかして、それ、わたしの腕を見くびってません」
猛烈といった感じで栞里が抗議に出てきた。
胡奕は動じるどころか、冷静に指摘してくる。
「なにを言っているのですか。よく見てみてください。チーフの髪を焦がしていますよ」
えっ、と栞里は助手席へ膝を落としながら振り返る。
愛莉紗を横の席へ落ち着かさせている天風は一見すれば何もないかのようだ。だが目を凝らせば、前髪のほんの一端が縮れている。火に炙られたせいであることは間違いない。
「すすす、すみません、チーフ。わたしったら……」
「なにを仰います、栞里さんのおかげで僕だけでなくメリさんも助かりました。重火器使用とは思えない射撃の正確さ。素晴らしいです」
しょげかけていた栞里ゆえに、天風の賞賛が身に沁みたようだ。やっぱり咸固乃天風は思った通りの方でした、と呟いては、じーんとした様子で胸に手を当てていた。
前方を向いて運転している胡奕が、まるで横に目が付いているかのように言ってくる。
「あと五センチ低かったら、チーフの頭が吹き飛んでいたことは自覚してください。そもそも自分がまだ早いと言ったにも関わらずです。周囲が止めても引き金を引くその性格、直していただかないと困ります」
「胡奕さんって、口うるさいタイプだったんですねー」
まるで意見を受け入れる気がない栞里に、さすがの胡奕も反駁しかけた。
ニンじゃもは! と天風が叫ばなければ、前方席ではとげとげしい会話が始まっていただろう。
ニンじゃも? 知らない胡奕からすれば不思議な響きだ。
知っている栞里は指差した。
「ブサイク猫なら、チーフの足下の、そこに」
天風は姿を認めるや否や、抱きかかえるだけではない。良かったよー、と頬ずりまでして喜んだ。
「簡単にくたばるたまじゃないわよね、アンタなら」
愛莉紗の憎まれ口も表情を見れば気持ちの裏返しと察せられる。だから三毛猫ニンは、ゴロじゃも〜と喉を優しく鳴らした。
ただし乗っかってきた栞里がである。
「チーフって、猫好きなんですね。わたしも猫派なんで、どんなブサイクでも猫ならオーケーです」
心に偽りがあるせいで、言い回しが微妙もいいところであった。
じゃも〜、と当の三毛猫だけでなく飼い主夫婦も微妙な面持ちとなっていた。
詩加波戦闘員、と胡奕が呼んだ。
わかってますよ、と前を向く栞里は助手席の足下から砲弾を拾い上げる。やってやりますよー、と装填していた。
行く手には今先ほどのものと同型の魍獣がいた。
胡奕さん、と天風が呼びかけに、運転手は前方を向いたまま声を投げてくる。
「チーフ。詳しい話しは、後に致します。ともかくこの場は自分達に任せて、奥様やペットが振り落とされないよう気をつけててください」
天風がうなずくより先だ。
それと判るほど、アクセルが一気に踏み込まれた。




