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第6章 救いたいと言われても<1>

 写真に映し出された姿は、それは酷かった。

 正座させられた幼児は元の顔が判らないほど腫れ上がっている。数えきれない殴打が繰り返されたに違いない。シャツやズボンから覗く腕や脚は青痣で埋め尽くされていた。


「ひどい……これ、人間がやることじゃないです」


 執務室まで同行した栞里(しおり)が口を押さえている。凶獣(きょうじゅう)と評判の彼女が怒りだけでなく嘔吐感も覚えているようだ。


「人間だからやれるんだよ」


 情報提供者である仆瑪都(ふめつ)が断言していた。人間に見切りをつけているとも解釈できそうな響きであった。


 虐待を受けていた経緯を見せられた当の夫婦は押し黙っていた。


 だから仆瑪都は説明を始める。

 希愛(のあ)、とする児童は確かに登録されていた。天風に引き取られて再登録を可能としたのは、以前が抹消されていたからである。死亡の烙印が押されたデータを詳細に確認していれば、今回の事情もまた違っていたかもしれない。


「希愛は……一度、死んでいるの?」


 ようやく口を開いた愛莉紗(めりしゃ)に、仆瑪都は肩をすくめた。


「ここには持ってきていないが、最後は熱湯をかけられて、それはそれは酷い有り様だったらしいぞ。まぁ、ここにある写真の姿でも充分に目も当てられないけれどな」

「それじゃ、禁断の蘇生術かなにかで甦らせたわけ?」


 愛莉紗の言い回しが、仆瑪都のツボを突いた。口調が一転して軽くなる。


「おっ、さすが転生するなどとほざくだけある指摘じゃないか」

「無駄口はいいから、さっさと教えてくれない。それとも不明なの」


 愛莉紗の必死に冷静を努めている様子は、横で聞く天風(てんぷう)にも伝わっている。

 仆瑪都が察せないわけない。少し余裕を持ってくれ、と釘を刺してからだ。


「ぎりぎりのところで命の火は灯っていた。だが全身火傷で死亡は確実だった。つまり存在を抹消して、実験体として供給するには実に都合がいいとなるわけだ」

「……希愛はなにをされたの」

「全身の皮膚を剥いで、強靭な弾力性を持つ人工の外皮へ替えたようだ。肌触りは生身に近いが引きちぎれないゴムみたいもんなんだと。そう聞けば、天風だって思い当たるだろ」


 天風にすれば思い当たるどころではない。ようやく謎が解けた。

 見間違いではなかった。ジェヴォーダンと呼ばれる巨大狼を想起させる魍獣(もうじゅう)に希愛は咥えられていたのだ。特殊な肉体となっていたので牙が喰い込むことはなかった。咀嚼できなければ吐き出すしかない。最初の晩で異様を目にしていたわけだ。


 ……希愛、と思わず呟く天風は考えなしで訊く。


「希愛の両親は……どこにいるんですか」

「服役中だ。十五年くらい喰らったと思うけどな」


 そうですか、と天風がため息を吐くみたい言う。 

 

 ふっと仆瑪都は敢えて作った微笑の下で問う。


「それで、天風。これからおまえが取る行動は復讐か、それとも救出か」


 はっとしたように顔を上げた天風は力強く返した。


「もちろん救出です。僕は希愛を助けたいです」

「言っておくが、あの娘はこれからあの姿のままずっとだと思ったほうがいい。つまり引き取って育てるとしても、苦労しかないぞ」

「そうかもしれないですけど、今の僕には助けにいかない理由になりません」

「助けを、希愛というこの娘自身が望んでいなくてもか」


 さすがに即答はできない天風だった。じっとうつむいて考える。


 天風……と愛莉紗が、チーフ……と栞里が口にしている。

 二人は結論を待っている。

 上司であるが友人でもある仆瑪都も待つ。


 ゆっくり天風の顔が上がってきた。

 表情を見ただけで、待っていた三人は答えを得ていた。

 揺るぎない言葉も放ってくる。


「望む望まないより、まず会わなくてはいけないと思います。それに何よりも僕が希愛に会いたい」


 結論は出た。

 微笑むは愛莉紗や栞里だけではない。

 そっか、と仆瑪都ですら少し嬉しそうな顔を見せてくる。


 コンコン、と執務室のドアを叩く音がした。

 状況が状況だけに、緊張を漲らせる天風たちだ。

 当室の主だけは気楽な反応を示した。


 いいタイミングじゃないか、とごちた仆瑪都は「入ってくれ」とドアへ了解を投げる。


 入ってきた人物は三十歳代と思しき中肉中背の戦闘用スーツで身を固めた男性だった。

 胡奕(ふーいー)さん、と真っ先に天風が名を呼んだ。

 呼ばれた相手は軽く会釈しただけで、手にした資料を仆瑪都へ渡す。


「これで揃ったかと思います」


 意味深なセリフを書類に添えてくる。


 乱暴な手つきで書類を急いで捲る仆瑪都は、あらかじめ内容について頭に入っていたのだろう。要点と思われる箇所の確認をしているようだ。

 最後のページらしき部分へ辿りついた、その時だった。


 天風、と仆瑪都は書類から目を上げた。はい、と応答すればである。


「これからおまえの娘の居所を教えてやる」


 本部長! と胡奕の咎める声だ。


 明るい顔をもって仆瑪都が今来た厳しい顔をした戦闘員に応える。


「悪いな、胡奕。天風とは上司部下以前の、子供の頃からの知り合い関係にあるんだ」


 しかし、となおも喰い下がる胡奕に、仆瑪都は手で止める仕草を笑顔をもってした。


「これだけの調査資料に証拠とすべき研究所があれば、今度こそ確実に挙げられる。だけど訴える手筈は一晩ですむものじゃない。それでは間に合わないかもしれない命があるんだ。天風はなんとか間に合って助けられた経験をした身だから、特にそう思うんだよな」


 いつの間にか仆瑪都は最初から笑みなどとは無縁みたいな雰囲気を漂わせていた。


 困ったものですね、と胡奕が諦めた態度を取って見せてくる。

 ワルイな、と仆瑪都は笑みがなくとも気安さを見せ、「天風」とまた呼んだ。

 はい、と特務第七分隊チーフは何度訊かれようが必ずするであろう生真面目な返事をした。


「一歩間違えれば、身の破滅か、軽くてもシティ住人資格は剥奪だ。救出に向かうべき場所はフロンティア領域であれば、敗北は死に直結しかねない。それでも行く覚悟はあるんだな」


 最後とばかり念を押す仆瑪都の問いに、天風の変わることない一言が室内に響いた。


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